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不時着した零戦を改造して歴史を変える?不死の体を得た俺は第二次世界大戦を無双する。  作者: よみ はじめ
守護神誕生編

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朝飯

第五十二話 朝飯


 未来基地の朝は、いつもと同じ匂いがした。


 炊きたての飯。


 味噌汁。


 焼き魚。


 そして、京子が淹れるコーヒーの香り。


 食堂には、箸の触れる小さな音だけが響いていた。


 慎一は、いつもの席で飯を食っていた。


 目の前には、焼き魚と味噌汁。


 少し硬めに炊かれた白い飯。


 何も特別なものはない。


 だが、その朝だけは、誰も大きな声を出さなかった。


 京子は向かいに座り、慎一の食べる様子を黙って見ていた。


 はるみは端末を開いていたが、ほとんど画面を見ていない。


 美希は箸を持ったまま、魚の身を少しずつ崩している。


 幸雄だけは、いつもと同じように黙々と飯を食っていた。


 まるで、これから畑にでも出る男のように。


 慎一は味噌汁を飲んだ。


 温かい。


 胃の中へ落ちていく感覚が、妙にはっきり分かった。


「うまいな」


 京子が顔を上げる。


「今日も?」


「ああ」


 慎一は少し笑った。


「今日だから、余計にな」


 京子は何も言わず、少しだけ目を伏せた。


 慎一は焼き魚の身を飯に乗せ、口へ運んだ。


 噛む。


 飲み込む。


 また味噌汁を飲む。


 ただの朝飯だった。


 だが、その一口一口が、いつもより重かった。


 美希が小さな声で言った。


「おかわり、します?」


「する」


 慎一は茶碗を差し出した。


 美希が少し驚いた顔をした。


「食べられるんですね」


「腹が減ってたら、飛べんからな」


 幸雄が鼻で笑った。


「正しいな」


 京子が立ち上がり、炊飯器の蓋を開けた。


 白い湯気がふわりと上がる。


 それだけで、食堂の空気が少し柔らかくなった。


 京子は茶碗に飯をよそい、慎一の前に置いた。


「はい」


「ありがとう」


 慎一はまた食べ始めた。


 誰も急かさなかった。


 誰も、今日のことを詳しく聞かなかった。


 ただ、全員が分かっていた。


 今日、慎一は飛ぶ。


 今までのどの空とも違う場所へ。


 慎一は二杯目の飯を食べ終えると、茶碗を置いた。


「ごちそうさん」


 京子は立ち上がった。


「コーヒー、淹れるわ」


「ああ」


「今日は、少し濃いめにする」


「助かるよ」


 コーヒーメーカーの音が、静かな食堂に響いた。


 豆の香りが広がる。


 味噌汁と焼き魚の匂いの中へ、苦い香りが混ざっていく。


 慎一は椅子にもたれ、息を吐いた。


 これから歴史のど真ん中へ向かう。


 海の上で、世界の流れが折れ曲がる。


 それなのに、腹は満ちている。


 手も震えていない。


 心は、やけに静かだった。


 京子がマグカップを置いた。


「はい」


「ありがとう」


 慎一は両手でカップを持った。


 熱が掌に伝わる。


 一口飲む。


 濃い。


 苦い。


 そして、うまい。


「いいな」


「でしょ」


 京子は小さく笑った。


 その笑顔は、いつもより少しだけ弱かった。


 慎一はカップを見つめる。


「帰ってきたら、もう一杯頼む」


 京子はすぐに答えた。


「淹れておく」


「今度は、ゆっくり飲みたいな」


「じゃあ、ちゃんと帰ってこないと」


「ああ」


 慎一は頷いた。


 その時、壁の時計が目に入った。


 予定より、まだ早い。


 けれど、胸の奥に小さな引っかかりがあった。


 昨日までなら、もう少し待ったかもしれない。


 だが今は違う。


 戦場には、自分以外にも未来を知る者がいる。


 史実は、もうそのままの形では流れていない。


 ならば、待つ理由などなかった。


 慎一はカップを置き、静かに立ち上がった。


 京子が顔を上げる。


「もう行くの?」


「ああ」


「まだ早いわ」


「早める」


 幸雄の箸が止まった。


「どれくらいだ」


「一時間」


 食堂の空気が、少しだけ変わった。


 はるみが端末を見る。


「予定より一時間早く、ですか」


「ああ」


「理由は?」


 慎一は少しだけ考えた。


「嫌な予感がするんだ」


 美希が顔を上げた。


「嫌な予感……」


「歴史が動き始めると、予定通りにはいかないこともあるからな」


