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不時着した零戦を改造して歴史を変える?不死の体を得た俺は第二次世界大戦を無双する。  作者: よみ はじめ
守護神誕生編

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行方

第四十話 行方


 ソロモンの空から、戦闘の音が消えていった。


 先ほどまで曳光弾が走り、機銃音が響き、炎を引く機体が海へ落ちていた空が、嘘のように静かになっている。


 輸送船団は、まだ海の上を進んでいた。


 黒煙を上げる船はない。


 甲板の兵たちが、空を見上げている。


 その上空を、零戦隊がゆっくりと戻っていく。


 だが片桐だけは、すぐには機首を帰投方向へ向けられなかった。


 遠く。


 一機の零戦が、他の零戦とは違う方角へ向かっていた。


 守護神。


 米軍がPhantomと呼んだ機体。


 そして。


 片桐が風防越しに見た、あの顔。


 遠ざかる零戦の左翼には、見覚えのある補修跡があった。


 あれは三上の機体だった。


 いや。


 違う。


 あれは、三上だった。


 片桐は操縦桿を握ったまま、黙ってその機影を見つめていた。


 青い空の中で、その零戦はゆっくりと小さくなっていく。


 追うことはできなかった。


 追えば隊を離れることになる。


 燃料も弾薬も限られている。


 何より、片桐自身の頭が追いついていなかった。


 生きていた。


 三上慎一は、生きていた。


 そう考えるしかない。


 死んだはずの男。


 珊瑚海で別れたはずの男。


 その男が、今、片桐の前を横切った。


 敵の射線に割り込み、自分を庇った。


 機銃弾を受けても落ちなかった。


 そして、風防越しに目が合った。


 あの目を、片桐が見間違えるはずがなかった。


「三上……」


 声は、エンジン音に溶けた。


 遠ざかる零戦は、振り返らなかった。


 味方の基地へ向かうでもなく、船団の上空に留まるでもない。


 ただ、戦場から離れていく。


 いつもそうだった。


 現れる時は突然だった。


 そして戦いが終わると、消える。


 まるで空そのものに帰っていくように。


「片桐、帰るぞ」


 無線の声で、片桐は我に返った。


「あ、ああ」


 片桐は機体を傾けた。


 零戦隊は、輸送船団を見届けた後、基地へ戻る針路を取った。


 だが片桐の目は、最後まであの零戦を探していた。


 もう見えない。


 空のどこにも、あの機影はなかった。


 基地へ帰投すると、滑走路脇には整備兵たちが集まっていた。


 零戦が次々と着陸する。


 被弾した機体もある。


 戻らなかった機体もある。


 その数を見ただけで、整備兵たちの表情は曇った。


 片桐の零戦も、土煙を上げて滑走路に降りた。


 機体が止まる。


 風防を開けた瞬間、湿った熱気が操縦席へ流れ込んできた。


 いつもなら、帰って来たという実感が少しはある。


 だが今日は違った。


 片桐の中では、まだソロモンの空が続いていた。


 報告はすぐに行われた。


 簡素な部屋。


 地図。


 木製の机。


 扇風機が回っているが、空気は重い。


 片桐を含む数名の搭乗員が立っていた。


 上官は報告書を前に、険しい顔で口を開いた。


「輸送船団は守れたのだな」


「はい」


 片桐は答えた。


「敵機多数が来襲。こちらは零戦十五機で迎撃しました。戦闘開始直後に、味方二機が撃墜されました」


 部屋の空気が沈む。


 それでも片桐は続けた。


「敵は二手に分かれ、こちらを引き付ける隊と、船団へ向かう隊に分かれていました。このままでは船団へ接近を許すところでした」


「そこで守護神が現れたのか」


 上官が言った。


 片桐は一瞬だけ黙った。


 守護神。


 その呼び方は、もう日本側にも広がっていた。


 輸送船団を救った謎の零戦。


 米軍機を一方的に撃墜する、ありえない零戦。


 だが片桐にとっては、もうただの守護神ではなかった。


「はい」


 片桐は短く答えた。


「一機の零戦が戦闘空域へ介入しました。その機体が敵機を次々に撃墜し、米軍機の隊形は崩れました」


「数は」


「正確には確認できません。ただ、少なくとも七機以上を、短時間で撃墜しています」


 上官の眉が動いた。


「一機でか」


「はい」


 片桐は頷いた。


「通常の零戦とは機動が違います。旋回というより……空間を滑るような軌跡でした。敵機の射線から外れるというより、最初からそこにいなかったように見える動きです」


 言いながら、片桐自身も奇妙な感覚に襲われた。


 報告している。


 軍人として、見たものを伝えている。


 だが、本当に伝えるべきものは、言葉にできない。


 あれは三上だった。


 その一言だけが、喉の奥に引っかかっている。


 上官はさらに問うた。


