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不時着した零戦を改造して歴史を変える?〜不死の体を手にした俺は第二次世界大戦を無双する〜  作者: よみ はじめ
変わりゆく歴史編

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サッチとハーパー

第八十三話 サッチとハーパー


 ここはニューカレドニア。


 ヌメア基地。


 作戦会議室の空気は重かった。


 南太平洋の海図。


 補給船団攻撃隊が消えた海域。


 そこに、赤い円が引かれている。


 司令官は机の上の交信記録を見下ろしていた。


 海から来た。


 青い零戦。


 「追ってこないのに落とされる。何故だ!」


 そして最後の一言。


 「Phantom!」



「帰還機はゼロか」


 司令官が言った。


 誰も答えない。


 サッチ少佐は腕を組んでいた。


 ハーパー大尉は、黙って海図を見ている。


 リチャードも、その隣に立っていた。


 部屋の奥には、介入者がいた。


 いつものように、ほとんど表情を動かさない。


「意見を聞こう」


 司令官は低く言った。


「Phantom Hunterを出すべきか」


 沈黙。


 先に口を開いたのは、サッチだった。


「反対です」


 ハーパーの目が動いた。


 サッチは続ける。


「Phantom Hunterは、たしかに今のアメリカの最高の機体です」


 誰も口を挟まない。


「しかし、今のPhantomに勝てるかと言えば、まだわからない!」


 サッチは海図の赤い円を見た。


「奴を、空から引きずり落とすためには、まだデータが足りない!」


 ハーパーはその言葉を静かに聞いていた。


 本土の格納庫で見た黒い六枚プロペラ。


 初めて見たXP-51改。


 Phantom Hunter。


 あの時は、追うためではない、同じ空へ入るためだ!


