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不時着した零戦を改造して歴史を変える?〜不死の体を手にした俺は第二次世界大戦を無双する〜  作者: よみ はじめ
変わりゆく歴史編

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帰らない攻撃隊

第八十二話 帰らない攻撃隊


 米軍基地の管制室では、補給船団攻撃隊の無線が開かれていた。


 まだ、異常はなかった。


『ハリス、投下に入れ』


『了解』


 管制室の通信兵は、いつものように記録を取っていた。


 目標発見。


 攻撃態勢。


 護衛機少数。


 任務は順調に進んでいる。


 そう思った、その時だった。


『下だ! 零戦が――』


 声が跳ねた。


 次の瞬間、無線に低い音が混じった。


『ハリスがやられた!』


『コールもだ!』


『マーティン、応答しろ!』


『何が起きた!?』


『下から来た!』


『海から零戦が出た!』


 通信兵の手が止まった。


「海から……?」


 隣の士官が顔を上げる。


「ハリス隊へ呼びかけろ」


 通信兵は送信スイッチを押した。


『こちら管制。ハリス隊、状況を報告せよ』


 返事はなかった。


 聞こえるのは、攻撃隊同士の叫びだけだった。


『どこへ行った!』


『上だ!』


『また三機やられた!』


『上からだ!』


『下から来て、上から撃った!』


『あれは普通の零戦じゃない!』


『Phantomだ!』


 その名が出た瞬間、管制室の空気が変わった。


 Phantom。


 誰も笑わなかった。


 通信兵はもう一度呼びかけた。


『ハリス隊、応答せよ。現在位置を知らせろ』


 返事はない。


 無線の向こうでは、すでに戦闘は崩れていた。


『駄目だ! 離脱しろ!』


『補給船は諦めろ!』


『生きて帰れ!』


『北へ逃げろ!』


『雲に入れ!』


 管制室の全員が、スピーカーを見ていた。


 そこには何も映らない。


 だが、攻撃隊が壊れていく音だけが聞こえていた。


『離れてる!』


『このまま逃げ切れる!』


『奴は追ってこない!』


 わずかな沈黙。


 次に入った声は、悲鳴に近かった。


『ベネットがやられた!』


『何だと!?』


『距離があるぞ!』


『リード! 応答しろ!』


『リード!』


 返事はなかった。


 通信兵の顔が青ざめていく。


 司令官が管制室へ入ってきた。


「何が起きている」


 誰もすぐには答えられなかった。


 無線だけが答えた。


『ありえない……』


 男の声だった。


 息が荒い。


『追ってこないのに……落とされる』


 管制室が静まり返った。


 司令官は通信兵を見た。


「呼びかけろ」


『こちら管制。残存機、応答せよ。現在位置を知らせろ』


 返事はない。


 かわりに、攻撃隊内の声が入った。


『ウォレス、後ろだ!』


『違う……』


『何が違う!』


『追ってこない』


『何を言ってる!』


『もう、こっちを向いてる』


 雑音。


 短い沈黙。


『ウォレス!』


『Phantomが――』


 通信は、そこで切れた。


 ザーッ。


 ノイズだけが残った。


 通信兵は、しばらく動けなかった。


 司令官が低く言った。


「続きは」


「……ありません」


「他の機は」


 通信兵は周波数を切り替えた。


『ハリス隊、応答せよ』


 返事はない。


『攻撃隊、応答せよ』


 返事はない。


 ノイズだけが、管制室に流れ続けた。


 誰かが、小さく呟いた。


「全機……?」


 司令官は答えなかった。


 ただ、スピーカーを見ていた。


      ◇


 作戦室に移ってからも、空気は重かった。


 海図の上には、補給船団の航路と攻撃隊の予定進路が引かれていた。


 線は綺麗だった。


 紙の上では、何も問題はない。


 だが、その線の途中で攻撃隊は消えた。


「帰還機は」


 司令官が尋ねた。


「ありません」


「救難信号は」


「確認できません」


「生存者は」


「不明です」


 司令官は海図を見下ろした。


「記録を流せ」


 通信兵が再生装置を動かした。


 管制室で聞いた声が、もう一度作戦室に流れた。


『下だ! 零戦が――』


『海から零戦が出た!』


『Phantomだ!』


『追ってこないのに……落とされる』


『もう、こっちを向いてる』


『Phantomが――』


 再生が止まった。


 誰もすぐには口を開かなかった。


 若い士官が言った。


