4. 無垢な暴力
その日は私の9歳の誕生日だった。
貴族は誕生日に縁のある家の人々を招待して小規模なパーティーを行う者が多いが、私の場合も、例にもれずパーティーを開いていた。
「リア!」
「うわ!」
飛びかかってきたのはサリーだ。
「たんじょうびおめでとう、リア!プレゼント持ってきたのよ、あけてみて!」
ほほを上気させて嬉しそうにしゃべるサリーにつられて私も笑顔になった。
「うん!ありがとう!わあすてき!」
プレゼントをもらって、ケーキを食べて、楽しい時間を過ごしていた。
ふと一人の少年が目に入った。
その少年は一人そっぽを向いて、何か指を動かしているようだった。
私は少年に近づき話しかけた。
「何してるの?楽しくない?」
少年ははっと顔を上げると、嫌そうに顔をしかめた。
「ほっといてくれ」
少年はそう言い捨て、席を立ってどこかへ行ってしまった。
私はあっけにとられ、その後で対応の冷たさに若干不満を持ったが、またパーティーの中心に戻った。
去っていく少年の後ろ姿を指さし、サリーにきく。
「ねえねえ、あの子だれかな?」
「ああ、子爵家のエドガーさまね。確か私のセージ領のとなりにクライス領があったわ。そこの三男よ」
ふーんと少年の姿を目で追いつつ、私はこぼした。
「へんなひと」
そのあとはそのことを忘れて楽しく過ごしていたが、その夜、夢を見た。
*
何も見えない。その暗闇はひどく冷たく、心細くなる。
声が聞こえてくる。
「あの子はなにもできないのね」
「剣術もだめ、勉強も兄たちには到底及ばない」
「それどころか性格もああじゃ……」
いや、やめて、とか細い声が暗闇に溶ける。
耳をふさぐも、言葉達は頭に直接響く。
ただ震えるしかなかった。
そのとき、暗闇に一筋の光が差した。
はっと顔を上げると、二人の男の人が立っている。
「兄さま、助けて……」
弱弱しく助けを求めると、その男たちはにやりと笑った。
「この一族の恥さらしが」
「役立たずの出来損ないだな」
その言葉に固まる。声が出せない。
後ろから大人の男の人と女の人も出てきた。
「しょせんは兄たちの出がらしか」
「あなたのような期待外れはうちの子ではないわ」
そう言い捨てた彼らは、仲良く話しながら暗闇を出ていく。
「父さま、かあさま、上兄さま、下兄さま待って! いかないで……」
すがる声は届いていないようだった。
光が細くなっていく。追いかけようとするが体が動かない。
その場には再び暗闇が戻った。
*
はっと目を覚ますとそこは私の部屋だった。
起き上がって荒い息をつく。目の前の鏡を見ると、頬に涙の跡が残っていた。
心にぽっかりと穴が開いたような、息が詰まるような、初めての感覚だった。
しばらくぼーっとしていたが、はっと我に返ると、寝台から降りて呟いた。
「あのさいごの男の人、きのう見た気がする。」
言葉にすると、徐々に記憶の輪郭がくっきりしてきた。
いてもたってもいられなくなり、顔を洗うと母のもとへ走る。
「かあさまー!」
「まあまあ私の天使は今日も元気ね、何か用かしら?」
「あのね、きのう来てた、めがねかけてて、背が高くて、かみがはいいろの男の人ってだれ?」
少し逡巡した後、母は手をたたいた。
「ああ、クライス子爵様ね、お父様と仲がいいのよ。」
その名前に少し考えて、思い出した。よく父を訪ねてくる人だ。
私は興奮して母に言った。
「かあさま、その人のおうち行きたい!エドガーさまもいるんでしょ?」
「あら、エドガー君と話していたの?でも急にお邪魔するのではねえ。」
「おねがい!」
私の強い押しに負けた母は苦笑して答えた。
「仕方ないわね、明日少しだけお邪魔してもいいか聞いてくるわ。」
次の日、私と母はクライス家に遊びに行った。
クライス子爵と子爵夫人は突然の訪問でも温かく迎え入れてくれた。
「ロメリアちゃんがエドガーと仲良くなってくれたらうれしいな。あの子はとても頑張り屋さんなのだが、少し気負いすぎるところがあってね。だから、ロメリアちゃんのような明るい子が一緒に遊んでくれたら安心だよ」
クライス子爵はそう笑って、エドガー様のいる部屋へと案内してくれた。
部屋には踏み場のないくらい本や勉強道具が広げられていて、その真ん中でエドガー様が必死に何かを書いていた。
「エドガーさま。」
声をかけると、エドガー様はびっくりしたように振り返り、にらみつけて言った。
「アルスト伯爵家のお嬢様が何の用だ。」
その刺々しい言葉に私は少しひるんだが、深呼吸をすると、意を決して早口でまくし立てるように言った。
「あの、わたしエドガーさまがしんぱいで来たのです。お兄さまやお父さまにいじめられてるんじゃないか、って。一族の恥さらし?とかうちの子じゃないとか……意地悪言われてるんじゃない?」
そこまで言って息継ぎをすると、エドガー様が立ち上がって自分の前に立っているのに気づいた。
「お前、なんで俺の悪夢を知っている」
その形相を見た瞬間、すっと胸の奥が冷える感覚を覚えた。
気づいてしまった――自分が、してはいけないことをしたのだと。
私が何も言えないでいると、エドガー様は急に叫んだ。
「兄様たちも、父様も母様もそんな人じゃない!俺が勝手に劣等感抱いて、勝手に悪者にして……」
その声はしりすぼみに小さくなっていき、その目には涙が光っていた。
そしてエドガー様は顔を上げて私をキッとにらむと言った。
「お前は勝手に人の心を覗いて、傷つけて……そんなに楽しいのか!」
そしてエドガー様は部屋を飛び出してしまった。 私の足はその場に縫い付けられたように固まり、その背中を追うことができなかった。
その時ようやく騒ぎに気付いた両親たちが部屋の前にたどり着いたが、彼らの声は私には届いていなかった。
そのとき私は自分の行動がどれほどエドガー様の心を傷つけたのかを目の当たりにして、罪悪感と後悔に押しつぶされそうになっており、立っているのもやっとの状態だった。