 そう言われていた。


 そして今、あの時よりサッチ少佐は慎重だった。


「罠は、相手の動きが読めて初めて罠になるのです」


 サッチの声は静かだった。


「だが、今回のPhantomは違います」


 海から来た。


 下から三機。


 上から三機。


 逃げた機体を遠距離から撃墜。


「我々はまだ、奴の新しい戦い方を掴んでいません」


 サッチは司令官を見る。


「今出せば、Phantom Hunterまで失います」


 ハーパーが口を開いた。


「では、いつ出すのです?」


 声は静かだった。


 だが、部屋の空気が張った。


 サッチはハーパーを見た。


「勝てる形が見えてからです」


「その形は、ここで見えますか」


 ハーパーは海図を指した。


「ここに残っているのは、死んだ者の声だけです」


 リチャードが息を止めた。


 サッチの目が細くなる。


「ハーパー、君はPhantomを甘く見ている!」


「甘く見てはいません!ですがPhantom Hunterなら届く!」


 ハーパーは引かなかった。


「私は、Phantomを見ました」


 その言葉で、部屋がさらに静かになる。


「二度、風防越しに見ています」


 白い光のような零戦。


 捉えたと思った瞬間、そこにいなかった男。


 だが、確かにいた。


 幽霊ではない。


 人間が乗っていた。


「Phantom Hunterなら奴に勝てる」


 ハーパーは言った。


「訓練で分かりました」


 サッチは首を振った。


「訓練だけです」


「はい」


「本当のPhantomは訓練とは違います」


「分かっています」


「分かっていないですね」


 サッチの声が、わずかに鋭くなった。


「君は機体の性能だけを見ています」


 ハーパーの眉が動く。


「私は奴を見ています」


「ならば、なおさらでしょう」


 サッチは机に手を置いた。


「私も一度戦っています。あの零戦は、速度だけではありません、予測出来ない位置取りです」


 サッチは海図を指で叩いた。


「奴は、いるべきでない場所にいるのですよ」


 赤い円。


 補給船団の上空。


「下にいたと思えば、次には上にいる」


 指が動く。


「追ってこないのに、落とすことが出来る未知の兵器」


 サッチはハーパーを見た。


「君が相手にしようとしているのは、速いだけの零戦ではない!まだ何か牙を隠してるバケモノだ!」


 短い沈黙。


「そして戦場そのものを変える操縦者なんです」


 ハーパーは答えなかった。


 それを知っていたからだ。


 あの男は、空の中で位置を作る。


 こちらの逃げ道さえ、射線へ変える。


「だから行くんです」


 ハーパーは言った。


 サッチの表情が固まる。


「誰かが見なければ、何も分かりません」


「見に行って死ぬ気ですか?」


「帰ります」


「そう言って帰れなかった者が、何人いましたか?」


 その言葉に、ハーパーの拳がわずかに握られた。


 リチャードが一歩動きかけた。


 だが、止まる。


 介入者は黙っている。


 司令官も口を挟まない。


「少佐」


 ハーパーは低く言った。


「私たちは、そのために本土へ呼ばれた」


「Phantomを見たから」


 ハーパーは介入者へ視線を向ける。


「恐怖を知っているから」


 介入者は何も言わない。


「恐怖を知らない者は、近づきすぎて死ぬ」


 ハーパーは続けた。


「そう言われました」


 サッチは介入者を見た。


 介入者は、そこで初めて口を開いた。


「事実です」


 短い一言だった。


 会議室の空気がさらに沈む。


 介入者は続けた。


「Phantom Hunterは、Phantomに勝つための答えではありません」


 ハーパーの目が動く。


「問いです」


「問い?」


 リチャードが思わず言った。


 介入者は海図を見る。


「Phantomの空に、どこまで踏み込めるか」


 誰も言わない。


「それを確かめるための機体です」


 ハーパーは静かに息を吐いた。


 サッチは苦い顔をした。


「だからこそ、今ではない、、、」


 サッチが言う。


「奴はまた変わりました」


「Phantomが変わるたびに待つのですか」


 ハーパーが言った。


「そうしている間に、奴はさらに変わります」


 サッチの目が、わずかに怒りを帯びた。


「君は焦っているのですね」


「当然です」


「焦りは死を呼びますよ」


「待つことも死を呼びます」


 その一言で、部屋が凍った。


 司令官が低く言った。


「そこまでだ」


 ハーパーは口を閉じた。


 サッチも黙る。


 司令官は、しばらく海図を見ていた。


 やがて言う。


「Phantom Hunterの即時出撃は認めない」


 ハーパーの表情は変わらない。


「ただし」


 司令官は続けた。


「出撃準備は進めろ」


 サッチが顔を上げる。


「司令官」


「少佐、君の懸念は分かる」


 司令官は交信記録へ目を落とした。


「だが、何もしなければ、次も全滅だ」


 誰も否定できなかった。


「ハーパー大尉」


「はい」


「命令があるまで飛ぶな」


「了解しました」


「リチャード中尉」


「はい」


「君も待機だ」


「了解」


 リチャードの声は短かった。


 会議は終わった。


 だが、誰も動こうとしない。


 そこに勝った者はいない、負けた者もいない。


 ただ、衝突だけが残った。


     ◇


 格納庫には、整備灯が灯っていた。


 黒い六枚プロペラ。


 長く鋭い機首、ガンメタリックの機体。


 余分なものを削ぎ落とされた胴体。


 機体側面の小さな文字。


 XP-51改。


 その下に、Phantom Hunter。


 ハーパーは機体の前に立っていた。


 今さら驚きはない。


 この機体には、もう何度も乗った。


 加速も知っている。


 旋回の癖も知っている。


 射撃の感触も知っている。


 だが、実戦はまだだ。


 Phantomと同じ空へ入ったことは、まだ一度もない。


 リチャードが隣へ来た。


「少佐を怒らせたな」


「ああ」


「珍しいぞ」


「分かっている」


 リチャードはPhantom Hunterを見上げた。


「俺は、少佐の言ってることも分かる」


「俺もだ」


「なら、なぜ言い返した」


 ハーパーは機体に手を置いた。


「分かるからだ」


 リチャードは黙った。


「分かるから、待てない」


 格納庫に、金属音が響いた。


 整備兵が主脚を確認している。


 弾薬箱が運び込まれる。


 出撃命令はまだない。


 だが、機体はいつでも飛べる。


「ハーパー」


 リチャードが言った。


「もし飛ぶなら、俺も行く」


「命令があればな」


「命令がなくても、と言いたいところだが」


 リチャードは肩をすくめた。


「少佐に撃墜されるな」


 ハーパーが少し笑った。


「それは避けたい」


     ◇


 格納庫の入口に、サッチが立っていた。


 二人は気付いた。


 リチャードが軽く敬礼し、離れる。


 サッチはハーパーの前まで歩いてきた。


 しばらく、二人は何も言わなかった。


 Phantom Hunterの黒いプロペラだけが、整備灯を受けて鈍く光っている。


「君は、私を臆病者だと思っていますか?」


 サッチが言った。


「いいえ」


 ハーパーは即答した。


「では、何故そこまでこだわるのです?」


「少佐が正しいからです」


 サッチの目が動く。


「正しいから、怖いんです」


 ハーパーは機体を見た。


「少佐の言う通り、Phantom Hunterは罠です」


「でも、罠は置かなければ意味がない」


 サッチは黙った。


「置く場所を間違えれば、壊されるだけですよ」


「はい」


「今の我々は、その場所が分かっていない」


「だから見に行きます」


 サッチは息を吐いた。


「またそこへ戻るのですねえ」


「はい」


 ハーパーの声は揺れなかった。


「Phantomは、誰かが近づかなければ見えません」


「近づいた者は死ぬ可能性のほうが強いというのに」


「私は死にに行くつもりはありません」


「皆そう言って死んでいきました」


 サッチの声に疲れが混じった。


 ハーパーは、初めてその疲れを見た。


 サッチはただ反対しているのではない。


 ハーパーを止めている。


 Phantom Hunterを失うことを恐れているのではない。


 その操縦席に座る者を失うことを恐れている。


「少佐」


「何ですか?」


「私は帰ります」


 サッチはハーパーを見た。


「Phantomを見て、帰ります」


「落とすのではなく?」


「落とせるなら、落とします」


 ハーパーは短く言った。


「ですが、見ずに落とすことはできません」


 サッチはしばらく黙っていた。


 やがて、低く言う。


「もし飛ぶなら」


 ハーパーは姿勢を正した。


「Phantomを執拗に追わないでください」


「……」


「奴の後ろを取ろうと焦ってはいけません」


「はい」


「奴がどこを見るかを見るのです」


 ハーパーの目が細くなる。


「どこを見るか」


「そうです」


 サッチはPhantom Hunterを見た。


「奴は空全体を見ているようにみえます」


 格納庫が静かになった。


「射線、逃げ道、味方の位置、船団の進路」


 サッチは言った。


「奴が何を見ているのかを見るのです」


 ハーパーは、ゆっくり頷いた。


「分かりました」


「本当にわかっていますか?」


 サッチは即座に言った。


 ハーパーが顔を上げる。


「まあ、いいでしょう、飛べばわかります」


ハーパーは去っていくサッチ少佐の背中を見つめていた。


 ヌメアの夜風が、格納庫の扉を小さく揺らした。

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