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不時着した零戦を改造して歴史を変える?不死の体を得た俺は第二次世界大戦を無双する。  作者: よみ はじめ
守護神誕生編

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介入者

第五十話 介入者


 報告室には、しばらく誰の声もなかった。


 机の上には、ミッドウェー周辺の海図が広げられている。


 赤い鉛筆で印をつけられた地点。


 Phantomが現れた空域。


 そして、未来から来たとしか思えない男が告げた言葉。


 十時二十分。


 赤城。


 ミッドウェーを変えるつもり。


 サッチ少佐は、海図から目を離さなかった。


「君は、今の言葉の意味を分かっているのか」


 低い声だった。


 怒りではない。


 だが、部屋の空気を押さえつけるような重さがあった。


 男は静かに頷いた。


「分かっています」


「ならば説明してもらおう」


 サッチは男を見た。


「なぜ、Phantomが赤城を守ると分かる」


 男はすぐには答えなかった。


 海図の上に視線を落とす。


 その目は、現在の海を見ているようで、どこか別の時間を見ているようでもあった。


「ミッドウェーは、ただの島ではありません」


 男は言った。


「太平洋戦争の流れを変える場所です」


 士官の一人が眉をひそめる。


「流れを変える?」


「ええ」


 男は淡々と続けた。


「この作戦で、日本機動部隊は大きな損害を受ける。それが、本来の流れです」


 部屋の空気が揺れた。


 ハーパーは、その言葉の異様さを感じ取っていた。


 本来。


 この男は、まるで戦いの結果をすでに知っているように話している。


 作戦が始まる前から。


 まだ誰も撃ち合っていない海で。


 サッチは表情を変えなかった。


「本来、か」


「はい」


「君は、未来の話をしているのか」


 その問いに、男は答えなかった。


 答えなかったことが、答えに近かった。


 サッチは小さく息を吐いた。


「続けろ」


 男は海図の一点を指した。


「Phantomが狙うのは、米軍機をすべて撃ち落とすことではありません」


「では何だ」


「崩壊点を消すことです」


「崩壊点?」


「はい」


 男の指が、赤城の位置を示す。


「日本機動部隊が崩れる瞬間。そこを潰せば、戦いの流れは変わる」


 ハーパーの背中に、冷たいものが走った。


 あの零戦。


 海と空の境目に立っていたような一機。


 あれは、ただ待っていたのではない。


 どこで戦場が割れるかを知っていた。


「十時二十分」


 男は言った。


「Phantomは、その時間を知っている可能性が高い」


 サッチの目が細くなった。


「可能性?」


「断定はできません。だが、出現位置と行動があまりに整いすぎています」


 男は報告書を手に取った。


「撃墜できる距離にいたにもかかわらず、ハーパー中尉を追撃しなかった」


 ハーパーは唇を噛んだ。


「こちらへ情報を持ち帰らせるため、か」


 サッチが言った。


「その可能性があります」


「なぜだ」


「こちらに考えさせるためです」


 サッチは黙った。


 男は続けた。


「Phantomは、自分の存在を隠す段階を終えた。こちらに見せた。武装も見せた。現れる場所にも意味を持たせた」


「警告だと、ハーパーは言った」


「その通りです」


 男はハーパーを見た。


「中尉の感覚は正しい」


 ハーパーはその目を見返した。


 称賛された気はしなかった。


 むしろ、戦場で見た恐怖を、別の形で確認されたようだった。


 サッチが口を開く。


「レールガンについて聞きたい」


 男は視線を戻した。


「はい」


「君は、なぜ知っている」


「我々の時代には、存在します」


 その一言で、室内の空気がまた変わった。


 我々の時代。


 誰もすぐには言葉を返せなかった。


 男は、それを気にする様子もなく続けた。


「ただし、Phantomのものは異常です」


「異常?」


「レールガンそのものは、珍しくありません。大型艦や地上施設に搭載するものなら、我々の側にもあります」


 技術士官が顔を上げる。


「ならば、再現できるのか」


「できません」


 男は即答した。


「少なくとも、この時代の設備では不可能です」


