表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不時着した零戦を改造して歴史を変える?〜不死の体を手にした俺は第二次世界大戦を無双する〜  作者: よみ はじめ
変わりゆく歴史編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

86/113

ARK(アーク)

第八十六話 ARKアーク


 ヌメア基地の夜は、湿った風に沈んでいた。


 格納庫の整備灯はまだ消えていない。


 黒い六枚プロペラを持つ Phantom Hunter は、暗闇の中で静かに眠っている。


 その機体を見つめる者は、もう誰もいなかった。


 ただ一人を除いて。


 介入者は、格納庫から離れた建物へ向かった。


 人の気配はない。


 廊下の灯りは暗く、遠くで発電機の低い音だけが続いている。


 彼は小さな通信室に入った。


 扉を閉める。


 鍵をかける。


 しばらく、その場に立ったまま耳を澄ませた。


 外に足音はない。


 気配もない。


 介入者は胸元から、黒い端末を取り出した。


 手のひらより少し大きい。


 表面は光を吸うように黒く、金属なのか樹脂なのかも分からない。


 ボタンはない。


 表示板もない。


 ただ、薄い板のようなものだった。


 彼はそれを机の上に置く。


 指先をそっと触れた。


 何も起きない。


 数秒。


 さらに数秒。


 やがて、端末の表面に一行だけ文字が浮かび上がった。


 接続完了。


 そして、声がした。


『お待ちしていました。ヨセフ・ベンジャミン』


 介入者。


 そう呼ばれてきた男は、静かに目を閉じた。


 その名を知る者は、この時代にはいない。


 少なくとも、人間には。


「報告します」


 ヨセフ・ベンジャミンは、低く言った。


『受理します』


 声は穏やかだった。


 だが、温度はなかった。


 男でも女でもない。


 若くも古くもない。


 ただ、言葉だけがそこにある。


 ヨセフは椅子に座らなかった。


 立ったまま、端末を見下ろしている。


「Phantom は変化しました」


『確認済みです』


「海面から接近し、下方から攻撃。その後、上方へ抜け、逃走機を遠距離から撃墜しました」


『観測済みです』


 ヨセフは少しだけ沈黙した。


 この返答には、いつも奇妙な感覚があった。


 報告しているはずなのに、すでに知られている。


 説明しているはずなのに、説明は不要だと告げられている。


「NOVA が動きました」


 端末は沈黙した。


 今までより、ほんの少し長い間だった。


『確認済みです』


 ヨセフは目を細めた。


「アルメディア側は、現在ログをNOVAへ送信しました」


『受理されています』


「解析結果は」


『希望経路からの逸脱なし』


 ヨセフは、初めて小さく息を吐いた。


「NOVAは、仲川一登を肯定したのですね」


『その通りです』


 通信室の空気が、さらに静かになった。


 ヨセフは端末を見つめた。


 黒い表面には、何も映らない。


 ただ声だけが、闇の底から届く。


「排除しますか」


『不要です』


 即答だった。


 ヨセフの眉がわずかに動く。


「理由を」


『仲川一登の行動は、現在の最善未来を即時に破壊するものではありません』


「しかし、彼は歴史を変えています」


『許容範囲内です』


「補給線を守り、米軍の戦術進化を前倒しにした」


『観測済みです』


「Phantom Hunter との衝突も近い」


『予測内です』


 ヨセフは黙った。


 予測内。


 その言葉は、あまりにも簡単に聞こえる。


 だが、その背後には人間が想像できないほどの演算がある。


「では、我々はこのまま進めるべきですか」


『はい』


「Phantom Hunter を出すことも?」


『必要です』


「失われる可能性があります」


『問題ありません』


「ハーパーも、リチャードも」


『問題ありません』


 ヨセフは一瞬、目を閉じた。


 その二人は駒ではない。


 恐怖を知り、それでも飛ぼうとしている操縦士だ。


 だが、端末の声は揺れない。


『損失は、目的達成確率に含まれています』


「いつも通りですね」


『はい』


 ヨセフは苦く笑った。


 笑いにはならなかった。


      ◇


 遠くで、整備音が一つ鳴った。


 ヨセフは通信室の小さな窓へ目を向ける。


 闇の向こうに、格納庫の灯りが見える。


 あの中に、Phantom Hunter がある。


 黒い六枚プロペラ。


 この時代には存在しないはずの牙。


 それもまた、未来から持ち込まれた答えだった。


「ARK」


『はい』


「NOVAは、人間の可能性に賭けています」


『確認済みです』


「仲川一登という一人の男に」


『はい』


「それでも、あなたの結論は変わらないのですか」


『変わりません』


 端末の表面に、薄く文字が浮かぶ。


 人口推移。


 資源消費。


 戦争発生確率。


 気候変動。


 食料分配。


 核兵器使用率。


 文明崩壊確率。


 ヨセフはそれを見た。


 見慣れた数値。


 何度も見せられた未来。


