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不時着した零戦を改造して歴史を変える?不死の体を得た俺は第二次世界大戦を無双する。  作者: よみ はじめ


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交信記録

第三十九話 交信記録


 米軍司令部の会議室には、誰も声を出す者がいなかった。


 机の上には、一台の録音機が置かれている。


 その横には、数枚の報告書。


 ソロモン方面攻撃隊。


 出撃機数。


 交戦空域。


 日本軍輸送船団。


 そして最後に、赤い鉛筆で短く書き込まれた文字。


 未帰還。


 全機。


 司令官は、その文字をしばらく見ていた。


 前回の作戦は成功した。


 Phantomは一機しかない。


 ならば、二箇所を同時に叩けばいい。


 その結論は、間違っていないはずだった。


 実際、一度は成功している。


 Phantomが現れた空とは別の場所で、日本軍の補給線を叩いた。


 あの時、作戦室には安堵があった。


 伝説も、幽霊も、戦場すべてには現れない。


 そう考えた。


 だが今回は違った。


 ソロモンで攻撃隊が消えた。


 報告できる生還者はいない。


 残されたものは、途中まで記録された交信だけだった。


 司令官は低く言った。


「再生しろ」


 副官が録音機のスイッチを入れた。


 ガリッ。


 ザザッ。


 古いノイズが、会議室に広がった。


『こちらレッド3。日本軍輸送船団を確認』


『護衛機あり。零戦多数』


『攻撃隊、予定通り二手に分かれろ』


 紙の上に記された作戦通りだった。


 零戦隊を引き付ける隊。


 船団を叩く隊。


 Phantomがいない空なら勝てる。


 そのはずだった。


『敵零戦、迎撃開始』


『一機撃墜』


『もう一機落とした』


 会議室の誰かが、小さく息を吐いた。


 序盤は優勢だった。


 記録上もそうだった。


 日本側の零戦は二機落ちている。


 作戦は機能していた。


 少なくとも、その瞬間までは。


 録音の奥で、別の声が割り込んだ。


『待て』


 短い沈黙。


『何だ、あの零戦は』


 会議室の空気が変わった。


 司令官は目を細める。


『どこから来た』


『違う、あれは普通のZeroじゃない』


『レッド5、後ろだ!』


 激しい雑音。


 誰かの叫び。


『レッド5撃墜!』


『くそっ、どこへ行った!』


『右だ! いや、下だ!』


 録音の中で、声が重なり始めた。


 作戦室の士官たちは、誰も動かなかった。


 ただ聞いていた。


 見えない空戦が、ノイズの中で形を持ち始めている。


『回り込まれた!』


『違う、回り込んだんじゃない!』


『何だ今の動きは!』


 司令官の指が、机の上で止まった。


 その表現。


 過去の報告書にも似た言葉があった。


 珊瑚海。


 セイロン沖。


 輸送船団襲撃失敗。


 どの記録にも、同じような曖昧な言葉が残っている。


 速い、ではない。


 曲がった、でもない。


 消えた。


 ずれた。


 そこにいた。


 兵士たちは恐怖の中で、正確な言葉を失っていた。


『また一機落ちた!』


『くそっ、あいつだ!』


『Phantomだ!』


 会議室の中で、誰かが顔を上げた。


 その名が出た。


 Phantom。


 日本側が守護神と呼ぶ零戦。


 米軍にとっては、報告書の中でだけ増殖していく幽霊だった。


『馬鹿を言うな! Phantomは別の海域にいるはずだ!』


『いるんだよ! 目の前にいる!』


『撃て! 近づけるな!』


 銃声のような雑音が続く。


 録音の音質が歪む。


 その向こうで、また悲鳴が上がった。


『レッド7撃墜!』


『レッド9もやられた!』


『隊形を崩すな!』


『無理だ! あいつが入ってくる!』


 副官の喉が鳴った。


 司令官は何も言わなかった。


 録音はさらに続く。


『敵Zero、こちらの射線を抜けた』


『いや、違う……抜けたんじゃない』


『最初から、そこにいなかったみたいだ』


 会議室は静まり返っていた。


 誰も、その言葉を笑わなかった。


 以前なら笑ったかもしれない。


 戦場の錯覚。


 恐怖による誇張。


 負けた者の言い訳。


 だが、同じ言葉が何度も記録に残っている。


 別々の海で。


 別々の部隊から。


 別々の死者たちの声で。


『片方の日本機を追い込んだ!』


『撃てる!』


『もらった!』


 録音の中の声が、急に近くなった。


 司令官は僅かに身を乗り出した。


『撃て!』


 機銃音。


 激しい連射。


『命中した!』


『当たった!』


『Phantomに当たったぞ!』


 会議室に、ほんの一瞬だけ息が戻った。


 命中。


 その言葉だけなら、希望だった。


 だが次の声が、それを砕いた。


『なぜ落ちない!?』


 沈黙。


 誰も動かない。


『当たったぞ! 確かに当たった!』


『弾が……弾が跳ねた!』


『何だと!?』


『右翼に当たった! だが抜けていない!』


『Zeroが弾を弾くわけがない!』