「君の知識があってもか」


「ええ」


 男の声は変わらなかった。


「知っていることと、作れることは違います」


 サッチは男を見つめた。


 その言葉には、妙な重みがあった。


 未来を知っている男。


 だが、万能ではない男。


「説明しろ」


 サッチが言った。


 男は報告書の一行を指で叩いた。


「レールガンの問題は、弾を飛ばすことではありません」


「では何だ」


「撃ち続けることです」


 男は静かに言った。


「金属弾を電磁力で加速させる時、レールには凄まじい負荷がかかる。熱。摩耗。焼き付き。電流の乱れ。大型兵器なら、重量と冷却装置である程度ごまかせる」


 そこで一度、男は言葉を切った。


「だが、零戦に積める大きさでは話が違う」


 サッチは黙って聞いていた。


「この報告が正しいなら、Phantomは航空機搭載型のレールガンを、連射している」


 男は少しだけ目を細めた。


「それは、我々の側でも実用化できていない領域です」


 技術士官が息を呑む。


「では、あの零戦は何だ」


「日本側の技術です」


「日本?」


「はい」


 男は短く答えた。


「我々の時代でも、日本は小型電磁兵器の分野で独自の技術を持っていました。特に、レール摩耗の低減と小型冷却系に関しては、こちらとは違う道を進んでいた」


 サッチは海図を見た。


 零戦。


 日本。


 未来兵器。


 それらが、いびつな形で結びついていく。


「つまり、Phantomは未来の日本が作った機体だと言うのか」


「そこまでは分かりません」


 男は首を振った。


「ただ、武装の系統はその可能性が高い」


「可能性ばかりだな」


 サッチの声は鋭かった。


 男は表情を変えなかった。


「未来を知っていても、現在が変われば確定は消えます」


 その言葉に、サッチは黙った。


 ハーパーは、思わず男を見た。


 未来を知っていても。


 現在が変われば。


 確定は消える。


 それはまるで、Phantomにも同じことが言えるようだった。


 男は報告書を机に置いた。


「Phantomも、すべてを知っているわけではないはずです」


「なぜそう思う」


「彼はハーパー中尉を生かした」


 ハーパーの肩がわずかに動く。


「情報を持ち帰らせるためだと、君は言った」


「ええ。ですが、それは同時に、こちらの反応を見たいという意味でもあります」


 男は海図を見た。


「もし彼が全てを知っているなら、確認など必要ありません。黙って、必要な瞬間だけ現れればいい」


 サッチは少しだけ顎を引いた。


「つまり、Phantomも手探りだと」


「はい」


 男は頷いた。


「歴史は変わり始めています。翔鶴と瑞鶴が動いている時点で、すでに史実とは違う」


 サッチの目が鋭くなる。


「君はそれも知っているのか」


「知っています」


「なぜだ」


 男は答えなかった。


 だが、その沈黙に、部屋の誰もが押し黙った。


 サッチはしばらく男を見ていた。


 やがて、低く言う。


「君の目的は何だ」


 男は、初めて少しだけ視線を動かした。


 窓の外。


 夕暮れの空が、わずかに赤くなり始めている。


「歴史の暴走を止めることです」


「暴走?」


「一つの介入は、次の介入を呼びます」


 男は静かに言った。


「Phantomが一機落とせば、救われる命がある。救われた命は、次の戦場に立つ。そこでまた別の命を救い、別の命を奪う」


 ハーパーは黙って聞いていた。


「結果は、枝のように増えていく。最初は小さな変化でも、やがて誰にも読めなくなる」


 男の指が、海図の上をなぞった。


「ミッドウェーは、その分岐点です」


 サッチは腕を組んだ。


「ならば、君は日本の勝利を防ぎたいのか」


「違います」


 男は即答した。


「アメリカの勝利を確定させたいわけでもありません」


「では、何を望む」


「破局を避けることです」


 部屋が静まり返った。


 破局。


 その言葉は、戦争の勝敗よりも重かった。


 サッチは男の顔を見た。


「君は何を見てきた」


 男は、ほんのわずかに目を伏せた。


「見たくないものを」


 それ以上は言わなかった。


 サッチも追及しなかった。


 この男は嘘をついている。


 あるいは、真実を隠している。


 どちらにしても、今ここで全てを語るつもりはない。


 だが一つだけ、サッチには分かった。


 この男は、Phantomを恐れている。