「海から零戦が出た、というのは、混乱による誤認では」


 その言葉は弱かった。


 言った本人も、信じてはいないようだった。


 サッチ少佐が静かに答えた。


「誤認ではない」


 作戦室の視線が集まる。


「彼らには、そう見えた」


「どういう意味です」


「極端な低空から突き上げた。海面の反射と機体色で、接近に気付かなかった可能性がある」


「レーダーには何も映っていません」


「なら、なおさら厄介だ」


 サッチは海図の上を見た。


「奴は、我々の目に入らない場所から来た」


 誰も笑わなかった。


 司令官が言う。


「続けろ」


 サッチは記録を指で叩いた。


「最初の三機は下から撃墜」


 指が少し動く。


「次の三機は上から」


 さらに線を引く。


「残りは離脱中に遠距離で撃墜」


 技術士官が顔を上げた。


「距離がある、という交信が残っています」


「ああ」


 サッチは頷いた。


「追撃ではない。射撃だ」


 部屋が静まった。


「逃げる機体に追いついたのではない。距離が開いた状態で落としている。あの機体の武器は、我々の想定する航空機関砲の射程ではない」


 技術士官は資料を見た。


「前回の被弾痕とも一致します。高初速の徹甲弾、あるいは未知の投射兵器」


「未知」


 司令官が呟いた。


「またそれか」


 技術士官は答えなかった。


      ◇


 ハーパー大尉は、部屋の後方で黙っていた。


 彼はPhantomを見たことがある。


 風防越しに、目を合わせたことがある。


 その記憶が、無線記録と重なる。


『もう、こっちを向いてる』


 ハーパーは低く言った。


「逃げる形にされたんだ」


 司令官が振り向く。


「何?」


「最初に下から三機。次に上から三機。それで攻撃隊は崩れる。残りは逃げるしかない」


 ハーパーは海図の上に指を置いた。


「逃げれば背を向ける。高度も進路も限られる。距離が開いても、狙いやすくなる」


 若い士官が言った。


「わざと逃がしたと?」


「違う」


 ハーパーは短く言った。


「逃げるように壊した」


 その言葉に、作戦室が静まった。


 サッチは何も言わなかった。


 だが、その表情は否定していなかった。


 司令官はハーパーを見た。


「君なら逃げ切れるか」


 ハーパーは少しだけ黙った。


「分かりません」


 その答えが、部屋の空気をさらに重くした。


      ◇


 サッチは赤鉛筆を取った。


 攻撃隊が消えた空域に小さな円を描く。


 そこから、海面沿いに線を伸ばそうとする。


 だが、手が止まった。


「進入方向が分からん」


 参謀が聞く。


「無線から推定できませんか」


「できない」


 サッチは首を振った。


「下から来た。それだけだ。方位がない。距離もない。高度もない。レーダーにも映っていない。帰還機もない」


「つまり」


「現れた」


 サッチの声は苦かった。


「そして消えた」


 誰かが小さく呟いた。


「幽霊だ」


 今度も、誰も笑わなかった。


 司令官が聞いた。


「対策は」


 答えはすぐには出なかった。


 高度を変える。


 編隊を広げる。


 護衛を増やす。


 レーダー監視を強化する。


 どれも、言葉としては並べられる。


 だが、相手の進入方向が分からない。


 接近に気付けない。


 逃げても撃たれる。


 それを前にして、どの対策も薄く見えた。


 やがて、サッチが言った。


「分かっていることは一つです」


「何だ」


「Phantomは、また変わりました」


 部屋の温度が下がったように感じられた。


「以前の奴は、空から現れた」


 サッチは海図を見た。


「今回は、海から来た」


 誰も言わなかった。


 だが、全員が同じことを考えていた。


 次は、どこから来る。


      ◇


 夕方。


 飛行場には、帰ってくるはずだった機体の整備員たちが残っていた。


 燃料車。


 弾薬車。


 整備工具。


 すべてが出番を失っていた。


 滑走路の向こうに、低い夕日が沈みかけている。


 そこへ戻ってくる機影はない。


 管制塔の通信兵は、もう一度だけ周波数を開いた。


『攻撃隊、応答せよ』


 返事はなかった。


 彼は、最後の声を思い出した。


『もう、こっちを向いてる』


 遠いはずなのに。


 追ってこないはずなのに。


 それでも、落とされた。


 通信兵は、水平線を見た。


 そこには何もない。


 そして、その何もない海の向こうから、攻撃隊は帰ってこなかった。

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