表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不時着した零戦を改造して歴史を変える?不死の体を得た俺は第二次世界大戦を無双する。  作者: よみ はじめ
守護神誕生編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
61/68

赤城沈没

第六十一話 赤城沈没


 ミッドウェーの空で、二つの翼は初めて互いの隙を見た。


 慎一は、ハーパーが危険な男だと知った。


 ハーパーは、ファントムにも守るものがあると知った。


 だが、その二人の戦いとは別の場所で、すでに一つの命が尽きようとしていた。


 日本機動部隊旗艦。


 赤城。


 その艦は、まだ浮いていた。


 だが、もう戦ってはいなかった。


     ◇


 赤城の飛行甲板からは、黒い煙が絶え間なく上がっていた。


 甲板は歪み、焦げ、ところどころが裂けている。


 爆風で吹き飛ばされた機材が、傾いたまま転がっていた。


 かつて整然と並んでいた艦上機は、もうそこにはない。


 燃えた残骸。


 曲がった主翼。


 弾け飛んだ車輪。


 それらが、赤城の上で静かに燻っていた。


 艦内では、まだ人が走っていた。


「消火班、前部へ回れ!」


「弾薬庫の温度は!」


「まだ上がっています!」


「注水を急げ!」


 叫び声が、煙の中で交差する。


 誰も諦めていなかった。


 赤城はまだ浮いている。


 ならば救える。


 誰もがそう信じようとしていた。


 消火ホースが引かれる。


 水が噴き出す。


 だが、炎は消えたと思えば、別の場所からまた顔を出した。


 艦の奥で燃えている。


 見える火ではない。


 見えない場所で、赤城の内側を食っている火だった。


     ◇


 機関室にも、熱は迫っていた。


 鋼鉄の壁が熱を持ち、空気が重くなる。


 照明は暗く、ところどころで火花が散っている。


 兵たちは汗と煤にまみれながら、まだ機械にしがみついていた。


「蒸気圧、落ちます!」


「持たせろ!」


「無理です、配管が……!」


 大きな音がした。


 どこかで金属が裂けた音だった。


 床が揺れる。


 誰かが転び、すぐに別の兵が腕を掴んで引き起こした。


「立て!」


「まだ終わってないぞ!」


 その言葉に、誰も反論しなかった。


 終わっていない。


 そう思いたかった。


 赤城は日本機動部隊の旗艦だった。


 その名を背負って、ここまで来た艦だった。


 沈むなど、誰も口にできなかった。


     ◇


 艦橋では、報告が途切れず入っていた。


「前部火災、延焼中!」


「格納庫内、消火困難!」


「注水による傾斜、増大!」


「機関部、出力低下!」


 艦橋の空気は、煙と熱で濁っている。


 それでも指揮は続いていた。


 誰も取り乱してはいない。


 ただ、全員が分かり始めていた。


 赤城はもう、戻れない場所へ入りつつある。


「傾斜は」


「右へ八度。なお増大中」


「復旧班は」


「作業中です。しかし……」


 報告は、そこで途切れた。


 その先を言う必要はなかった。


 沈黙が艦橋を満たす。


 遠くで爆発音がした。


 艦内のどこかで、また何かが誘爆したのだ。


 赤城が小さく震えた。


 まるで、苦しみに耐えるように。


     ◇


 その頃、慎一は赤城の上空へ戻りつつあった。


 ミッドウェーの空は、まだ終わっていない。


 敵機は散り、味方機も散っている。


 黒煙はあちこちに上がっていた。


 だが、その中でひときわ太い煙があった。


 赤城だった。


 慎一は、一瞬言葉を失った。


 分かっていた。


 分かっていたはずだった。


 赤城は最初の攻撃で大きくやられていた。


 その後の攻撃は止めた。


 さらに来るはずだった牙も、何本も折った。


 だが、最初の傷は消えない。


 燃えたものは、燃えたままだ。


 壊れたものは、壊れたままだ。


 どれだけ空で敵を落としても、艦の中で続いている戦いには手が届かない。


 慎一は操縦桿を握ったまま、赤城を見下ろした。


「……駄目なのか」


 答える者はいない。


 栄改の音だけが、低く耳に残っていた。


     ◇


 赤城の甲板では、負傷者の搬出が始まっていた。


 肩を貸される者。


 担架に乗せられる者。