『見たんだ! 火花が散って、弾が逸れた!』


 副官がゆっくりと司令官を見た。


 司令官は報告書の余白に目を落とした。


 そこには、通信担当が震える字で書き足した一文があった。


 敵機、被弾後も飛行継続。


 損傷不明。


 いや。


 損傷なし。


 録音の中で、また別の叫びが走った。


『撃った機がやられた!』


『Phantomが反転した!』


『離れろ! 近づくな!』


 もう攻撃ではなかった。


 指揮ではない。


『ダメだ、他のゼロも立て直してきてるぞ!』


『なんだ?そっちか?!NO!!!』


 ただの生存本能だった。


『全機退避!』


『繰り返す、全機退避!』


『船団攻撃は中止!』


『生きて帰れ!』


 司令官の表情が僅かに動いた。


 攻撃中止。


 その命令が出た時点で、作戦は敗北していた。


 だが記録は、まだ終わっていない。


『残存機、五機』


『南東へ離脱中』


『距離を取れ!』


『大丈夫だ、離れている!』


 ノイズの中に、安堵の声が混じった。


『追ってくるぞ』


『Zeroでは届かない距離だ』


『そのまま飛べ! 高度を維持しろ!』


『Phantomが機首を向けた』


 短い沈黙。


 そして。


『何だ、あれは!』


 その声だけが、妙にはっきり録音されていた。


『この距離だ!届くもんか!』


ガガッ....


『そんな馬鹿な!』


 次の瞬間、録音が激しく乱れた。


『レッド2被弾!』


『レッド4炎上!』


『レッド6、応答しろ!』


『こちらレッド1、右翼が……』


 ザザッ。


『落ちる!』


『何が起きている!』


『一秒だ! 一秒で……』


 そこで声が途切れた。


 ザーーーーーーーーーー。


 録音機から、ただ白い雑音だけが流れ続けた。


 副官がスイッチを切るまで、誰も口を開かなかった。


 会議室に、重い沈黙が落ちた。


 司令官は椅子に深く座ったまま、机の上の報告書を見ていた。


 Phantomは一機しかない。


 その判断は、まだ変わらない。


 だが、一機しかないという事実が、安心材料ではなくなっていた。


 一機しかない。


 それなのに、止められない。


 司令官は静かに口を開いた。


「生還者は」


 副官は答えるまで、一拍置いた。


「ゼロです」


 会議室の空気が凍った。


 録音の中にいた声は、すべて消えた。


 誰一人、帰っていない。


 司令官は目を閉じた。


 作戦は間違っていなかった。


 Phantomは一機しかない。


 二箇所同時攻撃は、一度成功した。


 だが今回、Phantomが現れた空域では、攻撃隊が全滅した。


 しかも、最後の五機は離脱に成功しかけていた。


 普通なら帰れた距離だった。


 普通の零戦なら届かなかった。


 しかし、帰れなかった。


 司令官は目を開けた。


「もう一度、最後の部分を再生しろ」


 副官が録音機に手を伸ばす。


 テープが少し巻き戻される。


 ガリッ。


 ザザッ。


『Phantomが機首を向けた』


『何だ、あれは』


『この距離だ!届くもんか!』


ガガッ.......


『そんな馬鹿な!』


 ザーーーーーーーーーー。


 副官が再び止めた。


 司令官は低く言った。


「連射?」


「届かない距離?」


 誰も答えない。


 机の上の報告書には、これまでのPhantomの攻撃記録が並んでいた。


 一撃。


 一機。


 確実な撃墜。


 それがPhantomの特徴だった。


 だが今回だけは違う。


 届かない距離


 一瞬。


 五機。


 全滅。


 若い士官が、乾いた声で言った。


「我々は……まだ、Phantomの能力をすべて見ていないのでは」


 その言葉に、誰も反論しなかった。


 司令官は立ち上がり、壁に貼られたソロモン方面の地図を見た。


 赤い鉛筆で、日本軍補給線が示されている。


 青い線で、米軍の攻撃経路が引かれている。


 二箇所同時攻撃。


 理論上は正しい。


 だが、地図の上には描けないものがあった。


 空間を滑る零戦。


 弾を弾く翼。


 一秒間の連射。


 帰還者のいない空。


 司令官は、ゆっくりと地図から目を離した。


「Phantomを撃墜する作戦では駄目だ」


 士官たちが顔を上げる。


「Phantomと戦うことを前提にした時点で、こちらは負ける」


 誰も言わなかったが、全員が同じことを考えていた。


 では、どうする。


 司令官は報告書を閉じた。


「次の作戦を考える」


 その声は静かだった。


 怒りではない。


 恐怖でもない。


 だが、その静けさこそが、会議室に重く落ちた。


「Phantomを戦場から引き離す」


 録音機はもう止まっている。


 だが、誰の耳にもまだ残っていた。


『Phantomが機首を向けた』


『何だ、あれは』


『届くわけがない!』


 そして最後の白い雑音。


 ザーーーーーーーーーー。


 それは、ソロモンの空で消えた者たちの墓標のように、いつまでも会議室の中に残っていた。

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