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不時着した零戦を改造して歴史を変える?〜不死の体を手にした俺は第二次世界大戦を無双する〜  作者: よみ はじめ
変わりゆく歴史編

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未来基地の危機

第七十八話 未来基地の危機


 エンタープライズの作戦会議室には、まだ重い空気が残っていた。


 ヨークタウンは戦列を離れた。


 ミッドウェー島の航空隊も消耗している。


 いま太平洋で即座に動かせる空母は、エンタープライズとホーネットの二隻。


 だが、彼らが本当に見ていたのは、日本艦隊だけではなかった。


 長机の上に広げられた海図。


 その一角に、赤い鉛筆で円が描かれる。


「ここだ」


 司令官の指先が、海図の一点を押さえた。


「最初のムスタング隊が消息を絶った海域です」


 参謀が低く言った。


「そして、Phantomが最初に確認された周辺海域でもある」


 誰も口を挟まない。


「奴は、どこかから来ている」


 司令官が言った。


「そして、どこかへ戻っている」


 赤い円の中には、いくつもの小島があった。


 岩礁。


 草地。


 海図に名だけが記された小さな無人島。


 どれも軍事施設など置けるようには見えない。


「この周辺を重点的に調査しろ」


「わかりました、偵察機を出します」


「写真も撮れ。海図と照合しろ。小さな違和感も見逃すな」


 参謀が頷く。


「はい、滑走路、桟橋、燃料施設、通信施設。徹底的に痕跡を探します」


「ああ」


 司令官は短く答えた。


「何もないなら、それでいい。だが、何かあるなら、必ず見つけろ」


 太平洋の上へ、偵察機が放たれた。


      ◇


 未来基地は、静かだった。


 外では波が岩場に当たり、草地の上を風が流れている。


 いつもの無人島。


 いつもの草地。


 何もないように見える場所。


 こんもりと盛り上がった丘、その地下で、京子たちは次の戦況整理を進めていた。


 巨大な表示板には、太平洋の地図が映し出されている。


 慎一は腕を組み、黙って海図を見ていた。


「ガダルカナルまでは、少し時間がありますね」


 はるみが言った。


「史実通りなら、ですけど」


 美希は端末を抱えたまま、椅子の上で少し背伸びをした。


「つまり、少しは休めるってことですか?」


「休めると思いたいわね」


 京子が静かに答える。


 その横で、幸雄がコーヒーのカップを手に取った。


「休める時に休んどけ。機体は勝手に直らん」


「幸雄さん、それ、名言っぽいですけど普通のこと言ってます」


「普通のことが一番大事なんだよ」


 美希が小さく笑った。


 その時だった。


 短い警報音が、基地内に鳴り響いた。


 ビーッ。


 空気が一瞬で変わる。


 幸雄がカップを置いた。


 京子が表示板へ向き直る。


「何」


 はるみが端末を叩いた。


「航空機反応。方位東北東。高度、およそ千」


「日本機?」


「違います。識別不能。ただし進路は……」


 はるみの声が少し低くなる。


「こちらへ向かっています」


 表示板の上に、青い点が現れた。


 ゆっくりと、しかし確実に、島のある海域へ近づいてくる。


 京子の声が鋭くなる。


「全熱源低下。外部放射を最小に」


「やってる」


 幸雄がすでに別の端末へ走っていた。


「格納庫遮蔽、完全閉鎖。零戦は地下格納庫内」


「空間磁気コイルは」


「停止中。外部反応なし」


「通信は」


「全部、受信専用に落とします」


 京子は慎一を見た。


「出撃は」


「しない」


 慎一は即答した。


 今、零戦を出せば終わりだ。


 撃墜することはできる。


 だが、撃墜した瞬間、この島に何かがあると教えることになる。


 今回は、戦ってはいけない。


 隠れなければならない。


「偵察機か」


「おそらく」


 はるみが答える。


「進路から見て、偶然の通過ではありません」


 京子の表情が硬くなる。


「探しに来たのね」


 誰も否定しなかった。


「近いです」


 美希が小さく言った。


 いつもの声が、今日は少し震えている。


 青い点は、島の近くへ入ってきた。


 京子が低く命じる。


「全員、静かに」


 その言葉に、美希がぴたりと固まった。


 そして、小さく手を上げた。


「あの……」


 京子が目だけを向ける。


「何」


「今、くしゃみが出そうです」


 全員が一瞬だけ止まった。


 幸雄が小声で言う。


「気合いで止めろ」


「気合いで止まるものなんですか」


「止めるんだよ」


 はるみが無言でハンカチを差し出した。


 美希は両手でそれを受け取る。


「ありがとうございます……」


 その瞬間。


 表示板の青い点が、島の縁へ重なった。


 誰も笑わなくなった。


      ◇


 米軍偵察機の窓の外に、青い海が広がっていた。


 その中に、小さな島々が点在している。


