ミッドウェー作戦合流
第四十五話 ミッドウェー作戦合流
太平洋の朝は静かだった。
水平線から昇り始めた朝日が海面を淡く照らし、その中を第一航空艦隊がミッドウェーへ向けて進んでいる。
赤城、加賀、蒼龍、飛龍。
四隻の空母を中心とした機動部隊の旗艦、赤城。その艦橋では、第一航空艦隊司令長官、南雲忠一中将が前方の海を見ていた。隣には赤城艦長、青木泰二郎大佐が立っている。
「静かですな」
青木が水平線を見ながら言うと、南雲は「今のところはな」と短く返した。
艦隊は予定された針路を保ち、海も穏やかだった。赤城の艦首が波を割るたびに白い飛沫が上がる。その規則正しい光景を眺めていた南雲のもとへ、一人の参謀が歩み寄った。
「長官、第五航空戦隊から連絡です。翔鶴、瑞鶴とも予定通り合流可能とのことです」
「間に合ったか」
「はい。航空隊も出撃可能な状態を維持しております」
南雲の表情がわずかに動いた。
珊瑚海海戦を終えたばかりの第五航空戦隊が、そのまま次の大作戦へ投入できるとは当初考えられていなかった。それが二隻とも大きな損害を受けず、航空隊まで戦力を残して帰ってきた。
「これで六空母になりますな」
青木の言葉に、南雲はしばらく答えなかった。
赤城、加賀、蒼龍、飛龍に翔鶴と瑞鶴が加わる。これほどの航空戦力が一つの海域へ集まる機会は、そう何度もあるものではない。
「珊瑚海で飛んでいたという、例の零戦ですか」
青木が続けると、南雲は小さく頷いた。
「報告は読んだ。どこまで信じてよいものかと思ったが、翔鶴と瑞鶴がここへ来る。それだけは事実だ」
一機の零戦が敵の攻撃隊を次々と撃破した。常識では考えにくい報告だったが、その結果として第五航空戦隊が残ったのなら、無視することもできない。
「今度も現れますかな」
「さあな。ただ、現れるのなら一度見てみたいものだ。報告にある零戦が、どれほどのものなのか」
南雲は再び前方へ目を向けた。
赤城の後方には加賀、蒼龍、飛龍が続いている。そして、その四隻へ合流するため、さらに二隻の空母が海を進んでいた。
◇
空母、翔鶴。
艦長の有馬正文大佐は、届いた命令書を読み終えると机の上へ置いた。
「ミッドウェーか」
艦橋から見える飛行甲板では、すでに整備兵たちが忙しく動いている。珊瑚海から帰還してまだ日も浅いというのに、翔鶴には次の戦いへ出られるだけの力が残っていた。
「艦の状態は?」
「問題ありません。航空隊も出撃可能です」
副長の報告を聞き、有馬はもう一度飛行甲板を見た。
珊瑚海では何度も敵機が迫った。それでも翔鶴は大きな損傷を受けることなく帰ってきた。
あの空で何が起きたのか、艦内では今も話題になっている。
一機の零戦が敵の攻撃をことごとく潰していった。
有馬自身、報告された戦果のすべてをそのまま信じているわけではなかった。しかし翔鶴はここにあり、飛行甲板には珊瑚海を生き延びた搭乗員たちがいる。その事実だけで十分だった。
「第一航空艦隊との合流準備を急がせろ。せっかく残った艦だ。今度も無事に連れて帰るぞ」
「はっ」
命令を受けた副長が艦橋を出ていく。
有馬はしばらく甲板を眺めたあと、小さく呟いた。
「また会うかもしれんな」
その頃、瑞鶴にも同じ合流命令が届いていた。
瑞鶴もまた艦と航空隊の戦力を維持している。二隻の空母は第五航空戦隊として揃って針路を取り、第一航空艦隊との合流へ向かった。
赤城、加賀、蒼龍、飛龍。
そこへ翔鶴と瑞鶴が加わる。
本来なら揃うことのなかった六隻が、同じ海を目指していた。
◇
