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不時着した零戦を改造して歴史を変える?不死の体を得た俺は第二次世界大戦を無双する。  作者: よみ はじめ
変わりゆく歴史編

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栄改

第七十四話 栄改


 ミッドウェーの後はしばらく穏やかな日が続いていた。


 未来基地の格納庫には、静かな機械音が響いていた。


 戦闘の直後ではない。


 緊急整備でもない。


 ただ、次に飛ぶための点検だった。


 慎一は格納庫の中央に置かれた零戦を見上げていた。


 外から見れば、ただの零戦。


 少し傷の残る、古い機体。


 だが、その中身はすでに、昭和十七年の常識から大きく外れている。


 幸雄はエンジンカウルを開け、工具を片手に何かを調整していた。


 慎一はしばらく黙って見ていたが、ふと思い出したように言った。


「なあ、幸雄」


「何だ」


「前から聞こうと思っとったんだがな」


「嫌な予感しかしないな」


「ブースターの原理は、一体どうなっとるんだ?」


 幸雄の手が止まった。


 ゆっくりと振り返る。


「今頃か」


「今頃だ」


「何度も使っておいて、今頃聞くのか」


「飛んでる時は、それどころじゃない」


「使う前に聞け」


「使えと言われたから使った」


「お前は本当に便利なじじいだな」


「年寄りを便利扱いするな」


 格納庫の端で端末を見ていた美希が、くすっと笑った。


 はるみはすぐに記録した。


「慎一さん、じじい発言。本日一回目です」


「記録せんでいい」


 京子は少し離れた場所で整備ログを確認していたが、会話を聞いて小さく笑った。


「でも、いい機会ですね」


「だろう?」


 慎一が少し得意げに言うと、幸雄はため息をついた。


「ブースターだけ説明しても意味がない」


「何でだ」


「こいつは、単体で動いてるわけじゃない」


 幸雄は開いたエンジンカウルの中へ視線を戻した。


「まず、こいつの心臓から説明する」


「心臓?」


「栄改だ」


     ◇


 幸雄は工具を置き、エンジンの前に立った。


 そこに収まっているのは、栄エンジンだった。


 ただし、昭和十七年の栄ではない。


 未来基地で手を入れられた、栄改。


 見た目は大きく変わらない。


 星型十四気筒。


 零戦の機首に収まる、空冷エンジン。


 だが、その中身は別物に近かった。


「勘違いするなよ」


 幸雄は言った。


「こいつは未来のエンジンじゃない」


 慎一は眉を上げた。


「違うのか」


「違う」


 幸雄はエンジンを軽く叩いた。


 コン、と乾いた音がした。


「これは栄だ」


「八十年前の技術者が作った、栄エンジンだ」


 慎一は少し黙った。


 幸雄の声には、いつもの皮肉が少なかった。


「俺たちは、別のエンジンを載せたわけじゃない」


「燃料を変えた」


「過給を見直した」


「吸気を冷やした」


「摩擦を減らした」


「壊れる場所を強くした」


「ただ、それだけだ」


「ただ、それだけで二千馬力か」


 慎一が言うと、幸雄は鼻で笑った。


「その“ただ”が、八十年分ある」


     ◇


 京子が近づいてきた。


「栄改の基本は、元の栄エンジンを活かすことです」


 慎一はエンジンを見た。


「活かす、か」


「はい」


 幸雄が続ける。


「当時の栄が悪いわけじゃない。むしろよくできてる」


「ただし、当時は足りないものが多かった」


「燃料」


「材料」


「冷却」


「加工精度」


「潤滑」


「表面処理」


「制御」


 幸雄は一つずつ指を折るように言った。


「足りないものを、未来の技術で埋めた」


「それが栄改だ」


 慎一は腕を組んだ。


「燃料は」


「現代の高オクタン燃料に近い」


 幸雄は答えた。


「当時の航空燃料より、ノッキングに強い」


「つまり、過給圧を上げられる」


「圧縮しても異常燃焼しにくい」


「なるほどな」


「それに、一段二速の過給機も手を入れてある」


「スーパーチャージャーか」


「ああ」


 幸雄はエンジン後部を指した。


「高高度でも空気を押し込めるようにしてある」


「ただし、空気は圧縮すると熱くなる」


「熱い空気は膨らむ」


「膨らんだ空気は、同じ体積でも酸素が少ない」


「だから冷やす」


 京子が補足した。


「インタークーラーですね」


「そうだ」


 幸雄は頷いた。


「吸気を冷やす。酸素を詰め込む。燃料を燃やす。出力が上がる」


 慎一は感心したようにエンジンを見た。


「理屈は単純だな」


「理屈だけならな」


 幸雄は苦笑した。


「問題は、エンジンがそれに耐えるかだ」


     ◇


 幸雄は小さな部品を作業台から取り上げた。


 銀色に鈍く光る金属片だった。


「これはピストンの試験片だ」


