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不時着した零戦を改造して歴史を変える?不死の体を得た俺は第二次世界大戦を無双する。  作者: よみ はじめ


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交差する翼

第五十九話 交差する翼


 ミッドウェーの空は、さらに深く軋み始めていた。


 一つは、未来の技術をまとった零戦。


 もう一つは、零戦の優位を失わせた男。


 二つの機影は、まだ遠い。


 互いの顔など見えるはずもない。


 だが、慎一もハーパーも、同じことだけは理解していた。


 あれは、普通の敵ではない。


     ◇


 慎一は、機首をハーパーのいる空へ向けていた。


 さっきまで味方の零戦隊を落としていた米軍機。


 その動きは、偶然ではなかった。


 腕がいい。


 ただそれだけでもない。


 空の使い方が違う。


 零戦の旋回力に付き合わない。


 速度を殺さず、上を取り、射撃の一瞬だけを奪って離れる。


 曲がる相手に、曲がらず勝つ。


 それを、あの男は理解している。


「なるほどな」


 慎一は低く呟いた。


 日本の零戦隊は弱くない。


 むしろ、よく戦っていた。


 だが、零戦が得意とする空へ相手を引きずり込めなければ、その強さは半分も出せない。


 ハーパーはそれをさせなかった。


 だから零戦が落ちた。


 一機。


 また一機。


 善戦してなお、落とされた。


 その現実が、慎一の胸に重く残っていた。


「放っておけば、またやられる」


 慎一は操縦桿を握る手に力を込めた。


 栄改が低く唸る。


 慎一はブースターのスイッチを入れた。


 グンッと加速するゼロ


 零戦の機首は確実にハーパーへ向かっていた。


     ◇


 ハーパーもまた、遠くから近づいてくる一機の零戦を見ていた。


 早い!

 

