表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不時着した零戦を改造して歴史を変える?〜不死の体を手にした俺は第二次世界大戦を無双する〜  作者: よみ はじめ
ミッドウェー

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

40/111

三上慎一

 帰投した零戦が滑走路へ次々と降りてきた。

 エンジンが止まるたびに整備兵が駆け寄り、被弾箇所を確認する。翼に穴を開けた機体、尾翼を傷つけた機体、脚を引きずるように戻ってきた機体もある。その中へ片桐の零戦も降りた。

 風防を開けると、湿った熱気が一気に流れ込んできた。

「片桐、大丈夫か」

 整備兵が翼へ上がってくる。

「ああ。機体を見てやってくれ」

「派手にやられてるな」

 片桐は返事をせず、操縦席から降りた。

 足が地面についたところで、無意識に空を見上げる。

 もちろん、もうあの零戦はいない。

「片桐」

 背後から呼ばれて振り返った。

 坂井だった。

「少しいいか」

「はい」

 二人は整備兵たちから離れ、飛行場の端へ歩いた。少し先では椰子の葉が風に揺れている。坂井はそこで足を止めると、片桐を見た。

「あの零戦乗りを知ってるな」

 いきなりだった。

 片桐は言葉に詰まった。

「……なぜ、そう思うんです」

「空でのお前の顔を見てた」

 坂井はそれだけ言った。

「助けてもらって驚いた顔じゃなかった。知ってる人間を見た顔だった」

 片桐は黙った。

 やはり、この人には誤魔化せない。

 坂井は急かさなかった。ただ片桐が話すのを待っている。

 しばらくして、片桐が口を開いた。

「似ていたんです」

「誰に」

 もう逃げられなかった。

「三上慎一」

 坂井の眉がわずかに動いた。

「三上慎一?」

「はい」

「どこの隊だ」

 片桐は一度、息を吐いた。

「元はラバウルです」

「元は?」

「偵察任務の帰りに……戦死したことになっています」

 坂井の表情が止まった。

 飛行場ではまだ整備兵たちが声を掛け合っている。工具の音も聞こえる。だが二人の間だけ、そこから切り離されたように静かになった。

「戦死した?」

「はい」

「いつだ」

「詳しくはわかりません、二十機あまりのアメリカ機と遭遇し、空戦中に被弾して落ちたと書いてます」

 坂井は何も言わなかった。

 片桐も続けなかった。

 やがて坂井がゆっくりと空を見た。

「あれが?」

「……分かりません」

「さっきは知ってるような顔をしてたぞ」

「知っています。三上なら」

 片桐は言葉を選んだ。

「でも、三上であるはずがないんです」

「顔は見たのか」

「見ました」

「はっきり?」

「はい」

 今度は迷わなかった。

「風防越しに、目も合いました」

 坂井が片桐へ視線を戻す。

「見間違いじゃないのか」

「そう思おうとしました」

 片桐は小さく首を振った。

「でも、無理です。あれは三上でした」

「機体は?」

「そこが分からないんです」

 片桐の声に苛立ちが混じった。

「三上が乗っていた零戦に似ています。でも同じじゃない。あんな速度は出なかった。弾を受ければ壊れます。まして、あんな戦い方……」

 そこで言葉が止まる。

 片桐の頭には、敵の射線へ飛び込んできた零戦が浮かんでいた。

 P-39の機銃が火を噴いた。

 その間へ入った零戦。

 右翼に弾丸が当たり、火花が散った。

 それでも飛び続けた。

「あいつ、お前を庇ったな」

 坂井の言葉に、片桐が顔を上げた。

「見ていたんですか」

「見てた」

 坂井は短く答えた。

「普通はやらん」

 片桐もそう思っていた。

 後ろの敵を撃つことはできたかもしれない。他にもやり方はあったはずだ。それなのに慎一は、自分の機体を片桐とP-39の間へ入れた。

「あのままだったら、私は撃墜されていました」

「だろうな」

「三上は……昔から、ああいう奴でした」

 坂井の目が僅かに細くなった。

「どういう奴だ」

 片桐はすぐには答えなかった。

「自分のことより先に、他人の方へ行くんです」

 それだけだった。

 坂井はしばらく黙っていたが、やがて小さく笑った。

「面倒な奴だな」

