1. 始まりの朝
「……! リア起きて! 早く準備しないと入学式始まっちゃうわよ?」
身体を大きく揺さぶられ呻きながら薄く目を開くと、ぼんやりと親友の顔が浮かび上がった。なんだサリーか、と思いまた目を閉じようとした瞬間、がばっと容赦なく布団がはがされる。
「また寝ない!」
「むーん……おはようサリー」
ようやく起きた私は寝ぼけ眼で支度を始める。制服を着て髪を留め、支度が終わると待っていたサリーとともに寮を出た。
今日は学園の入学式だ。
とはいっても、私たちは主役ではない。今年で2年に進級した私たちは、在校生として参加するのだ。
入学式が行われるホールへの道はこの日のためにきれいに清掃されていて、新入生やその保護者と思しき人々がすでに大勢歩いていた。
家族で一緒に来たらしき新入生。慌てた様子で駆けているどこかの侍女。早々に同好会の勧誘をする声。
その光景が、重なった気がした。
「リア、どうしたの?」
その声に目を瞬かせる。サリーの顔に焦点が合う。急に立ち止まった私にサリーが心配そうな顔を向けていた。
私は軽く返事をする。
「ううん。何でもない」
私は瞼に残った光景を振り払うようにして目をこすった。あれはただの夢だ。いつもの悪夢。私には関係ない。それに、あの場所はここではなかった。
自分に言い聞かせるように心の中で唱える。
サリーはじっとこちらを見ていたが、私は笑ってサリーの手を引き、先を急いだ。
ホールに入ると、すでに多くの人が集まっていた。
一年に数回しか使わないこのホールも、今日は豪華に飾り付けられていて、二回目でも新鮮な感じがする。全体を見た感じ、昨年よりも新入生が多いようだ。まあ、今年の新入生には王族もいるし、同年代の子供が多いのも頷ける。
少し浮足立った新入生たちを微笑ましく眺めながら私たちが着席すると、思いの外早く式が始まった。
淡々と進んでいく式に、舟をこいでいる人がちらほら見える。私も頭を素通りする偉い人の声にあくびをかみ殺しつつちらっと目を向けると、サリーはピシッと姿勢を正して美しく座っていた。さすが完璧令嬢。心の中で呟いてこっそり微笑む。
すると、にわかに周囲が騒がしくなった。ざわめきの中心を見遣ると、黒髪の青年がいる。彼は新入生代表として壇上に上がった。
なるほどあの方が第二王子殿下か。傑物と囁かれる兄王太子の陰に隠れた、目立たない王子――それが世間の評価だ。騎士団に所属しており、それなりに優秀だとは聞くが、それ以上のことは知らなかった。
殿下は壇上に立つと挨拶を始めた。当たり障りのない挨拶だ。
そのとき、殿下の瞳が私を射抜いた。
その名にふさわしい大樹の一葉のような深緑の瞳。繋がっているような、手繰り寄せられるような――妙に惹かれる感覚が全身に沁み渡る。
殿下は一瞬の後に視線をずらしたが、私は殿下から目が離せなかった。
式が終わるとサリーがいそいそと近づいてきた。その目には隠し切れない好奇心が浮かんでいる。
「リア、もしかして」
サリーがひょいひょいと手招きするので耳を貸すと。
「第二王子に一目惚れ?」
思わずぶふぉっと吹き出す。ゲホゲホと咳き込む私をさすりながら、サリーは追い打ちをかけてくる。
「新入生挨拶のときからすっごく見てたじゃない。確かに見た目はやっぱり王子様って感じよね。リアはおしとやかでいい子だし、実家の家格的にも……ほら、ギリいけそうじゃない?」
「そんなんじゃないから! あれはただ……」
私は言葉に詰まる。
「気になっただけ」
絞り出したのは、ありふれた言葉だった。
「やっぱり気になってるじゃない!」
そうなんだけど、そうじゃないのだ。
もどかしい思いを抱えつつ、ドレスの準備をする。
毎年入学式の日の夜は歓迎パーティーがあるのだ。夜会は行く前にやることが多い。何時間も前から体を清めてマッサージをし、動きにくいドレスに着替え化粧をする。学生の夜会でも貴族としての立ち回りが要求されるし、毎回憂鬱だった。
はあとため息を吐いていると、サリーも準備を進めながら話しかけてきた。
「ほら、リアはあと一年で婚約者決めなきゃなんだから、何かしら行動しないと」
「サリーはいいよね、エドガー様がいるし」
親友のサリーはセージ伯爵家の一人娘で、隣のクライス子爵家のエドガー様が婿に来ることが決まっているのだ。一方で私は、伯爵家の次女であるため、嫁入り先を自力で見つけなければならない。タイムリミットは大体卒業までだった。
「リア」
サリーの声に振り返ると、化粧道具を両手いっぱいに抱えたサリーがきれいな笑みを浮かべていた。
「さあ、リアおいで。私がバッチリ、お化粧してあげるわ」
笑顔のままにじり寄ってくるサリーの目が据わっている。
一歩ずつ近づいてくるサリーの圧に私はじりじりと後ずさると、扉の前に追い詰められる。
気づいたときには、私は回れ右して扉を開いていた。
「ちょっ、ちょっと私出てくるね!」
「あっ、リア、逃げるんじゃないわよ!」
私はサリーにべっと舌を出し、わめく親友を尻目に外へと逃げ出した。