「ピストン?」


「本物じゃない。表面処理の確認用だ」


 慎一が覗き込む。


 幸雄はそれを指で弾いた。


「ナノポリマーコーティング」


「ハイパーコーティングとは違うのか」


「目的が違う」


 幸雄は即答した。


「機体のハイパーコーティングは構造強化だ」


「こっちは、エンジン内部の摩擦と熱を抑える」


「ピストン」


「シリンダー」


「バルブ」


「軸受け」


「コンロッド」


「負荷がかかる場所に、薄く入り込ませてある」


「そんな薄いもので変わるのか」


「変わる」


 幸雄は淡々と言った。


「摩擦が減れば、熱が減る」


「熱が減れば、焼き付きにくい」


「表面が強くなれば、摩耗しにくい」


「放熱性が上がれば、回せる時間が伸びる」


 慎一は小さく息を吐いた。


「なるほど」


「栄の形はそのままでも、中で起きてることはかなり違うわけだ」


「そういうことだ」


 幸雄は試験片を置いた。


「未来技術ってのはな」


「魔法じゃない」


「昔の人間が考えていたことを、昔では作れなかった材料と精度で実現しただけだ」


 格納庫に短い沈黙が落ちた。


 慎一は、開かれたエンジンを見た。


 古い。


 だが、古いだけではない。


 その中には、過去と未来の手が同時に入っていた。


     ◇


「それで二千馬力か」


 慎一が言うと、幸雄は少しだけ笑った。


「二千馬力で驚くな」


「何?」


「出そうと思えば、まだまだ出せる」


 慎一は思わず幸雄を見た。


「まだ上がるのか」


「余裕でな」


 幸雄は短く言った。


「だが、上げない」


「なぜだ」


「意味が薄いからだ」


 慎一は眉を寄せた。


 幸雄はエンジンカウルの丸い形を指した。


「零戦は星型エンジンだ」


「星型は丈夫だ。扱いやすい。整備もしやすい」


「だが、前が太い」


 彼は機首の正面に立つ。


「この形は、空気を押す」


「速度を上げれば上げるほど、抵抗が壁になる」


「馬力だけ上げても、機体がその速度域に向いていなければ意味がない」


「液冷エンジンみたいな細い機首とは違う」


 慎一は少し頷いた。


「空力の問題か」


「そうだ」


 幸雄は続ける。


「それに、零戦は速度だけの飛行機じゃない」


「軽さ」


「旋回」


「上昇」


「加速」


「操縦者の感覚」


「その全部で零戦だ」


 幸雄はエンジンを見た。


「二千馬力は、こいつが零戦でいられる範囲の落としどころだ」


「それ以上を求めるなら、別の機体を作った方がいい」


「だが、それはもう零戦じゃない」


 慎一は何も言わなかった。


 その言葉は、妙に胸に残った。


 未来基地は、零戦を別の飛行機に変えたのではない。


 零戦を、零戦のまま強くしていた。


「俺たちは未来の飛行機を作ってるんじゃない」


 幸雄は静かに言った。


「零戦を、零戦のまま強くしてるんだ」


     ◇


 慎一はしばらく黙っていた。


 そして、ふっと笑った。


「お前、意外とロマンチストだな」


「違う」


「今のはかなりロマンだったぞ」


「技術の話だ」


「技術者のロマンだろ」


 幸雄は露骨に嫌そうな顔をした。


「お前に言われると腹が立つ」


 美希が笑った。


「幸雄さん、ちょっとかっこよかったです」


「ちょっとか」


 はるみが端末を見ながら言う。


「幸雄さんの照れ反応を確認」


「記録するな」


 京子も微笑んでいた。


 格納庫の空気が少し柔らかくなる。


 慎一は改めて零戦を見上げた。


 自分が乗っている機体。


 死んだはずの少尉の零戦。


 未来の技術で磨かれた、昭和十七年の翼。


 その心臓に、栄改がある。


「それで」


 慎一は思い出したように言った。


「俺はブースターの原理を聞いたんだがな」


 幸雄は鼻で笑った。


「だから、今からそこへ行く」


「やっとか」


「栄改を知らんと、ブースターは分からん」


 幸雄は機体の後方へ回った。


 慎一もついていく。


 零戦の操縦席後方。


 外から見れば、何も変わらない胴体。


 だが、その内部には、未来基地が組み込んだ大型の回収タンクが収まっていた。


「零戦の操縦席の後ろは、元々かなり空いてる」


 幸雄が言った。


「そこへタンクを入れた」


「燃料タンクか」


「違う」


 幸雄は即答した。


「排気回収タンクだ」


 慎一は目を細めた。


「排気?」


「ああ」


「栄改の排気の一部を回収する」


「そのまま捨てるはずの排気ガスを、ここに溜める」


「それを未来基地の触媒と再構成装置で、もう一度燃焼できる推進ガスに変える」


 慎一は腕を組んだ。


「捨てるはずのものを、もう一度使うわけか」


「そうだ」


 幸雄は少しだけ満足そうに頷いた。


「原理だけ言えば、ブースターはロケットだ」


「だが、積んでいるのは普通のロケット燃料じゃない」


