第二未来基地への帰還
第四十八話 第二未来基地への帰還
遠くに珊瑚礁のバリアリーフに囲まれたラグーンと、小さな島が見えて来た。慎一はその中の一番小さな島に機首を、向ける。
慎一の零戦が近づくと、環礁に浮かぶ、その島の端の方の一部が開き始めた、ポッカリと空いた穴から床が迫り上がってくると直径25メートルの円形の着地台が出来た、慎一は空間磁気コイルを使い、その円形のど真ん中にゼロを着地させた。
床が沈み込み、ゼロはその空間に飲み込まれて行った。そして天井が閉まるとそこはもうただの島だった。
風防を開けて外に出る。第二基地格納庫の中はとても静かだった。
「……変わったな」
小さく呟いてから、慎一は風防を開けた。
外へ降りると、すでに京子たちが待っていた。
京子は腕を組み、慎一の顔を見ていた。
「戦闘は避けるって言ったわよね」
慎一は少しだけ視線をそらした。
「避ける努力はした」
「それ、避けてない人の言い方よ」
美希が端末を抱えながら、少し困った顔で言う。
「レールガンの発射反応、確認しました。しかも連射です」
幸雄が零戦の右翼下に入り込みながら鼻を鳴らした。
「本番前に派手に撃ったな」
「必要だった」
慎一は短く答えた。
京子の表情が変わったが責める顔ではなかった。
慎一の声に、ただ事ではないものを感じたのだ。
「何があったの?」
慎一は振り返り、海の方角を見た。
「あの時のコルセアが出てきた」
作戦室の空気が、そこで少し変わった。
未来基地の作戦室。
大きな画面には、先ほどの外周空域の記録が表示されていた。
二機の米軍機。高い速度。広い旋回。
そして、慎一の零戦の前で左右へ割れた軌跡。
美希が端末を操作する。
「反応速度が異常に早いです。慎一さんが撃つ直前に、二機とも射線から外れています」
「偶然ではない、あれは本能だろうな」
慎一は画面を見たまま言った。
はるみが小さく息を飲む。
「そんなこと、分かるんですか?」
「普通は分からないだろうな」
慎一は答えた。
「でも、戦場にはたまにいる。理屈より先に体が動く奴が」
京子は画面の一機を指差した。
「この機体の操縦士?」
「ああ。たぶんな」
慎一は頷いた。
「コルセアを持ち出してきたのも、あいつを乗せてきたのも偶然じゃない。アメリカ軍は、もうこちらを怪談扱いしていない」
幸雄が腕を組んだ。
「つまり、Phantom 対策を本気で始めたってことか」
「そうだ」
慎一は静かに言った。
「日本だけが歴史を変えているわけじゃない。俺が飛ぶたびに、アメリカも変わっている」
画面の中で、二機のコルセアが左右へ逃げる。
その直後、慎一のレールガンの射線が、さっきまで二機がいた空間を貫いた。
美希が小さく震えた。
「もし、あのまま直進していたら……」
「落ちていた、当然、しかしあいつは逃げた、俺が撃つ前に」
慎一は言った。
京子が沈黙する。
幸雄が低く唸るように言った。
「厄介だな」
「ああ」
慎一は画面から目を離さなかった。
「かなり厄介だ」
京子は端末を操作し、ミッドウェー周辺の海図を表示した。
日本機動部隊。米軍哨戒線。ミッドウェー島。
そして、慎一が接触した空域。
それぞれの点が光で示される。
「この位置に Phantom が現れたと米軍が判断した場合、向こうはどう動くと思う?」
慎一はすぐには答えなかった。
海図を見つめる。
慎一が、戦った空域、それらが、頭の中で線になっていく。
「俺を探すんじゃない」
慎一は言った。
「俺がいた場所を読むだろうな」
京子が顔を上げる。
「場所?」
「ああ。俺がどこに現れるか。それで日本側の重要地点を探るつもりだ」
美希が端末を抱え直した。
