体が覚えていたもの
第7話 体が覚えていたもの
翌日。
朝食の後、京子たちは昨日の戦闘記録を開いた。
「昨日の戦闘記録、見てもらえる?」
美希がモニターを指した。
映っていたのは、昨日の空戦だった。
俺の零戦と、マスタングの飛行軌跡。
青い線が零戦。
赤い線が敵機。
「別に見てもいいけど、俺に聞かれても分からんぞ」
「分からなくてもいいの」
美希は少し真面目な顔で言った。
「ただ、本人がどう感じていたのか知りたいだけ」
画面の中で、赤い線が右へ逃げようとする。
その直前に、青い線が少しだけ先へ入っていた。
幸雄が腕を組む。
「これ、狙ってやったのか?」
「いや」
俺は即答した。
「あの時は必死だった。考えてる余裕なんかなかった」
京子が静かに聞く。
「では、体が先に動いた?」
「そんな感じだな」
俺はモニターを見ながら、昨日の空を思い出した。
敵機の機首が少し揺れた。
ほんのわずかな動き。
たぶん普通なら見逃す。
でも、俺はそこで操縦桿を入れていた。
理由を聞かれても困る。
ただ、そうなる気がした。
「木を倒す時に似てるかもしれん」
「木?」
はるみが首をかしげた。
「ああ。木ってのは、切った方向に素直に倒れるとは限らないんだ。根駒の位置、追い切りの深さ、風、斜面、枝の絡み。ちょっとしたことで倒れる方向が変わる」
俺は右手で、空中に倒れる木の動きを描いた。
「傾いた瞬間に隣の枝へ触れると、そこで重心が逃げる。場合によっては跳ね返って、自分の方へ飛んでくることもある」
幸雄が少し黙った。
「そりゃ危ねえな」
「危ないなんてもんじゃない。予測してなかったら命が幾つあっても足りん」
俺は画面の赤い線を見た。
「だから、幹だけ見ない。枝を見る。風を見る。地面を見る。倒れた後にどこへ暴れるかを見る」
美希がゆっくりと言った。
「それを、敵機にもやった?」
「分からん」
俺は首をひねった。
「でも、似た感じはあった。敵機だけ見てたわけじゃない。周りの空とか、自分の位置と相手の位置関係とか、逃げ道とか……そういうものをまとめて見てた気がする」
京子はすぐには答えなかった。
モニターの青い線を見ている。
「予測、というより」
彼女は小さく言った。
「条件を読んだ、ということですね」
「たぶんな」
「では、まだ結論は出せません」
京子は画面を閉じた。
「昨日の戦闘だけではデータが足りません。慎一自身も、まだ感覚で動いている段階です」
「助かるよ」
俺は思わず笑った。
「いきなり分析されても困る」
美希が少し不満そうに言う。
「でも、何かあるのは確かよ」
「それは否定しない」
幸雄が零戦の映像を見ながら言った。
「ただ、こいつ専用に調整するにはまだ早いな。下手に支援を入れると、かえって邪魔になる」
「だろ?」
俺は幸雄を見た。
「俺もそう思う」
幸雄は嫌そうな顔をした。
「お前と意見が合うと、なんか腹立つな」
はるみがくすっと笑った。
京子は俺を見た。
「次の戦闘では、こちらは観測に徹します。操縦支援は最低限。慎一の感覚を邪魔しないことを優先します」
「それで頼む」
俺はモニターに映る零戦を見た。
昨日まで、この機体は未来技術で改造された化け物だと思っていた。
だが、飛んでみると違った。
強すぎるエンジン。
捻れようとする機体。
操縦桿に返ってくる重さ。
ラダーを踏んだ時の尻の流れ。
全部に癖がある。
無理やり押さえつけるのではなく、行きたがる方向を読んで、少しだけ手を添える。
それは空でも、現場でも、たぶん同じだった。
「お前、なかなか面白い奴だな」
俺がモニターの零戦に向かって言うと、幸雄が呆れた声を出した。
「ついに飛行機に話しかけ始めたぞ」
「相棒だからな」
俺がそう言うと、京子の表情がほんの少しだけ変わった。
この島に来てから、何もかもがおかしい。
未来人。
改造零戦。
歴史改変。
だが、ひとつだけ確かなことがある。
俺はこの機体で飛ぶ。
そして次は、昨日より少しだけ上手く飛べる。
そんな気がしていた。




