静かな一撃
静かな一撃
未来基地。
格納庫にあるブルーゼロ!
完全に修復も終わり待機状態でそこにあった。
「ゼロちゃん、転送します!」
美希の声と同時に、青い零戦が静かに姿を消す。
いつもの離陸点に淡い光と共にブルーゼロが出現した。
慎一は機体へ歩み寄り、翼に手をかけ一気に飛び乗った。
そして、何も言わず操縦席へ乗り込む。
風防を閉じる。
計器が順に点灯した。
慎一はスイッチへ手を伸ばす。
プロペラがゆっくりと回り始めた。
栄改エンジンが目を覚ます。
低い音が草原へ広がった。
空間磁気コイルが作動する。
ブルーゼロの車輪が地面から離れた。
主脚を格納する。
ブースターをゆっくりと効かす。
ブッシュから砂浜、そして海面へと滑りだす。
速度が上がる。
ブルーゼロは南の海を静かに滑空していった。
目指すはアメリカ艦隊。
◇
空間磁気コイルが、機体を海から切り離している。
波は立たない。
航跡も残らない。
青い機体だけが、海面すれすれを滑っていく。
ブースターが粒子加速噴射の推力を、後方へ吐き出す。
ブルーゼロは海面をありえない速度で滑っていた。
だが、海には何も残らない。
音も、姿も、水平線の中へ溶けていった。
◇
アメリカ艦隊。
空母三隻を中心に、戦艦、巡洋艦、駆逐艦、輸送船が北西へ進んでいた。
目標はガダルカナル島。
甲板では艦載機の整備が続いている。
輸送船には、海兵隊員たちが上陸の時を待っていた。
見張り員が双眼鏡で海面を確認する。
「異常なし」
海は穏やかだった。
水平線にも、空にも、敵影はない。
誰も気づかなかった。
青い機体が、艦隊のすぐ近くまで来ていることに。
◇
慎一の視界に、巨大な艦影が並んだ。
空母。
護衛艦。
輸送船。
数え切れないほどの艦艇が、海を埋めている。
慎一は機体を僅かに上昇させた。
海面から、ブルーゼロが姿を現す。
最初に気づいたのは、空母の甲板員だった。
「……何だ?」
一人が手を止めた。
もう一人が、水平線を指さす。
「零戦?」
だが、警報が発せられるより早かった。
慎一は照準を、先頭の空母へ合わせる。
「レーザー出力三〇パーセント」
操縦桿のスイッチを押す。
薄紫の微かな光が、一瞬だけ伸びた。
次の瞬間。
ガタリ。
空母の飛行甲板が裂けた。
甲板の一部が沈み込み、隙間から下の格納庫が覗く。
整備兵たちは、その場で動きを止めた。
「……え?」
爆発はない。
炎も上がっていない。
だが、飛行甲板は使えない。
ブルーゼロはそのまま二隻目へ向かう。
再び、薄紫の光。
ガタリ。
二隻目の飛行甲板が裂ける。
続けて三隻目。
ガタリ。
三隻すべての空母が、数秒の間に発着艦能力を失った。
ようやく警報が鳴り始めた。
「敵機!」
「対空戦闘!」
「艦載機を出せ!」
しかし、もう遅い。
艦載機は飛び立てない。
対空砲が旋回を始める。
その時には、ブルーゼロは輸送船団の中へ入っていた。
◇
輸送船の舷側には、上陸用舟艇が並んでいた。
重い舟艇を海へ降ろすためのクレーンとダビット。
慎一は機体を傾ける。
薄紫の光が横へ走った。
ガタン。
一本目のクレーンが根元から切れた。
続いて隣。
ガタン。
さらに、その隣。
ワイヤーが切れ、上陸用舟艇が傾く。
吊り下げられていた舟艇が舷側へぶつかり、激しい音を立てた。
「クレーンが!」
「舟艇を固定しろ!」
「何が起きている!」
船員たちが走り回る。
だがブルーゼロは、もう次の輸送船へ移っている。
クレーン。
ダビット。
揚陸設備。
上陸用舟艇を海へ降ろすために必要なものだけが、次々と切断されていった。
輸送船は沈まない。
船体も、機関も、舵も無傷。
兵士たちも生きている。
だが、浜へ向かう手段だけが消えていく。
◇
巡洋艦の主砲が、ブルーゼロへ向けて旋回を始めた。
慎一は機首を向ける。
薄紫の光が砲塔を横切った。
ゴトン。
巨大な砲身が根元から落ちた。
甲板員たちが、呆然と見上げる。
別の巡洋艦が砲撃準備に入る。
その砲塔も切れた。
駆逐艦の砲身。
巡洋艦の砲塔基部。
艦砲射撃に必要な部分だけが、次々と失われていく。
砲弾は一発も放たれなかった。
ブルーゼロを狙う頃には、照準すべき砲そのものがなくなっていた。
◇
艦隊の中を一度駆け抜ける。
それだけだった。
空母は浮いている。
輸送船も浮いている。
巡洋艦も、駆逐艦も沈んでいない。
ほとんど死者も出ていない。
だが。
艦載機は飛べない。
上陸用舟艇は降ろせない。
海岸を砲撃することもできない。
作戦を続けるための力だけが、綺麗に切り取られていた。
艦橋では、誰も言葉を発せなかった。
将校も、通信兵も、見張り員も。
皆、口を開けたまま、遠ざかる青い機影を見ていた。
「……何だったんだ」
誰かが呟いた。
返事はない。
やがて艦隊司令官が、ゆっくりと受話器を取った。
目の前には、裂けた飛行甲板。
切り落とされた砲身。
使えなくなった上陸設備。
それでも、船は動く。
帰ることだけはできる。
司令官は遠ざかるブルーゼロを見つめた。
「我々を……帰そうとしているのか」
誰も答えなかった。
だが、他に選択肢はなかった。
司令官は受話器を握り直す。
「全艦、反転」
一瞬、艦橋が静まり返る。
「作戦を中止する」
◇
アメリカ艦隊が、ゆっくりと進路を変え始めた。
ガダルカナルへ向いていた艦首が、南東へ回る。
一隻。
また一隻。
巨大な艦隊が、来た航路を戻っていく。
慎一は振り返らなかった。
「これでいい」
ブルーゼロは海面へ降りる。
約二メートル。
波も立たず。
航跡も残さず。
青い零戦は、再び海の上を滑り始めた。
ガダルカナルでは、まだ戦いは始まっていない。
誰も上陸していない。
誰も飛行場を奪っていない。
そして。
歴史を変える最初の大きな進攻は、一機の零戦によって静かに止められた。
これが慎一の最後に導き出した答えでした。