 慎一は静かに言った。


「もう、史実通りに待つ必要はない」


 幸雄は何も聞かなかった。


 ただ、ゆっくりと立ち上がった。


「分かった」


「いいのか」


「聞いても、答えは出んだろう」


 幸雄は工具箱を手に取った。


「お前がそう感じたなら、それでいい」


 はるみも端末を閉じた。


「外部状況、確認します」


 美希が慌てて立ち上がる。


「零戦の転送準備、入ります」


 京子だけが、まだ慎一を見ていた。


 慎一は空になったマグカップを差し出す。


「ごちそうさん」


 京子はそれを受け取った。


「帰ったら」


「ああ」


「もう一杯」


「頼む」


 京子は頷いた。


 それ以上は言わなかった。


     ◇


 草むらに、朝の風が吹いていた。


 かつて慎一が不時着した場所。


 三上慎一が死に。


 仲川一登が、この戦争に踏み込んだ場所。


 朝露を含んだ草が、靴の先を濡らす。


 海から吹く風は、まだ少し冷たかった。


 慎一たちは、そこで零戦を待っていた。


 誰も話さなかった。


 やがて、何もなかった草むらの上で、空気がわずかに揺れた。


 音はない。


 光もない。


 ただ、そこだけ景色が少し歪んだ。


 次の瞬間。


 草の上に、影が落ちた。


 暗緑色の機体。


 左翼に残された補修痕。


 この時代の空を飛ぶために、未来基地で磨き上げられた零戦。


 それが、朝露の中に静かに現れていた。


 慎一はゆっくり近づき、機首に手を置いた。


 冷たい金属の感触。


 だが、生きているように感じた。


「待たせたな」


 零戦は答えない。


 ただ、そこにいた。


 慎一は翼に手をかけた。


 靴底を滑らせないように、ぐっと身体を引き上げる。


 翼の上へよじ登る。


 そこから風防の縁に手をかけ、操縦席へ身体を沈めた。


 狭い。


 だが、この狭さがいい。


 腰を落とす。


 ハーネスを締める。


 計器を確認する。


 操縦桿を握る。


 いつもの感触だった。


 はるみの声が無線に入る。


「通信、接続確認。聞こえますか」


「聞こえる」


 美希が続ける。


「外部空間、異常なし」


 幸雄が草むらの横で腕を組んでいた。


「機体は仕上がってる」


「ああ」


「無茶はするな」


「今さらか」


「今さらだ」


 幸雄は真顔で言った。


「お前が帰ってこないと、俺の整備が失敗したことになる」


「それは困るな」


「困る」


 幸雄は短く言った。


「だから帰ってこい」


 慎一は頷いた。


「分かった」


 京子が一歩前へ出た。


 何かを言おうとして、少しだけ黙る。


 そして、短く言った。


「帰ってきて」


「ああ」


「必ず」


「分かってる」


 慎一は正面を向いた。


 朝飯の味が、まだ口の奥に残っていた。


 コーヒーの苦味も。


 京子の声も。


 幸雄の手も。


 はるみと美希の沈黙も。


 全部を、この狭い操縦席に乗せる。


 慎一は始動系のスイッチに指をかけた。


 栄改の動力軸には、始動兼発電用ゼネレーターが直結されている。


 スイッチを入れる。


 ゼネレーターがモーターとして動力軸を力強く回し始めた。


 プロペラが勢いよく回る。


 一回。


 二回。


 次の瞬間、栄改が目を覚ました。


 低く、独特の始動音が草むらに響く。


 朝露が震えた。


 回転が安定すると、始動兼発電用ゼネレーターは自動的に発電へ切り替わる。


 黒い計器盤に、一つ、また一つと表示灯が灯った。


 通信装置。


 レーダー。


 空間磁気コイル。


 レールガン。


 未来基地が組み込んだすべてのシステムへ、電力が流れ込んでいく。


 その発電量は、空間磁気コイルとレールガンを賄ってなお余るほどだった。


 慎一は静かに、空間磁気コイルのスイッチを入れた。


 機体が、ふわりと軽くなる。


 主脚が草を離れた。


 二メートル。


 草が下で揺れている。


 慎一は主脚を格納した。


 視線の先には、青く広がる太平洋があった。


 その遥か先で、何かが動き始めている。


 史実よりも早く。


 慎一は、そう感じていた。


「行くか」


 零戦は滑るように前へ出た。


 草むらの上を音もなく進み、やがて機首を上げる。


 朝の海へ。


 歴史の裂け目へ。


 守護神は、ミッドウェーへ向けて飛び立った。

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