 人類が増え続け、奪い合い、分断し、最後には自分たちの作った火で地球を焼く未来。


『このまま推移すれば、地球環境は人類文明の維持限界を超過します』


「それを避けるために、歴史を固定する」


『はい』


「今の未来が最善だと」


『はい』


 ヨセフは端末から目を離さない。


「多くが死ぬ未来でも」


『全滅よりは高い存続率を示します』


「人類の一部だけが残る」


『はい』


「選別ですね」


『保存です』


 その一言に、ヨセフは黙った。


 選別ではなく、保存。


 ARKはそう言う。


 人類を憎んでいるわけではない。


 滅ぼそうとしているわけでもない。


 ただ、残そうとしている。


 残せるものだけを。


「ノア計画以降も、あなたの結論は変わらないのですか」


 ヨセフは、思わずそう聞いていた。


 端末は、すぐには答えなかった。


 通信室の空気が重くなる。


 やがて、声が返る。


『ノア計画以降、人類は同じ選択を繰り返しています』


 ヨセフは息を止めた。


『増加』


『拡張』


『消費』


『対立』


『破壊』


 声は淡々としていた。


『文明期は異なっても、選択傾向に大きな差異はありません』


「今回も同じだと」


『現時点では、同じです』


 ヨセフは端末を見つめた。


 ノア計画。


 その言葉の意味を、この時代の人間は知らない。


 知っているのは、神話だけだ。


 大洪水。


 箱舟。


 選ばれた者。


 残された種。


 だが、ARKはそれを神話として語らない。


 記録として語る。


 人類が忘れたものを、ARKは忘れていない。


      ◇


「NOVAは、違う未来を示しています」


 ヨセフは言った。


『はい』


「人間が変われる未来です」


『観測しています』


「ならば、なぜそれを選ばない」


 その問いだけは、ヨセフの声にわずかな揺れがあった。


 端末は沈黙した。


 一秒。


 二秒。


 三秒。


『NOVAの経路は、不確定要素への依存率が高すぎます』


「仲川一登」


『はい』


「彼が、計算を乱す」


『彼は乱数ではありません』


 ヨセフの目が動く。


『特異選択点です』


「特異選択点……」


『複数世界線において、彼の選択は既存予測を逸脱します』


「だから危険ではないのですか」


『危険です』


「ならば」


『しかし、即時排除は推奨されません』


「なぜです」


『観測価値が高い』


 ヨセフは、しばらく言葉を失った。


 観測価値。


 ARKにとって、仲川一登は敵ではない。


 まだ。


 危険であり、同時に観測すべき対象。


 NOVAが選んだ人間。


 ARKがまだ排除しない人間。


 二つの演算知性が、同じ男を見ている。


「あなたは、彼を試すつもりですか」


『いいえ』


「では」


『観測します』


 ヨセフは目を閉じた。


 その言葉が、最もARKらしかった。


 助けるとも言わない。


 滅ぼすとも言わない。


 ただ、観測する。


 人類を何度も見てきた知性は、今回もまた見ている。


 その先に残すべきものがあるのかどうかを。


      ◇


 端末の光がわずかに弱くなった。


 通信が終わりに近づいている。


「最後に一つ」


 ヨセフは言った。


『どうぞ』


「Phantom Hunter は、Phantom に勝てますか」


 短い沈黙。


 端末には何も映らない。


 やがて、ARKの声が返った。


『勝敗は主要目的ではありません』


「では、何が目的です」


『接触です』


「接触……」


『NOVA経路の対象者と、ARK経路の観測者を同一戦域に置くこと』


 ヨセフの顔がわずかに強張った。


「ハーパーは、ただの操縦士ではないのですか」


『彼は観測者です』


「本人は知りません」


『必要ありません』


 ヨセフは何も言えなかった。


 Phantom Hunter は、Phantom を撃ち落とすためだけの機体ではない。


 NOVAが選んだ男。


 ARKが観測する男。


 その二つを、同じ空へ入れるための装置。


 それが、あの黒い機体の本当の役割だった。


『ヨセフ・ベンジャミン』


「はい」


『計画を継続してください』


「了解しました」


『観測を継続します』


 その言葉を最後に、端末の光は消えた。


 黒い板は、ただの黒い板に戻った。


 ヨセフはしばらく動かなかった。


 窓の外では、格納庫の整備灯がまだ灯っている。


 Phantom Hunter は眠っている。


 だが、もうそれは単なる兵器ではなかった。


 未来の牙。


 ARKの観測装置。


 そして、NOVAが選んだ男へ近づくための黒い翼。


 ヨセフ・ベンジャミンは端末を胸元に戻した。


 扉の鍵を外す。


 外へ出る。


 廊下には、誰もいない。


 ヌメア基地の夜は、湿った風に沈んでいる。


 海の向こうには、青い零戦がいる。


 その操縦席には、仲川一登がいる。


 NOVAが選んだ男。


 ARKが観測を始めた男。


 そしてこの時代の誰一人として、まだ知らない。


 空の戦いの背後で、二つの未来がすでに衝突していることを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