見つけた
第五十五話 見つけた
赤城は、まだ燃えていた。
蒼龍も、黒煙を上げている。
沈んではいない。
だが、それは無事という意味ではなかった。
赤城の飛行甲板には黒い焦げ跡が走り、破片が散らばっていた。消火に走る兵たちの足元には、燃え残った機体の部品が転がっている。
蒼龍も同じだった。
艦橋の近くに煙が流れ、甲板では負傷者が運ばれている。
飛行機を上げるどころではない。
ただ、沈没だけは免れた。
慎一が敵機を叩き落としたことで、赤城と蒼龍はかろうじて海の上に残った。
その一報は、日本機動部隊全体へ走った。
「赤城、被弾!」
「蒼龍、火災発生!」
「ただし、両艦とも沈没には至らず!」
飛龍の艦橋に、緊迫した声が飛び交う。
「敵機はどうした!」
「守護神が撃墜したとの報告!」
「守護神……」
誰かがその名を呟いた。
だが、感傷に浸る時間はなかった。
赤城と蒼龍がやられた。
次は、自分たちかもしれない。
その恐怖が、艦橋全体を締めつけていた。
だが同時に、別の感情も生まれていた。
まだ間に合う。
守護神が、時間を作った。
「零戦隊を上げろ!」
命令が飛んだ。
「直掩を増やせ! 敵の第二撃に備える!」
飛龍の甲板で、整備兵たちが一斉に走り出した。
加賀でも同じ命令が下る。
翔鶴。
瑞鶴。
無傷で残った空母たちの甲板が、一気に動き出した。
赤城と蒼龍は飛べない。
だが、機動部隊にはまだ翼が残っていた。
「零戦、発艦準備!」
「燃料確認!」
「弾薬、急げ!」
栄エンジンが次々と目を覚ます。
プロペラが回り、甲板上の空気が震える。
搭乗員たちは、黙って操縦席へ乗り込んでいった。
さっきまで、彼らは見上げるしかなかった。
味方の空母が燃え、敵機が降ってくる光景を、ただ見ているしかなかった。
だが、今は違う。
ほんの数分。
慎一が作ったその数分で、日本の零戦隊は空へ上がる準備を整えた。
「発艦始め!」
一機目の零戦が甲板を走った。
風を受け、機体が軽く沈む。
次の瞬間、主翼が空を掴む。
二機目。
三機目。
飛龍から。
加賀から。
翔鶴から。
瑞鶴から。
零戦が次々と太平洋の空へ舞い上がっていく。
日本機動部隊は、まだ終わっていなかった。
◇
アメリカ軍の作戦機内では、短い混乱が続いていた。
先行攻撃隊は、赤城と蒼龍に食いつきすぎた。
本来なら、もっと広く展開するはずだった。
日本機動部隊全体を同時に揺さぶるはずだった。
だが、無防備に見えた空母を見た攻撃隊の一部が、先に近い目標へ向かった。
赤城。
蒼龍。
日本空母の中核。
そこを叩けば勝てる。
そう判断したのだろう。
その判断が、攻撃の形を崩した。
結果として、最初の一撃は二隻に偏った。
そして、その偏りがPhantomに隙を与えた。
『赤城、蒼龍への攻撃隊、壊滅』
無線が冷たく告げる。
『Phantomは健在』
沈黙が落ちた。
やがて、介入者の声が入る。
『同じことを繰り返してはいけません』
その声は静かだった。
『一隻に集中すれば、彼に潰されます。二隻でも足りない』
誰も反論しなかった。
すでに結果が出ていた。
Phantomは、一つの攻撃線なら切断できる。
二つの攻撃線でも、異常な方法で崩してみせた。
ならば、次は一つにしない。
『六隻を同時に狙います』
介入者は続けた。
『赤城、蒼龍、飛龍、加賀、翔鶴、瑞鶴。すべてに圧力をかける』
『Phantomは一機だ』
別の声が言った。
『六つを同時には守れない』
『その通りです』
介入者は短く答えた。
『ただし、彼がこちらより先に見つける可能性があります。展開は早く。高度を維持し、目標直前で散開してください』
アメリカ軍攻撃隊は、再び動き始めた。
今度は赤城と蒼龍だけではない。
六隻すべてを沈めるために。
◇
その頃、慎一は上昇していた。
艦隊上空には留まらない。
日本の零戦隊が上がってくるのは見えている。
飛龍、加賀、翔鶴、瑞鶴。
残された空母から、次々と零戦が空へ出ている。
それでいい。
下は彼らに任せられる。
慎一の役目は、そこではない。
見ること。
敵より先に見つけること。
慎一は機首を上げた。
栄改が唸る。
普通の零戦なら苦しむ高度へ、慎一の零戦はなお上がっていく。
雲が足元へ落ちた。
艦隊の黒煙が、遠く下に薄く流れていく。
空気は薄い。
しかし、栄改にはまだ余力があった。
機体は高みへ進む。
一万メートル。
慎一はそこで機体を水平に戻した。
眼下には太平洋が広がっている。
だが、それは平らな海ではなかった。
海と空の境目が、わずかに弧を描いている。
地球の丸み。
青い世界が、薄い大気の膜に包まれている。
慎一は、その光景を黙って見た。
未来を知る一登にとって、地球が丸いことは当たり前だった、何度も旅客機の窓から見た光景。
だが、零戦の操縦席から見る地球の曲線は、また別の感覚だった。
ここは、昭和十七年の空。
普通の零戦が届く空では無い。
この零戦だけがいる、高みだった。
慎一は息を整えた。
目を細める。
敵は必ず来る。
赤城と蒼龍だけで終わるはずがない。
次は、もっと広く来る。
一機の守護神では守り切れない形を作ってくる。
そうでなければ、アメリカは勝てない。
慎一は、地球の曲線の少し下を見渡した。
遠く。
本当に遠く。
普通なら、何もない青にしか見えない空。
その中に、小さな点があった。
一つ。
慎一は瞬きをしない。
二つ。
三つ。
点は増えていく。
それは鳥ではない。
雲の影でもない。
機体だ。
慎一の視線が、さらに鋭くなる。
黒点の群れが、ゆっくりと広がり始めている。
右へ。
左へ。
さらに奥へ。
高度を保ったまま、散っていく。
まっすぐ来ているのではない。
攻撃線を作っている。
六つ。
六隻を狙う形だ。
慎一の口元が、わずかに動いた。
敵機を見つけたのではない。
敵の作戦を見つけた。
下では、日本の零戦隊が上昇している。
まだ高度は足りない。
だが、間に合う。
慎一が敵の形を崩せば、日本の零戦隊が食いつける。
すべてを一人で落とす必要はない。
流れの根元を切ればいい。
慎一は操縦桿を握り直した。
栄改が低く唸る。
敵はまだ、こちらに気づいていない。
慎一は、地球の丸みを背に、遥か下の戦場を見下ろした。
そして、静かに呟いた。
「見つけた」