 岩場。


 草地。


 低い木々。


 白い砂浜。


 似たような島が、いくつも浮かんでいた。


 偵察員は双眼鏡を覗き、手元の海図と照らし合わせる。


「小島が多すぎるな」


 操縦士が前を見たまま言う。


「重点調査区域だ。文句を言うな」


「何を探してる」


「滑走路、桟橋、燃料施設、建物、人影。何でもだ」


 偵察員はカメラを構えた。


 シャッター音が続く。


 写真に写るのは、ただの島だった。


 草地。


 岩。


 木。


 波。


 軍事施設らしいものは見えない。


「次の島だ」


「待て。あそこをもう一度」


 偵察員が一つの島を指した。


 他の島より、ほんの少し草地が広い。


 平らに見える場所もある。


 操縦士は機体をわずかに傾けた。


 偵察機が旋回する。


      ◇


 未来基地の中で、警報表示が黄色から赤に変わった。


「旋回します!」


 美希の声が裏返った。


 京子の手が、端末の上で止まる。


 はるみが息を飲む。


 幸雄は無言で遮蔽状態を確認し続けていた。


 慎一は表示板を見つめたまま動かない。


 青い点が、再び島へ向かう。


 その軌跡が、ゆっくりと弧を描いた。


「あの……」


 美希が小声で言う。


「今、お腹が鳴ったら、外に聞こえますか」


「聞こえるわけないだろ」


 幸雄が即座に返す。


「でも、私の体感では爆音です」


「黙って」


 はるみの声が珍しく鋭かった。


 美希は両手で口を押さえた。


 次の瞬間。


 ゴオオオオオオオ……。


 低いエンジン音が、地上の草地を震わせるように響いた。


 偵察機が、島の上空を通過していく。


 基地の中で、誰も動かない。


 誰も喋らない。


 京子の額に、細い汗が浮かんでいた。


 幸雄の指は端末の上で止まっている。


 美希はハンカチを鼻に当てたまま、目だけを大きく開いていた。


 慎一は拳を握っていた。


 撃てば落とせる。


 だが、撃てない。


 今は、ただ通り過ぎるのを待つしかない。


      ◇


 偵察員は、島を見下ろしていた。


「滑走路なし」


 カメラが鳴る。


「桟橋なし」


 もう一枚。


「建物なし」


 さらに一枚。


「人影なし」


 操縦士が尋ねる。


「何かあるか」


 偵察員は双眼鏡を下ろした。


 少しだけ眉を寄せる。


「草地が妙に平らに見える」


「基地か?」


「いや」


 偵察員は首を振った。


「滑走路にしては短すぎる。着陸痕もない。機体を隠す林もない。燃料施設も見えない」


「では」


「ただの島だ」


 操縦士は機体を水平に戻した。


「次へ行くぞ」


「ああ」


 偵察員は報告用紙に短く記入した。


 複数の小島を確認。


 軍事施設なし。


 書き終えたその時、偵察員はもう一度だけ窓の外を見た。


「……いや」


 操縦士が振り向く。


「どうした」


「気のせいか」


「何だ」


 偵察員は目を細めた。


「今、一瞬だけ……草が揺れた気がした」


 操縦士は前方へ視線を戻した。


「風だろ」


「……そうだな」


 偵察員は双眼鏡を下ろした。


 その島は、もう機体の後方へ流れていく。


 偵察機は、次の島へ向かった。


      ◇


 青い点が、ゆっくりと島から離れていく。


 未来基地の中では、誰もすぐには動かなかった。


 十秒。


 二十秒。


 はるみが画面を確認し、ようやく小さく言った。


「……離れていきます」


 京子は、そこで初めて息を吐いた。


「通過しました」


 その瞬間、美希が椅子にもたれかかった。


「プハーッ!」


「寿命が縮みましたぁ……」


 幸雄が端末から目を離さずに言う。


「まだ生きてる」


「そういう問題じゃないです」


「そういう問題だ」


 はるみも力が抜けたように肩を落とした。


 京子は椅子に座らなかった。


 表示板の上で遠ざかる青い点を、最後まで見ていた。


 慎一も同じだった。


「見つからなかったわね」


 京子が言う。


「ああ」


 慎一は短く答えた。


 だが、その声に安堵は少なかった。


 米軍は通り過ぎた。


 基地は見つからなかった。


 だが、見られなかったわけではない。


 この島は、すでに米軍の調査範囲に入っている。


 今回は、彼らの常識がこちらを守った。


 基地には滑走路が必要。


 桟橋が必要。


 建物が必要。


 燃料施設が必要。


 そういう常識があったから、彼らはここを基地だと思わなかった。


 だが、次も同じとは限らない。


 慎一は、表示板の端へ消えていく青い点を見ながら呟いた。


「次は、もっと近くまで来るかもしれないな」


 京子は答えなかった。


 ただ、静かに頷いた。


 未来基地は、今日も見つからなかった。


 けれど。


 太平洋の青い海の中で、その見えない基地に向けられた目は、確かに一つ増えていた。

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