「武装は」


「不明です」


 片桐は答えた。


「ただし、通常の二十ミリではありません。発射の間隔、威力、弾道、どれも見たことがありません。敵機は一撃で胴体を裂かれ、逃走した五機も遠距離から撃墜されました」


「遠距離から?」


「はい」


 片桐の脳裏に、最後の光景が蘇る。


 南東へ逃げる五機。


 普通なら届かない距離。


 だが、あの零戦の機首が静かに向いた瞬間、敵機は次々と火を吹いた。


「米軍機は、離脱に成功したと思っていたはずです。しかし、その直後に撃墜されました」


 部屋の中に、低いざわめきが起こった。


 上官はしばらく黙っていた。


「被弾したという報告もあるが」


 片桐の手が、わずかに動いた。


「はい」


「本当か」


「本当です」


 片桐は、慎一の零戦が自分の前へ飛び込んだ瞬間を思い出した。


 敵の射線。


 発射炎。


 横切る零戦。


 風防越しの顔。


 そして、右翼に走った火花。


「敵機の機銃弾が、守護神の右翼に命中しました」


「それで」


「落ちませんでした」


 上官が片桐を見た。


「損傷は」


「確認できません。少なくとも、飛行に支障はありませんでした。弾丸は……弾かれたように見えました」


 部屋が静かになった。


 弾丸が弾かれた。


 零戦が。


 誰もすぐには言葉を返せなかった。


 片桐は続けた。


「その後、守護神は片桐機を狙った敵機を撃墜。さらに残敵を掃討しました」


「片桐機を狙った敵機」


 上官の視線が鋭くなる。


「つまり、お前は助けられたのか」


「はい」


 片桐は否定しなかった。


「私は敵の射線に入っていました。回避は間に合いませんでした。守護神が間に割り込まなければ、撃墜されていたと思います」


 そこまで言って、片桐は口を閉じた。


 言うべきことは言った。


 だが、言わないことがある。


 風防越しに目が合った。


 あの顔は三上だった。


 そのことだけは、報告しなかった。


 言えばどうなる。


 三上慎一は戦死したはずだ。


 その三上が、守護神と呼ばれる零戦に乗っていた。


 ありえない武装。


 ありえない機動。


 弾を弾く右翼。


 戦闘が終われば消える機体。


 それをそのまま報告して、誰が信じる。


 いや、信じられたとしても、その先に何がある。


 片桐自身にも説明できない。


 だから言わなかった。


 上官は、片桐の沈黙を戦闘後の疲労と受け取ったらしい。


「分かった。詳しい報告書を出せ」


「はい」


 報告は終わった。


 片桐は部屋を出た。


 外へ出ると、夕方の光が飛行場を赤く染めていた。


 整備兵たちが、戻った零戦の点検をしている。


 誰かが、守護神の話をしていた。


「あの零戦、また出たらしいな」


「米軍機をまとめて叩き落としたそうだ」


「本当に味方なのか?」


「味方じゃなきゃ困るだろ」


 片桐はその声を聞きながら歩いた。


 守護神。


 そう呼べば、話は簡単になる。


 謎の味方。


 輸送船団を救う零戦。


 米軍を恐れさせる存在。


 だが片桐には、もうその呼び方だけでは済まなかった。


 あれは三上だ。


 そう確信している。


 だからこそ、分からない。


 なぜ帰投しない。


 なぜ部隊へ戻らない。


 なぜ名乗らない。


 なぜ戦闘が終わると、何事もなかったように消える。


 極秘計画。


 その言葉が、片桐の頭に浮かんだ。


 海軍のどこかが、三上を生かしていたのか。


 新兵器の試験機に乗せているのか。


 守護神は、実は極秘部隊なのか。


 そう考えれば、いくつかのことは説明できる。


 異常な武装。


 異常な機体性能。


 味方にも明かされない存在。


 だが、それでも腑に落ちない。


 なぜ三上なのか。


 なぜ自分たちの前に現れる。


 なぜ助ける。


 なぜ目が合ったのに、何も言わない。


 片桐は宿舎の前で足を止めた。


 空を見上げる。


 もうあの零戦はいない。


 夕焼けの中に、雲だけが浮かんでいる。


 片桐は、ソロモンの空を思い出した。


 敵の射線。


 横切った零戦。


 風防越しに合った目。


 あの一瞬だけは、どんな理屈よりも確かだった。


 三上は生きている。


 少なくとも片桐は、そう思った。


 だが、生きているなら。


 今、どこにいる。


 どこの空へ帰っている。


 どこの部隊に所属している。


 何のために、あの零戦に乗っている。


 問いだけが胸の中に残る。


 片桐は、静かに呟いた。


「三上……」


 風が吹いた。


 滑走路の砂が、夕陽の中でわずかに舞った。


「お前は、どこへ行ったんだ」


 答える声はなかった。


 遠い空だけが、赤く暮れていった。

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