未来基地の作戦室では、京子がミッドウェー作戦に参加する艦艇を大型画面に呼び出していた。慎一は椅子に座ったまま、表示されていく艦名を眺めている。
赤城、加賀、蒼龍、飛龍。
そこまでは見慣れた名前だったが、その下に翔鶴、瑞鶴と続いたところで慎一の目が止まった。
「翔鶴と瑞鶴も行くのか」
「第五航空戦隊には合流命令が出てるわ。二隻とも戦闘可能、航空隊もほぼ揃ってる」
京子が記録を開く横で、慎一は「ああ、そうか」と呟いた。
考えてみれば不思議でも何でもない。史実では珊瑚海で損傷した翔鶴と、航空隊を大きく消耗した瑞鶴はミッドウェー作戦に参加できなかった。しかし今回は二隻とも残り、搭乗員もいる。海軍がこの戦力を遊ばせておくはずがない。
「六空母か。こいつは随分変わったな」
「嬉しくないの?」
「まさか。二隻も増えるんだぞ。ありがたいに決まってる。ただ、これなら十時二十分だけ待ってりゃいいって話でもなくなったな」
慎一は立ち上がると、海図の前まで歩いた。
史実で米軍の急降下爆撃隊が日本空母を捉えた時刻は覚えている。しかし、空母が六隻になった今も、敵味方がまったく同じ動きをするとは考えていなかった。
「京子、米軍の動きはどこまで拾える?」
「今ある記録なら出せるわ。ただ、細かい動きまでは分からないから、最後は慎一君が向こうで見るしかない」
「それでいい。米空母の位置と索敵機、それから攻撃隊がどこから来るのか、分かる範囲でまとめてくれ。今回はこっちの頭数が違うんだ。向こうまで史実と同じように動くと思わない方がいい」
「分かった。出撃までに見られるようにしておく」
京子が端末へ向き直ると、少し離れたところで作業していた幸雄が顔を上げた。
「そっちは京子に任せとけ。お前が数字を睨んでても零戦は速くならんぞ」
「分かってるよ。機体は?」
「そっちも俺に任せろ。珊瑚海から帰ってきて気になったところは全部見る。今度は長丁場になるかもしれんからな」
「頼む。六隻もいたら、俺一人じゃ目が足りなくなりそうだ」
「目を増やす改造は無理だぞ」
「頼んでない」
慎一が笑い、幸雄も口元だけで笑って作業へ戻った。
画面には六隻の艦名が並んでいる。
珊瑚海で翔鶴と瑞鶴を守った時、慎一はその先のことまで考えていたわけではない。目の前で沈められそうになっていたから助けた。それだけだった。
だが、生き残れば次がある。
艦も人間も、その場で物語が終わるわけではない。
翔鶴と瑞鶴がここに加わったことは、慎一が珊瑚海で飛んだ結果が、そのまま次の戦場まで続いてきたということだった。
「ずいぶん賑やかになったわね」
京子が画面を見ながら言った。
「四隻でも大変なのに、六隻だからな。今度は敵を落とすだけじゃ済まんぞ」
「また無茶するつもり?」
「するつもりはない。必要ならするだけだ」
「それを無茶するって言うのよ」
慎一は返事の代わりに笑って、海図へ目を戻した。
赤城、加賀、蒼龍、飛龍、翔鶴、瑞鶴。
史実では揃わなかった六隻の空母が、今は同じ海を進んでいる。その一隻一隻に何千人もの乗員がいて、飛行甲板には搭乗員がいる。
慎一はしばらくその艦名を眺めていた。
「せっかく揃ったんだ」
「うん?」
「全員連れて帰ろうぜ」
京子は一瞬だけ慎一を見たが、何も言わずに端末へ視線を戻した。
「じゃあ、ちゃんと帰ってきなさいよ。慎一君も含めてね」
「分かってるよ」
慎一はそう答え、六隻の空母が向かう先を見つめた。
ミッドウェー。
史実とは少し違う戦いが、もう始まろうとしていた。