 ファントム。


 爆撃隊を粉砕した敵。


 何度も米軍の作戦を狂わせた存在。


 今、その機体が自分のいる空へ向かってきている。


 リチャードの声が無線に入った。


「ハーパー、奴が来るぞ」


「ああ」


「どうする。迎えるのか」


 ハーパーはすぐには答えなかった。


 迎えたい。


 あの零戦を、この目で近くから見たい。


 どんな角度で入るのか。


 どんな速度でかわすのか。


 どこに射線を置くのか。


 知りたい。


 そして、いつか撃ち落としたい。


 だが、今はまだ違う。


 周囲には日本の零戦隊が残っている。


 味方のワイルドキャットもいる。


 空戦はまだ終わっていない。


 ファントムだけを見れば、味方が落ちる。


 味方が落ちれば、こちらの数が減る。


 数が減れば、いずれファントムに囲まれるのではない。


 逆だ。


 ファントム一機に、こちらが削られる。


 ハーパーは息を吐いた。


「まだだ」


「まだ?」


「奴だけを見るな。まず零戦隊を崩す」


 リチャードは一瞬黙った。


 それから、短く答える。


「了解」


 ハーパーは機首を下げた。


 ファントムは視界の端に置く。


 消してはいけない。


 しかし、呑まれてもいけない。


 今撃つべき相手は、別にいる。


     ◇


 日本の零戦隊は、必死に食らいついていた。


 米軍機は速い。


 だが、追えないわけではない。


 撃てないわけでもない。


 何機かの零戦は、すでにワイルドキャットの背後を取りかけていた。


 その一機が、リチャードの後方に入った。


「リチャード、後ろだ」


 ハーパーの声が飛ぶ。


「分かってる!」


 リチャードは機体を右へ振った。


 零戦はその動きについてくる。


 やはりよく曲がる。


 距離が詰まる。


 リチャードの機体が一瞬、射線に入りかけた。


 その時、ハーパーが上から落ちた。


 零戦の操縦者は、リチャードしか見ていなかった。


 いや、見えなかったのだ。


 上から来るハーパーの機体は、太陽の光に紛れていた。


 十二・七ミリ機銃が火を吹く。


 弾丸が零戦の尾翼を裂いた。


 零戦は機首を振り、ふらつく。


 その瞬間、リチャードが反転した。


 短い射撃。


 零戦が火を噴いた。


「助かった!」


「礼はいい。高度を落とすな」


 ハーパーはもう次を見ていた。


 別の零戦が、ワイルドキャットへ斜め下から食いつこうとしている。


 良い入り方だった。


 あのままなら、米軍機は落とされる。


 ハーパーは機首を向ける。


 速度を殺さない。


 旋回しない。


 敵が進む先へ、斜めに線を引く。


 そこへ自分の機体を置く。


 照準が重なる。


 ほんの一瞬。


 だが、それで十分だった。


 機銃が光る。


 零戦の翼の付け根に弾が集中した。


 機体が大きく跳ね、白煙を噴く。


 零戦はなおも粘ろうとした。


 だが、速度が落ちる。


 そこへ別のワイルドキャットが撃ち込んだ。


 また一機、零戦が海へ向かった。


     ◇


 慎一は、その光景を見ていた。


 今の零戦の入り方は悪くなかった。


 むしろ、かなり良かった。


 リチャード機の後方を取り、射撃寸前まで持ち込んでいた。


 普通なら、落としていた。


 だが、ハーパーが上から切り込んだ。


 味方を救い、そのまま次の敵へ移る。


 無駄がない。


 そして、零戦の誘いに乗らない。


「厄介だな」


 慎一は眉をわずかに寄せた。


 ハーパーはファントムだけを見ていない。


 戦場全体を見ている。


 そこが、ただの腕自慢とは違った。


 慎一は敵を何機も落としてきた。


 だが、米軍にも変化が起きている。


 怯えて逃げるだけの敵ではなくなっている。


 こちらを研究し、零戦を研究し、勝ち方を変えてきている。


 その変化が、今、味方の零戦隊を削っていた。


 無線に日本側の声が入る。


『二番機、やられた!』


『敵は速い、旋回に乗ってこない!』


『上を取られるな!』


『駄目だ、追いつけない!』


 声が重なる。


 焦り。


 怒り。


 恐怖。


 慎一はそれを聞いた。


 聞いてしまった。


 そして、機首をさらに下げた。


「待ってろ」


 誰に向けた言葉か、自分でも分からなかった。


 味方へか。


 ハーパーへか。


 あるいは、この空そのものへか。


 慎一の零戦が加速する。


     ◇


