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運命の令嬢は忘れられた予知夢を映す―ヘルバフォリア王国物語  作者: 天麻いち
第一部

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15/29

14. 暗がりにて


「はあはあ」


 平和な街の片隅に、息を荒くして駆ける影が一つあった。

 その影は人気のない路地裏に入る。


「どうでしたか」


 暗闇に浮かび上がった男は、裏町に似合わない洗練された格好をしていた。


「そっ、それが、ちっ、小さい女の子がとっ、止めてきて……」


 影のおぼつかない説明に、男は一瞬眉をひそめたがすぐに無表情に戻る。


「構いません。まだ機会はいくらでもあります」

 

 一度言葉を切った男は、うっそりとほほ笑んだ。


「私にはすべて見えていますから」


 その男の様子に、影は一瞬うろたえるように揺らいだ。

 そんな影を冷たく見遣った男は不快そうに言った。


「今更、やめるとは言いませんよね」


 その温度のない瞳に影はがくがくと震えながら頷くと、夜の街へと溶けていった。



 影を見送った男が一つ咳ばらいをすると、どこからともなく現れた男が跪く。


「見張っておけ。あとは分かるな」

 

 その言葉に跪いた男はかすかに頷くと、瞬時に姿を消した。

 男はちっと舌打ちを打つ。完璧な世界に知らない何かが入り込んできたような違和感が初めてよぎった。男はそれを振り払うように上着を羽織ると、暗い路地裏から繁華街の華やかな灯りへと足を踏み出した。



 ***



 路地裏を離れた影は、宿に戻った。

 出迎えた粗末な部屋で、影はふうっと息を吐く。


「こ、こわかった」


 あの男のあんな顔は初めて見た。あんな、何の感情もない目。

 いつもは相談に乗ってくれるし、完璧に返事をくれるのに……あれ、いつもっていつだっけ。


 考えを巡らせようとしたが、大きな笑い声に遮られる。外を見れば、こんな時間でも屋台などで騒いでいる人たちが見えた。影はその喧騒を遮るようにカーテンを閉めると、真っ暗になった部屋で寝台に腰かけた。

 どうして。どうしてうまくいかないんだ。

 トントントンと足を鳴らしながら、影は一晩中思考のかけらを拾い続けた。


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