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不時着した零戦を改造して歴史を変える?不死の体を得た俺は第二次世界大戦を無双する。  作者: よみ はじめ
守護神誕生編

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奴は必ず来る

第四十四話 奴は必ず来る


 太平洋の向こう側でも、海図は広げられていた。


 真珠湾。


 アメリカ太平洋艦隊司令部の一室。


 窓の外には、夜の港が沈んでいる。


 だが会議室の中に、眠りの気配はなかった。


 壁には巨大な太平洋海図。


 ミッドウェー島。


 ハワイ。


 日本本土。


 そして、その間に広がる青い空白。


 机の上には何枚もの報告書が置かれていた。


 珊瑚海。


 ソロモン。


 輸送船団襲撃失敗。


 未帰還機。


 証言。


 そして、そのすべての上に、ひとつの名が重く乗っていた。


 Phantom。


 会議室には、数名の士官が集まっていた。


 誰も大きな声を出さない。


 声を荒げるには、報告書の内容が重すぎた。


「日本艦隊がミッドウェーへ向かう可能性は極めて高い」


 参謀の一人が海図を指した。


「暗号解読の結果とも一致しています。彼らはミッドウェーを攻略し、我々の空母を誘い出すつもりです」


 別の士官が頷く。


「ならば、こちらもそれを利用する。日本の機動部隊を先に叩く」


 その言葉に、何人かが視線を交わした。


 本来なら、それで話は済むはずだった。


 日本艦隊の進路。


 こちらの空母の配置。


 ミッドウェー基地航空隊の使用。


 急降下爆撃隊と雷撃隊の発進時刻。


 議論すべきものはいくらでもある。


 だがその夜、会議室の空気を支配していたのは、日本艦隊そのものではなかった。


「問題は、例の機体です」


 一人の士官が言った。


 会議室の空気が、わずかに冷える。


「Phantomか」


 誰かが低く呟いた。


「報告は何度も読んだ。だが、我々は作戦を一機のために変えるのか?」


「一機ではありません」


 その声に、全員が振り向いた。


 サッチ少佐だった。


 彼は会議室の端に立っていた。


 表情は硬い。


 だが目だけは、奇妙なほど冷静だった。


「少佐」


 参謀が言う。


「君は実際にそれを見たのだったな」


「はい」


 サッチは短く答えた。


「私は奴と戦いました」


 会議室が静まる。


「最初は、偶然だと思いました」


 サッチは机の上の報告書を見た。


「戦場では不可解なことが起きる。見間違いもある。恐怖で記憶が歪むこともある。私もそう考えようとしました」


 彼は一度、言葉を切った。


「だが、二度目で考えを変えました」


「二度目?」


「奴は同じではなかった。だが、同じでした」


 参謀の眉が動く。


「どういう意味だ?」


「飛び方です」


 サッチは海図ではなく、天井の一点を見た。


 まるでそこに、あの零戦の軌跡がまだ残っているように。


「通常の零戦ではない。速度も、上昇も、旋回も、射撃距離も、すべてが違う。だが一番違うのは、戦場の見方です」


「戦場の見方?」


「はい」


 サッチの声は低かった。


「奴は一機ずつ撃ち落としているのではありません。戦場全体を見ている。こちらの攻撃線、退避線、味方機の位置、次にどこが空くか。すべてを読んでいる」


 誰も笑わなかった。


 サッチの言葉には、それだけの重さがあった。


「我々の戦闘機が接近する前に、奴はもう次の位置にいる。逃げたと思えば、こちらの背後にいる。追ったと思えば、別の編隊が撃たれている」


 彼は報告書に指を置いた。


「珊瑚海でも、ソロモンでも、輸送船団でも同じです」


 別の士官が口を開いた。


「しかし、たかが一機だ。日本の機動部隊全体に比べれば」


「違います」


 サッチの声が鋭くなった。


 会議室にいた者たちが、思わず黙る。


「たかが一機ではありません」


 サッチは机に両手を置いた。


「奴は、戦場そのものを変える一機です」


 沈黙。


 誰かが椅子を引く音だけが響いた。


「もしミッドウェーで奴が現れたら?」


 参謀が訊いた。


 サッチは即答しなかった。


 海図に目を落とす。


 ミッドウェー島。


 その北西の海域。


 そこに、日本の空母が来る。


 赤城。


 加賀。


 蒼龍。


 飛龍。


 彼らはその名までは知らない。


 だが、日本の主力空母が来ることは分かっていた。


「我々の急降下爆撃隊が日本空母を捕捉した時」


 サッチは言った。


「奴はそこに現れる可能性が高い」


「なぜそう言える?」