 自力で歩こうとして、膝をつく者。


 それでも、彼らの多くは後ろを振り返った。


 赤城を見た。


 自分たちが乗っていた艦を。


 自分たちが守ろうとした艦を。


 煙の中で、誰かが泣いていた。


 誰かが怒鳴っていた。


 誰かが、ただ黙って甲板を撫でていた。


「まだ消せる!」


 一人の兵が叫んだ。


「まだ、やれます!」


 だが、その声を飲み込むように、艦内から鈍い爆発音が響いた。


 甲板が大きく揺れる。


 煙が一気に吹き上がった。


 炎が、再び赤城の腹から噴き出した。


 その瞬間、誰もが理解した。


 赤城は、もう限界だった。


     ◇


 艦橋に、最後の報告が入った。


「弾薬庫への延焼、阻止困難!」


「傾斜、十二度!」


「機関、停止!」


 少しの沈黙。


 それは長くはなかった。


 けれど、その場にいた者には、一生分にも思えた。


 やがて、静かな声が出た。


「総員退艦」


 誰も動かなかった。


 聞こえなかったのではない。


 聞きたくなかったのだ。


 もう一度、声が響いた。


「総員退艦。これは命令である」


 その瞬間、赤城の中で何かが終わった。


 そして、別の何かが始まった。


 生きて帰るための戦いだった。


     ◇


 兵たちは海へ移り始めた。


 救命具を抱え、縄梯子を降り、ある者はそのまま海へ飛び込んだ。


 海面には、すでに多くの人影が浮かんでいる。


 油が広がっていた。


 破片が浮いていた。


 それでも、周囲の艦が救助に向かう。


 手が伸びる。


 腕が掴まれる。


 引き上げられる。


「こっちだ!」


「まだいるぞ!」


「そこに二人!」


 海の上でも、戦いは続いていた。


 死なせないための戦いだった。


 慎一はその光景を見ていた。


 敵機を落とすことはできる。


 爆撃を止めることもできる。


 だが、今この瞬間、海に落ちた一人一人を自分の手で引き上げることはできない。


 慎一は歯を食いしばった。


 風防の向こうで、赤城が傾いていく。


     ◇


 赤城は、ゆっくりと沈み始めた。


 最初は、ただ傾いているように見えた。


 だが、違った。


 艦尾がわずかに沈む。


 甲板の傾きが増す。


 煙が風に流され、軍艦旗がかすかに見えた。


 それはまだ、そこにあった。


 燃える艦の上で、最後まで風を受けていた。


 誰かが敬礼した。


 それを見た別の者も、震える手を上げた。


 海の上で。


 救助艇の中で。


 周囲の艦の甲板で。


 多くの兵が、沈みゆく旗艦へ向けて敬礼した。


 慎一もまた、何も言わず、操縦席の中で小さく頭を下げた。


 彼は三上慎一ではない。


 この時代の海軍兵として生きてきた男ではない。


 それでも、その光景を見て、胸が締めつけられた。


「……すまない」


 声は小さかった。


 誰にも届かなかった。


 それでよかった。


 赤城は、ゆっくりと海へ沈んでいった。


     ◇


 しばらく、誰も言葉を発しなかった。


 無線にも、沈黙が広がっていた。


 赤城がいた場所には、黒い煙と油膜だけが残っている。


 日本機動部隊旗艦。


 赤城。


 その名は、ミッドウェーの海に消えた。


 だが、戦いは終わっていなかった。


 慎一の無線に、次の報告が入る。


『蒼龍、消火作業継続中。航行は可能』


 別の声が続いた。


『加賀、被害軽微。航空作業再開準備中』


『飛龍、戦闘継続可能』


『翔鶴、瑞鶴、ともに健在』


 慎一は、ゆっくりと顔を上げた。


 赤城は沈んだ。


 救えなかった。


 だが。


 蒼龍はまだ浮いている。


 加賀も。


 飛龍も。


 翔鶴も。


 瑞鶴も。


 日本機動部隊は、まだ生きていた。


 史実なら、この海で失われるはずだった力が、まだ残っている。


 慎一は深く息を吸った。


 胸の奥に、苦いものが残っている。


 勝利の味ではない。


 ただの達成感でもない。


 それは、赤城を失った痛みと、なお守るべきものが残っている重さだった。


 慎一は操縦桿を握り直した。


「終わらせるぞ」


 栄改が、低く応えた。


 ミッドウェーの空は、まだ続いている。


 赤城を失っても。


 歴史は、まだ沈んではいなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