 片桐も少しだけ口元を緩めた。

「はい。かなり」

 それで初めて、二人の間の張り詰めたものが少し緩んだ。

 だが坂井には、まだ聞きたいことがあった。

「あの射撃も、三上の腕か」

「射撃?」

「P-39のプロペラだ」

 片桐は坂井を見る。

「あれを見たんですか」

「見たから聞いてる」

 坂井は右手を軽く上げた。

「七・七ミリだった。二十ミリじゃない」

「はい」

「一機なら偶然だと思った。二機目でもまだ疑った。だが、あいつは何機やっても同じだった」

 坂井の声から笑みが消える。

「全部、プロペラだけだ」

 片桐も戦闘を思い返した。

 撃たれたP-39は燃えていなかった。翼も折れていない。ただ推進力を失い、次々に戦列から離れていった。

「あれも昔からなのか」

「いいえ」

 片桐は即答した。

「いくら三上でも、あんな真似はできませんでした」

「そうか」

「少なくとも、私の知っている三上には」

 坂井は腕を組んだ。

 それならなおさら分からない。

 死んだはずの搭乗員。

 見たこともない性能の零戦。

 弾を弾く機体。

 七・七ミリで敵機のプロペラだけを撃ち抜く射撃。

 そして戦闘が終われば、どこの基地へ帰るでもなく消えていく。

「上には話したのか」

「まだです」

「どうする」

 片桐は答えられなかった。

 報告すべきだ。

 軍人ならそうするのが正しい。

 しかし、何を報告するのか。

 戦死した三上慎一を見ました。

 彼は正体不明の零戦に乗っていました。

 機銃弾を弾き、見たこともない速度で飛び、敵機のプロペラだけを撃ち抜いていました。

 そんな報告をして、何が起こる。

「顔を見た。それだけなんだな」

 坂井が言った。

「はい」

「話はしたのか」

「していません」

「向こうはお前に気づいたのか」

 片桐はあの瞬間を思い出した。

 風防越しに目が合った。

 自分が呆然としていると、慎一は軽く片手を上げた。

「気づいていたと思います」

「それでも何も言わなかった」

「はい」

 坂井は鼻から短く息を吐いた。

「なら、今すぐ大騒ぎする必要もないだろ」

 片桐が坂井を見る。

「しかし」

「見たことまで隠せとは言わん。あの零戦の性能も、戦い方も報告すればいい」

 そこで坂井は一度言葉を切った。

「だが、死んだ男が乗っていたとなれば話が別だ。顔を見ただけで断定すれば、お前自身が説明できなくなる」

 片桐には返す言葉がなかった。

 その通りだった。

「もう一度現れれば、その時また見ればいい」

「もう一度……」

「来ると思うぞ」

「なぜです」

 坂井は空を見上げた。

「知らん」

 あっさりした答えだった。

 片桐が思わず坂井を見る。

「ただ、あいつは俺に翼を振った」

「坂井さんに?」

「ああ」

 坂井の口元が少し緩む。

「俺も振り返した」

 片桐は初めてそのことを知った。

「知り合いだったんですか」

「まさか。名前も今聞いたばかりだ」

「じゃあ、なぜ」

「俺が聞きたい」

 坂井は笑った。

「勝手に現れて、人の前で七・七ミリだけ使って、あんな馬鹿げた射撃を見せて、最後に翼まで振って消えやがった」

 片桐も思わず笑いそうになった。

 確かに、言われてみれば妙な話だった。

「だからな」

 坂井が空から視線を戻す。

「もう一度くらい、顔を出す気がする」

 根拠などない。

 それでも不思議と、片桐にも否定できなかった。

 坂井は歩き出した。

 数歩進んだところで立ち止まる。

「三上慎一だったな」

「はい」

 坂井はその名前を確かめるように、もう一度口にした。

「三上慎一」

 そして今度こそ歩いていく。

 片桐はその背中を見送り、それから空を見上げた。

 青い空には、もう何もいない。

 それでも、さっきまであそこを飛んでいた。

 死んだはずの男が、自分を庇って。

 昔とはまるで違う零戦に乗って。

 片桐は小さく息を吐いた。

「どこにいるんだよ、三上」

 返事はない。

 ただ風だけが飛行場を抜けていった。


 その日。

 坂井三郎はその日初めて、その名を知った。三上慎一という一人の零戦乗りを。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