 ハーパーは、ファントムの接近に気づいていた。


 距離が縮まっている。


 速い。


 だが、ただ速いのではない。


 こちらのいる空へ、一直線に来ているようで、実際には違う。


 途中の戦場を読みながら、最短でこちらへ近づいている。


 その証拠に、ファントムは一機の米軍機を撃たなかった。


 撃てたはずだった。


 だが、撃たなかった。


 撃てば進路がわずかにずれる。


 そのわずかな遅れを嫌ったのだ。


 ハーパーの背筋に、冷たいものが走った。


「見えているのか……」


 リチャードが聞き返す。


「何がだ」


「あいつには、この空の流れが見えている」


 リチャードは黙った。


 その沈黙を、機銃音が切り裂いた。


 別の零戦がワイルドキャットを追っている。


 ハーパーはそちらを向いた。


 まだだ。


 まだファントムだけに集中してはいけない。


 だが、距離はもう近い。


 次に判断を誤れば、こちらが落ちる。


「リチャード、離れすぎるな」


「分かってる」


「だが固まるな。奴の一撃でまとめて消える」


「注文が多いな!」


「生きたければ聞け」


 ハーパーはそう言って、機体を上昇させた。


 高度を取る。


 ファントムに対して、高度がどれほど意味を持つかは分からない。


 それでも、低いよりはましだ。


 逃げ道を作る。


 速度を保つ。


 旋回戦に入らない。


 それが今、唯一の生存条件だった。


     ◇


 慎一の視界に、ハーパーのムスタングが大きくなっていく。


 距離はまだある。


 だが、相手もこちらを見ている。


 逃げていない。


 ただ、無謀に突っ込んでくるわけでもない。


 高度を取っている。


 速度を保っている。


 味方との位置関係も崩していない。


「いい判断だ」


 慎一は思わず呟いた。


 敵に向かって褒めるなど、妙な話だった。


 だが、認めざるを得ない。


 あの男は強い。


 そして、強いだけではなく、冷静だ。


 慎一はレールガンの照準を合わせかけた。


 だが、撃てなかった。


 撃たないのではない。


 撃てないのだ。  


 ハーパーの周囲には、味方の零戦がいる。


 射線の先に味方を巻き込む可能性があった。


 レールガンの威力は大きすぎる。


 当てれば落とせる。


 だが、味方の近くでは使いづらい。


「面倒な位置にいるな」


 慎一は機体を横へ滑らせた。


 狙撃ではなく、接近戦へ持ち込む。


 それを見て、ハーパーの表情が変わった。


「来るぞ」


 リチャードが叫ぶ。


「もう来てる」


 ハーパーは答えた。


 次の瞬間、ファントムの零戦が、戦場の隙間を縫うように突っ込んできた。


     ◇


 日本の零戦隊から見れば、それは救いの影だった。


「守護神だ!」


 誰かが叫んだ。


 その声に、疲れ切っていた無線が一瞬だけ明るくなる。


「守護神が来た!」


「持ちこたえろ!」


 だが、慎一はその声に応える余裕はなかった。


 目の前の空は複雑だった。


 味方の零戦。


 米軍のワイルドキャット。


 ハーパーとリチャードのムスタング。


 すべてが交差している。


 レールガンを乱射できる空ではない。


 レーザーも使わない。


 ここで必要なのは、一撃の威力ではない。


 味方を避け、敵だけを切り取る技術だった。


 慎一は機体を沈めた。


 まず、ワイルドキャットの一機。


 味方の零戦を追っている。


 慎一はその横腹へ入った。


 短く撃つ。


 レールガンではない。


 機首に残した七・七ミリ機銃だった。


 未来基地で改修した時、幸雄は二十ミリ機銃をレールガンへ換装した。


 だが、機首の二挺だけは残していた。


 近距離で味方と敵が入り乱れる空では、強すぎる武器よ

り、細く短く撃てる銃が必要になる。


 今、その判断が生きた。レールガンではない。


 7.7ミリの短い一撃。


 敵機のエンジンが弾け、黒煙を噴く。


 味方の零戦が離脱した。


 次。


 リチャードがその隙を狙っていた。


 慎一の背後へ回ろうとする。


 だが、慎一はすでに見ていた。


 機体を横へ滑らせる。


 リチャードの射線が外れる。


「くそっ!」


 リチャードが叫ぶ。


 慎一は追わない。


 追えば、ハーパーの射線に入る。


 そのハーパーが、上から来ていた。


 慎一は機首をわずかに上げる。


 ハーパーの機銃が火を吹いた。


 弾道が、慎一の零戦の前を走る。


 近い。


 だが、当たらない。


