被弾
第四十一話 被弾
遠くに小さな無人島が見える
未来基地のある小さな島
慎一は高度を落とした。
島に向かって静かに侵入していく。
高度が下がり零戦はブッシュだらけの島へと入っていった。
速度が下がり零戦の浮力が消えて行く、慎一は空間磁気コイルのスイッチを入れた。
零戦がフワリと浮き上がる、
ブッシュの上をスルスルと滑る。
栄エンジンの回転が止まりやがていつもの着陸点で静止した。
慎一は主脚のレバーを引く。
左右の主脚がゆっくりと展開した。
零戦は静かに音も無く着地した。
車輪が草を押し、土に触れる。
慎一は風防を開けた。
潮の匂いと草の匂いが流れ込む。
慎一は操縦席から抜け出し主翼に降りる。そして主翼から地面へと飛びおりた。
誰もいないブッシュの中の獣道、いつもの帰還だった。
その背後で、零戦の機体が淡く光る。
物質転送。
翼が薄れ、胴体が揺らぎ、尾翼が光の粒へ変わる。
数秒後。
そこにはもう、零戦の姿はなかった。
風に揺れる草だけが残っている。
空から見れば、ただの無人島。
滑走路も、格納庫も、基地の影もない。
慎一はブッシュの中の細い獣道を進む。
やがて、こんもりと盛り上がった小さな丘が見えた。
その端に、人ひとりが通れるほどの穴が開いている。
慎一は迷わず中へ入った。
十メートルほど進むと、頑丈な扉がある。
右腕をかざす。
扉は音もなく上へ開いた。
その向こうに、未来基地の白い光が広がっていた。
格納庫では、すでに零戦が戻されていた。
京子、美希、はるみ、幸雄が機体の周囲にいる。
慎一が入ると、美希がぱっと振り向いた。
「帰ってきた!」
はるみも胸に手を当てる。
「よかったぁ……」
京子は何も言わなかった。
ただ、慎一を見た。
その視線が、すぐに零戦の右翼へ移る。
幸雄はもう、そこにいた。
脚立に足をかけ、右翼の表面を見ている。
右翼には三つの傷があった。
一つ。
二つ。
三つ。
どれも細い。
だが、ただの擦り傷ではない。
表面を斜めに抉り、弾が跳ねた跡だった。
幸雄はしばらく黙っていた。
指先で傷の縁をなぞる。
「三発か」
低い声だった。
慎一は答えなかった。
幸雄はもう一度、三つの傷を順に見た。
それから、少しだけ口元を緩めた。
「思ったより耐えてくれたな」
京子の眉が動く。
「幸雄」
「貫通していない」
幸雄は翼から目を離さない。
「表面は削れている。だが抜けてはいない。三発とも弾いている」
美希が顔色を変えた。
「三発って……当たってたの?」
はるみが小さく息を呑む。
「慎一さん……」
京子は慎一を見た。
「何があったの」
慎一は少しだけ間を置いた。
「味方機が敵の射線に入った」
「それで?」
「近すぎた。撃てば味方に当たる」
「それで?」
「回り込む時間もなかった」
京子の声が少し低くなる。
「だから、自分が入ったの?」
「ああ」
格納庫が静かになった。
美希が目を見開く。
「それ、盾になったってことじゃない!」
「そうなるな」
「そうなるな、じゃない!」
美希の声が裏返った。
はるみも困ったように慎一を見る。
「でも……本当に、ほかに方法は無かったんですか?」
「無かった」
慎一は短く答えた。
その声に迷いはない。
京子はしばらく黙っていた。
怒鳴らない。
ただ、静かに聞いた。
「同じことが起きたら、またやるの?」
慎一は答えなかった。
答えないことが、答えだった。
京子は目を伏せた。
「……そう」
幸雄が翼の傷を見たまま言った。
「なら、もう少し耐えるようにするしかないな」
京子が振り向く。
「幸雄」
「怒ってやめるなら、最初からやってない」
幸雄は脚立を降りた。
「こいつはまたやる。なら、機体をそれに合わせる」
慎一は苦笑した。
「勝手に決めるな」
「お前が勝手に撃たれたんだろうが」
幸雄は淡々と言った。
美希が腕を組む。
「それはそう」
はるみも小さく頷いた。
「うん……それはそうですね」
慎一は肩をすくめた。
京子はまだ笑っていなかった。
「慎一」
「なんだ」
「無茶をしないで、とは言わない」
慎一は京子を見る。
「でも、帰ってきて」
短い言葉だった。
慎一は少しだけ黙った。
それから頷く。
「ああ」
幸雄は再び右翼へ向かった。
「とにかく三箇所、全部削る。表面処理をやり直すぞ」
美希が工具を取りに走る。
「はいはい、右翼補修ね!」
はるみも作業台へ向かった。
「コーティング材、準備します」
格納庫に、いつもの音が戻っていく。
工具。
足音。
低い機械音。
その中で、慎一は零戦の右翼を見上げた。
三つの傷。
ソロモンの空で、敵の弾を受けた跡。
味方機を庇った証。
そして、ハイパーコーティングが弾き返した証。
慎一はその味方機が誰だったのか知らない。
敵の射線に入っていた。
だから助けた。
それだけだった。
幸雄が傷の一つを見ながら、もう一度呟いた。
「思ったより耐えてくれたな」
今度は誰も、すぐには何も言わなかった。