 兵器としてではない。


 歴史を変える存在として。


     ◇


 作戦会議は、深夜まで続いた。


 Phantomの出現位置。


 日本機動部隊の進路。


 米空母の配置。


 ミッドウェー島の航空戦力。


 そして、十時二十分。


 男は多くを語らなかった。


 だが、必要な場所でだけ、短く口を挟んだ。


「そこでは遅い」


「直掩を引き剥がされます」


「Phantomを追ってはいけない」


「彼が守る場所を見るべきです」


 サッチは、その一つ一つを黙って聞いた。


 鵜呑みにはしない。


 だが、無視もしない。


 サッチ自身もまた、戦場を読む男だった。


 未来を知る者の言葉であっても、戦場の理に合わなければ切り捨てる。


 だが。


 男の言葉は、不気味なほど理に合っていた。


 ハーパーは壁際に立ったまま、二人を見ていた。


 サッチ少佐。


 そして、名前も分からない介入者。


 二人は、まったく違うものを見ている。


 サッチは今の戦場を見ている。


 介入者は、別の時間から戦場を見ている。


 その二つの視線が、同じ海図の上で重なっていた。


「一つ聞く」


 サッチが言った。


 男が顔を上げる。


「我々はPhantomを撃墜できるのか」


 室内の空気が止まった。


 ハーパーは、思わず息を詰めた。


 あの零戦を。


 撃墜する。


 その言葉だけで、胸の奥が冷える。


 男はしばらく黙っていた。


 そして、静かに言った。


「通常の空戦では不可能です」


 誰も反論しなかった。


「ムスタングでもか」


「届く可能性はあります。ですが、勝てる可能性ではありません」


 ハーパーは視線を落とした。


 悔しさはなかった。


 ただ、現実を突きつけられた感覚だけがあった。


 サッチは続けた。


「では、どうする」


 男は海図を見た。


「Phantomを撃ち落とそうとしないことです」


「逃げるのか」


「違います」


 男はサッチを見た。


「Phantomに、選ばせない」


 サッチの目が細くなる。


「どういう意味だ」


「彼は戦場の中心を選んで現れる。ならば、こちらは中心を一つにしなければいい」


 男は鉛筆で、海図にいくつかの点を打った。


「守るべき場所を増やす。救うべき対象を増やす。判断を分散させる」


 サッチはその点を見た。


「囮か」


「囮だけではありません」


 男は言った。


「選択です」


 その言葉に、サッチは反応した。


「選択」


「はい」


 男の声は、さらに低くなった。


「Phantomがどれほど強くても、一機です。全ての場所に同時には存在できない」


 ハーパーの脳裏に、あの零戦の姿が浮かぶ。


 海と空の境目にいた一機。


 たった一機。


 だが、戦場全体を支配しているように見えた一機。


「彼に選ばせるのです」


 男は言った。


「赤城を守るのか」


 鉛筆が別の点を叩く。


「翔鶴を守るのか」


 さらに別の点。


「あるいは、味方の搭乗員を守るのか」


 サッチは黙っていた。


「Phantomは強い。だが、強いからこそ、彼は救おうとする」


 男は海図から目を離さなかった。


「そこに、隙が生まれます」


 ハーパーは、嫌な感覚を覚えた。


 それは戦術としては正しいのかもしれない。


 だが、どこか人間の心を罠にかけるような冷たさがあった。


 サッチも同じことを感じたのか、しばらく黙っていた。


「君は、Phantomを人間として見ているのか」


 男は顔を上げた。


「はい」


「幽霊ではなく」


「ええ」


 男は短く答えた。


「幽霊なら迷いません」


 その言葉に、ハーパーは息を呑んだ。


 迷い。


 あの零戦に。


 あの圧倒的な存在に。


 サッチはゆっくりと頷いた。


「なるほど」


 海図の上で、いくつもの点が赤く光っているように見えた。


 Phantomを倒すのではない。


 Phantomに選ばせる。


 それが、未来を知る男の出した答えだった。


     ◇


 会議が終わった時、外はすでに暗かった。


 ハーパーは廊下に出た。


 夜の空気は重く、湿っていた。


 遠くで機体整備の音が聞こえる。


 ムスタングのエンジンを点検する音。


 工具が金属を叩く音。


 その一つ一つが、妙に現実的だった。


 少し前まで、自分は空で幽霊を見たと思っていた。