「栄改が吐き出した排気を、もう一度使える形に作り替えている」


「それを後方の噴射口から吹く」


「だから、栄改があって初めて成立する」


 慎一は零戦の後部を見た。


「噴射口はどこだ」


「胴体後部の下面」


 幸雄は機体の腹側を指した。


「尾翼の少し前。左右二口」


「尻から一本で吹かないのか」


「それだと目立つし、外形も変わる」


「推力線も荒れる」


「だから左右に分けた」


「外から見れば、ただの排気口にしか見えん」


「だが吹けば、機体を後ろから押す」


 慎一はニヤリと笑った。


「要は、栄の屁をもう一回燃やして飛んでるわけか」


 格納庫が一瞬静まった。


 美希が吹き出した。


 京子が口元を押さえる。


 はるみは真顔で端末へ入力する。


「慎一さん、表現が不適切です」


 幸雄は額に手を当てた。


「お前な」


「分かりやすいだろ」


「分かりやすすぎる」


「つまり違わんのだな」


「……大筋では違わん」


 慎一は満足そうに頷いた。


「ならよし」


「よくない」


     ◇


 幸雄は気を取り直すように、機体下面へ視線を向けた。


「ただし、万能じゃない」


「使えばタンクの中身は減る」


「再構成装置にも負荷がかかる」


「噴射口は高温になる」


「機体にも負担が来る」


「だから乱用するな」


 慎一は軽く頷く。


「分かった」


 幸雄は目を細めた。


「その分かったは信用できない」


「なぜだ」


「お前は分かったと言った後で、一番無茶な使い方をする」


 京子が静かに頷いた。


「それはあります」


 美希も頷く。


「あります」


 はるみも頷いた。


「記録上、あります」


「味方がおらんな」


 慎一は苦笑した。


 幸雄は真顔に戻る。


「いいか」


「ブースターは速く飛ぶためだけの装置じゃない」


「射線を外す」


「追撃する」


「離脱する」


「敵の予測を一瞬だけずらす」


「そのための装置だ」


 慎一の目が少し鋭くなる。


「敵の予測をずらす、か」


「ああ」


「あいつらは、お前の動きを見ている」


「米軍は次に、お前の癖を読んでくる」


「普通の零戦ならここまで」


「普通の改造機ならこの角度」


「そう読んでくる」


 幸雄は機体を軽く叩いた。


「そこで、こいつを使う」


「栄改が作った力を、最後の一押しに変える」


「読まれた線から、外へ出る」


 慎一は黙って聞いていた。


 あれだけやられて、アメリカも黙っているわけがない。


 きっと何か対策をして来るだろう。


 次の空では、こちらの動きは確実に読まれる。


 その時、このブースターはただの加速装置ではない。


 戦場の線をずらすための、もう一つの手札になる。


     ◇


 格納庫に、栄改の金属音が小さく響いた。


 幸雄はエンジンカウルを戻しながら言った。


「未来技術ってのはな」


「何でも新しく作ることじゃない」


「昔からあるものを、最後まで使い切ることでもある」


 慎一は零戦を見上げた。


 栄改。


 排気回収タンク。


 再構成装置。


 左右二口のブースター。


 それらは、未来の技術でありながら、すべてこの零戦の中に隠れている。


 外からは見えない。


 だが、空では確かに効く。


「なるほどな」


 慎一は静かに言った。


「この機体は、未来の零戦じゃない」


 京子が慎一を見る。


 慎一は零戦の機首を見上げた。


「昔の零戦を、未来が少しだけ手伝ってるんだな」


 幸雄は少しだけ笑った。


「そういうことだ」


 慎一はカウルの閉じられた栄改を見つめた。


 八十年前の技術者が作った心臓。


 未来の技術者が磨いた心臓。


 その二つが、今この一機の零戦の中で同じ音を立てている。


 戦争の空へ向かうために。


 そして、未来を変えるために。


「よし」


 慎一は小さく笑った。


「次に飛ぶ時は、少しだけ栄に礼を言うか」


 幸雄が眉を上げる。


「機械に礼を言うのか」


「長く生きると、道具にも礼を言うようになる」


 はるみが端末を見る。


「じじい発言、二回目です」


「だから記録するな」


 美希が笑い、京子も笑った。


 未来基地の格納庫に、少しだけ穏やかな空気が広がる。


 その中央で、零戦は静かに翼を休めていた。


 だが、その心臓はもう次の空を待っている。


 栄改。


 過去の技術と未来の技術が重なった、Phantom の心臓。


 その鼓動は、まだ誰にも聞こえていない。


 だが次の戦場で。


 その音は、再び空を震わせることになる。

今回は零戦に積まれた栄エンジンに敬意を表す回にしました。

当時の技術が基本的には今と変わっていない事がむしろ驚きであり。今でも充分に通用するポテンシャルを秘めていたと、少しは伝われば嬉しく思います。

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