「これまでの出現地点です」


 サッチは報告書を一枚ずつ指で押さえた。


「日本側の輸送船団が危機に陥った時。味方機が壊滅しかけた時。戦線が破れかけた時。奴はその場所に現れている」


 彼は海図を見た。


「つまり、奴は日本軍の重要局面に出る」


 参謀の顔が険しくなる。


「ミッドウェーは、これまでとは規模が違う」


「だからこそです」


 サッチの言葉は静かだった。


「奴は必ず来る」


 その一言で、会議室の空気が変わった。


 誰も、すぐには言葉を返せなかった。


「少佐」


 別の士官が言った。


「君はその機体を過大評価しているのではないか?」


「過大評価なら、どれほど楽か分かりません」


 サッチは振り向いた。


「私は、奴を過小評価した者たちが戻らなかったのを見ています」


 士官は黙った。


「では、どうする?」


 参謀が訊いた。


「Phantomが現れた場合の対策を作戦に組み込む必要があります」


「具体的には?」


「編隊を集中させないことです」


 サッチは言った。


「奴は一瞬で複数機を撃ち落とす。密集すれば、まとめて落とされる」


 参謀がメモを取る。


「攻撃隊は分散か」


「はい。ただし分散しすぎれば攻撃力が落ちる。重要なのは、奴に全体を読ませないことです」


「読ませない?」


「奴は戦場を読む。ならば、同時に複数の方向から攻撃する。雷撃隊、急降下爆撃隊、戦闘機。すべてをひとつの流れにしない」


 サッチは続けた。


「そして、Phantomを発見しても深追いしない」


「交戦しないのか?」


「交戦すれば、こちらが落とされます」


 会議室に重い沈黙が落ちる。


「目標はPhantomではありません」


 サッチははっきりと言った。


「日本空母です」


 その言葉に、参謀の目が細くなる。


「つまり、奴が来ても空母を叩けと?」


「はい」


「それは簡単ではない」


「分かっています」


 サッチは頷いた。


「だから、全員に徹底させる必要があります。奴を追うな。奴に構うな。奴が現れたら、そこは危険だ。だが同時に、そこに日本軍の急所がある」


 会議室の全員が、海図を見た。


 ミッドウェー。


 そこに描かれた小さな島。


 その周囲に、まだ見えない艦隊が集まりつつある。


「もし奴が日本空母の上空に現れたなら」


 サッチは言った。


「そこに日本空母がいる」


 誰かが、小さく息を吐いた。


 Phantom。


 見えない敵。


 だがその存在は、逆に目印にもなる。


「少佐」


 参謀が言った。


「君は出るのか?」


 サッチは一瞬だけ黙った。


 そして答えた。


「出ます」


「奴とまた会うことになるかもしれんぞ」


「そのために出ます」


 サッチの声は揺れなかった。


 会議室の空気が、さらに重くなる。


 それは恐怖ではなかった。


 覚悟だった。


「私は奴を撃ち落とせるとは言いません」


 サッチは言った。


「今の我々の機体で、正面から勝てるとも思っていません」


 彼は報告書を閉じた。


「それでも、奴が何をするかを知っている者が必要です」


 参謀はしばらくサッチを見ていた。


 やがて、静かに頷いた。


「分かった」


 彼は海図に向き直る。


「ミッドウェー作戦に、Phantom出現時の対処を追加する」


 鉛筆が海図の上を走った。


 攻撃経路。


 索敵範囲。


 退避線。


 迎撃予想地点。


 そこに、新しい印が加えられる。


 Phantom。


 一機の零戦。


 だが、その印は海図のどの艦隊記号よりも不気味だった。


「諸君」


 参謀が言った。


「我々の目的は変わらない。日本機動部隊の撃滅だ」


 全員が黙って聞いていた。


「だが、今回はもうひとつ考えなければならない」


 彼の指が、海図の上で止まる。


「日本軍には、通常の戦術では説明できない一機がいる」


 会議室の視線が、サッチに集まった。


 サッチは海図を見つめていた。


 ミッドウェー。


 小さな島。


 その周囲の海。


 そこへ、あの機体は来る。


 理由は分からない。


 仕組みも分からない。


 だが、確信だけはあった。


「奴は必ず来る」


 サッチはもう一度、低く言った。


 誰も否定しなかった。


 夜の真珠湾に、静かな波の音があった。


 その海の向こうで、日本艦隊が動き始めている。


 そして、さらにその向こうで。


 サッチの知らない未来から来た男が、同じ海図を見つめていた。


 十日後。


 十時二十分。


 日米双方の作戦は、同じ一点へ向かって進み始めていた。

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