 慎一はその射線を見て、目を細めた。


「置いてきたか」


 今の射撃は、追い撃ちではない。


 慎一が来るであろう場所へ弾を置いていた。


 ほんの少しだけ早い。


 ほんの少しだけ浅い。


 だが、確実に近づいている。


 ハーパーもまた、息を呑んでいた。


「外した……」


 当たらなかった。


 だが、今までで一番近かった。


 ファントムが、ほんのわずかに避けた。


 そう見えた。


 ハーパーの胸の奥で、何かが熱くなる。


 恐怖ではない。


 歓喜でもない。


 もっと静かで、もっと危険なものだった。


「読める……」


 小さく呟いた声は、誰にも届かなかった。


     ◇


 慎一はハーパーを落としに行かなかった。


 今の一撃で分かった。


 この男は、今すぐ仕留めようとして深追いすれば、味方を巻き込む位置へ逃げる。


 偶然ではない。


 そういう空を選んでいる。


 慎一は舌打ちした。


「嫌な奴だ」


 だが、同時に口元がわずかに動いた。


 面白い。


 そう思ってしまった自分に、慎一は少しだけ呆れた。


 戦争である。


 人が死んでいる。


 面白いなどと感じる場面ではない。


 それでも、空を飛ぶ者として、あの判断力には惹かれるものがあった。


 慎一はすぐに感情を切った。


 今やるべきことは一つ。


 零戦隊を立て直す。


「全機、低くなるな!」


 慎一は日本側の無線に声を入れた。


「ムスタングと旋回戦をするな! 追わせろ、追うな!」


 日本の搭乗員たちは一瞬戸惑った。


 守護神の声。


 それは命令系統の声ではない。


 だが、誰も無視できなかった。


「追わせる……?」


「上を取られるな!」


「守護神が言ってる、速度を殺すな!」


 混乱していた零戦隊に、わずかな秩序が戻る。


 慎一はさらに続けた。


「一対一で勝とうとするな。二機で追い、三機で逃げ道を塞げ。相手を曲げさせろ」


 その言葉は、零戦隊にとって新しい戦い方だった。


 零戦の強さで勝つのではない。


 相手の速さを殺す。


 そのために、空を分ける。


 慎一は、味方に自分の見ている空の一部を渡そうとしていた。


     ◇


 ハーパーは、その変化に気づいた。


 日本の零戦隊の動きが変わる。


 先ほどまで、個々に食らいつこうとしていた零戦が、距離を取り始めた。


 無理に追ってこない。


 誘ってくる。


 こちらの速度を落とさせようとしている。


「変えたな」


 ハーパーはファントムを見た。


 あの零戦が来てから、空の流れが変わった。


 たった一機が、味方の零戦隊全体の動きを変え始めている。


 ファントムは撃つだけではない。


 戦場を変える。


 その事実が、ハーパーをさらに熱くした。


「リチャード、無理に追うな」


「分かってる!」


「いや、違う。さっきより危ない」


「何がだ」


「零戦隊が、奴の目で動き始めた」


 リチャードは言葉を失った。


 ハーパーは、ファントムの零戦を睨む。


 これだ。


 これが本当の恐ろしさだ。


 一機で強いだけではない。


 その一機がいるだけで、味方全体の空が変わる。


 だから、落とさなければならない。


 ハーパーは初めて、その思いをはっきりと言葉にした。


「いつか、あいつを落とす」


 リチャードが無線の向こうで息を呑む。


「ハーパー……」


「今じゃない」


 ハーパーは続けた。


「だが、必ずだ」


     ◇


 慎一はその声を聞いていない。


 だが、ハーパーの機体の動きから、相手の意思だけは感じていた。


 来る。


 いずれ、この男は自分だけを狙ってくる。


 今はまだ戦場全体を見ている。


 だが、どこかで必ず、こちらへすべてを向けてくる。


 慎一はそう確信した。


 その時、遠くの空で新たな爆発が起きた。


 別方向の米軍攻撃隊だった。


 まだ、すべては終わっていない。


 慎一はハーパーを見た。


 ハーパーもまた、慎一を見ていた。


 互いの距離は近づいた。


 だが、決着にはまだ遠い。


 戦場は二人だけを待ってはくれない。


 慎一は機首を返した。


 まずは艦隊を守る。


 ハーパーもまた、味方機をまとめるために旋回した。


 まずは任務を果たす。


 二つの翼は、同じ空で交差した。


 ミッドウェーの海の上で、二人の戦いは静かに始まっていた。

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