 だが今は違う。


 あれは幽霊ではない。


 未来から来た何か。


 あるいは、未来を背負った人間。


 ハーパーは壁にもたれ、目を閉じた。


 あの零戦は、自分を生かした。


 報告を持ち帰らせるために。


 ならば、自分は何を持ち帰ったのか。


 恐怖か。


 情報か。


 それとも、戦場をさらに複雑にする火種か。


「眠れませんか」


 声がした。


 ハーパーが振り向くと、あの男が立っていた。


 いつの間に来たのか、足音は聞こえなかった。


「あなたは」


 ハーパーは言いかけて、言葉を止めた。


 名前を知らない。


 階級も知らない。


 何者かも分からない。


 男は、廊下の窓から外を見た。


「Phantomを見た者は、しばらく眠れません」


「まるで、経験があるような言い方ですね」


 男は答えなかった。


 ハーパーは男を見た。


「あなたは何者ですか」


 男は、少しだけ沈黙した。


 そして言った。


「今は、ただの助言者です」


「今は?」


「ええ」


 ハーパーの眉が動く。


 男は窓の外を見たまま続けた。


「中尉。あなたは生きて帰った。それは偶然ではありません」


「Phantomに生かされたからですか」


「それもあります」


 男は静かに言った。


「ですが、あなた自身が死ぬ場所を感じ取ったからでもある」


 ハーパーは黙った。


 あの瞬間。


 説明できない恐怖が、体を動かした。


 理屈ではない。


 速度でも高度でも距離でもない。


 ただ、そこに入れば死ぬと分かった。


「あなたは、もう一度Phantomを見ることになる」


 男は言った。


 ハーパーの喉が乾く。


「なぜ、そう言える」


「彼が来るからです」


 男は窓の外を見たまま答えた。


「ミッドウェーに」


 ハーパーは何も言えなかった。


「その時、追ってはいけません」


 男は続けた。


「撃ち落とそうとしてもいけない」


「では、何をすればいい」


「見ることです」


 ハーパーは男を睨んだ。


「また見るだけか」


「見るだけです」


 男は、少しだけ振り向いた。


「そして、生きて帰る」


 サッチと同じことを言っている。


 だが、意味は少し違って聞こえた。


 サッチは、任務として言った。


 この男は、もっと遠い何かを見て言っている。


「なぜ、私なんです」


 ハーパーは訊いた。


「他の誰かでもいいはずだ」


「あなたはPhantomを見ても、逃げる判断ができた」


 男は言った。


「それは才能です」


「臆病なだけかもしれない」


「臆病と生存本能を分けるのは、後から生き残った者だけです」


 ハーパーは黙った。


 男の言葉は冷たい。


 だが、そこに侮辱はなかった。


「私は、また逃げるために飛ぶのですか」


「いいえ」


 男は言った。


「歴史を見届けるために飛ぶのです」


 廊下に沈黙が落ちた。


 ハーパーは、その言葉の意味を完全には理解できなかった。


 だが、胸の奥に残った。


 歴史。


 見届ける。


 自分は、ただのパイロットのはずだった。


 敵機を見つけ、追い、撃つ。


 それだけのはずだった。


 だが今、自分はどうやら、もっと大きなものの端に立たされている。


 男は歩き出した。


 ハーパーは思わず声をかける。


「名前を」


 男の足が止まった。


「あなたの名前を教えてください」


 男は少しだけ振り向いた。


 廊下の薄い灯りが、その横顔を照らす。


 だが、表情は読めなかった。


「今はまだ」


 男は言った。


「必要ありません」


 そして、そのまま廊下の奥へ消えていった。


 ハーパーは一人、そこに残された。


 外では、夜の海風が窓を揺らしている。


 ミッドウェーまで、あと四日。


 日本には、Phantomがいる。


 アメリカには、サッチがいる。


 そして今、戦場の片隅に、もう一人。


 歴史を知る介入者が立っていた。


 その男は、兵器を持っていない。


 機体にも乗らない。


 弾も撃たない。


 だが、彼は知っていた。


 戦場で最も恐ろしいものが、銃でも爆弾でもないことを。


 情報。


 選択。


 そして、迷い。


 それこそが、Phantomに届き得る唯一の武器だった。

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