「つまり、慎一さんが出るほど、日本側の意図も読まれる?」
「もう読まれてるだろうな」
慎一は頷いた。
「俺は今まで、助けるために飛んできた。でも向こうが賢ければ、俺の出現そのものを情報として使う」
幸雄が苦い顔をする。
「守護神が、逆に目印になるってことか」
「そういう事だ」
作戦室に沈黙が落ちる、それは、これまでとは違う種類の重さだった。
敵を倒し、味方を救う力、その力があるからこそ、戦場全体を動かしてしまう。
慎一の零戦は、もう一機の戦闘機ではなく、戦場の意味を変える存在になっていた。
京子は静かに言った。
「やっぱり、赤城の上空へ行くのね」
「ああ、燃料の制約もあるしな」
慎一は即答した。
「ミッドウェーの最初から張り付くのは無理だ、10時20分前後の時間帯、その一時間前を目掛けて飛ぶ、そこは変えられないと思う」
「でも、もう史実通りじゃないから、わからないわよ」
「それも分かってるさ」
慎一は即答した。
「翔鶴と瑞鶴もいる。米軍も変わっている。歴史に無いコルセアも出てきたからな」
慎一は海図を見た。
赤城。加賀。蒼龍。飛龍。翔鶴。瑞鶴。
六隻の空母が、白い光で海図の上に浮かんでいる。
「それでも、赤城が燃える時間は分かっている」
慎一の声は低かった。
「史実では、そこが崩壊の始まりだった筈だ」
「なら、俺はその時、そこにいる」
慎一は続けた。
「歴史が変わっていても、敵が変わっていても、俺が最初に守る場所は変わらない」
はるみが小さく頷いた。
美希は端末を握りしめている。
幸雄は少しだけ笑った。
「なら、機体の調整を変えるか」
慎一が幸雄を見る。
「何をする?」
「連射後の発熱が少し高い。レールガンの冷却系をもっと煮詰める」
「すまない」
「任せろ、それが俺の仕事だ」
幸雄は当然のように言った。
「お前が赤城の上にいるなら、こっちはその機体を落ちないようにするだけだ」
京子も端末を操作した。
「私は米軍哨戒線の動きを追うわ。Phantom の出現位置を逆利用されるなら、こちらも出撃ルートを変える」
美希が慌てて頷く。
「通信解析も続けます。ハーパーの部隊がどこへ戻るか、可能な限り追います」
はるみも顔を上げた。
「私は、補給と緊急帰還の手順を見直します」
慎一は四人を見た。
誰も怯えていない。不安はある。恐怖もある。
それでも、誰一人として目をそらしていなかった。
慎一は小さく息を吐いた。
「悪いな、皆んな」
京子が少しだけ眉を上げる。
「何が?」
「俺のせいで歴史がどうなるかわからん、、、」
京子は一瞬だけ黙った。
そして、呆れたように笑った。
「今さらね」
その言葉に、幸雄が鼻で笑う。
美希も少し笑った。
はるみも、緊張した顔を少しだけ緩めた。
慎一も、ほんの少しだけ笑った。
その夜。
未来基地の格納庫では、零戦の点検が続いていた。
幸雄が機体下で工具を動かす。
美希が端末で冷却系の数値を確認する。
はるみは予備部品を並べている。
京子は作戦室で、海図とにらみ合っていた。
慎一は格納庫の入口に立ち、自分の零戦を見ていた。
外見は、ただの零戦、三上慎一が乗っていた機体。
だが今、その零戦は太平洋の歴史を押し戻そうとしている。
「俺の知っているミッドウェーじゃない、か」
慎一は自分の言葉を思い返した。
そうだ、もう知っている戦いではない。
慎一は低く呟いた。
「違う未来なら、それもいいか、俺は今ここにいるんだからな」
格納庫の照明が、零戦の翼をギラリと照らしていた。
ミッドウェーまで、あと四日。
日本は変わり、アメリカも変わった。
未来は確定では無い、そして慎一はその中で何かに押されるようにただ流されている自分を感じていた。




