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不時着した零戦を改造して歴史を変える?不死の体を得た俺は第二次世界大戦を無双する。  作者: よみ はじめ
守護神誕生編

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三上、なのか?

第三十八話 三上、なのか?


 ソロモンの海は、青かった。


 あまりにも青く、あまりにも静かだった。


 その静けさの上を、日本の輸送船団が進んでいる。


 鈍重な船体。


 白く伸びる航跡。


 甲板の兵たちは、対空機銃に手を置いたまま空を見上げていた。


 誰も笑っていない。


 この海では、補給船こそが命だった。


 弾薬。


 燃料。


 食糧。


 人員。


 その一本の細い線を断たれれば、前線は戦う前に飢えていく。


 片桐は、零戦の操縦席から海を見下ろしていた。


 船団上空には零戦十五機。


 数としては少なくない。


 だが、安心できる数ではなかった。


 米軍は必ず来る。


 この航路を見逃すはずがない。


「敵機発見!」


 無線が割れた。


 片桐は機首を上げた。


 前方上空。


 黒い点が幾つも浮いている。


 それはすぐに翼を持った影となり、編隊となって迫ってきた。


「数が多いぞ」


 誰かが低く呟いた。


 片桐は操縦桿を握り直した。


「迎撃する。船には近づけるな」


 零戦隊が散った。


 直後、空が裂けた。


 曳光弾が走る。


 機銃音が重なり、青空の下に鉄の雨が降る。


 米軍機は二手に分かれた。


 一隊は零戦を引きつける。


 もう一隊は船団へ降りようとしている。


 嫌な動きだった。


 片桐は機体を傾け、船団へ向かう敵を追った。


 だが、その横から別の敵機がかぶせてくる。


「ちっ!」


 操縦桿を引く。


 風防の横を赤い線が流れた。


 その瞬間、無線に悲鳴が混じった。


「被弾! 被弾した!」


 片桐が視線を走らせる。


 一機の零戦が黒煙を吐いていた。


 炎が胴体を舐め、やがて機首が落ちる。


 海へ向かって、真っ直ぐに落ちていった。


「くそっ!」


 続けて、もう一機。


 敵の射線に捕まった零戦の右翼が砕けた。


 機体が横へ跳ね、白い破片を散らしながら錐揉みに入る。


 二機。


 早くも二機を失った。


 片桐の奥歯が鳴った。


 このままでは押し切られる。


 その時だった。


 敵編隊の一角で、米軍機が一機、妙な崩れ方をした。


 炎が先ではなかった。


 姿勢が崩れた。


 それから機体の腹が裂け、黒煙が噴いた。


「なんだ……?」


 片桐は、その方向を見た。


 一機の零戦がいた。


 見た目は普通の零戦だった。


 だが、その瞬間、片桐の背中に冷たいものが走った。


 知っている。


 あの飛び方を、片桐は知っている。


 珊瑚海。


 あの時も見た。


 零戦のはずなのに、零戦では説明できない軌跡。


 旋回したのではない。


 空間を滑った。


 空の上に、他の機体とは違う線を引いた。


 敵の射線から逃げたのではなく、最初からそこにいなかったように見える飛び方。


「また……あいつか」


 片桐は喉の奥で呟いた。


 守護神。


 輸送船団の兵たちが、そう呼んだ零戦。


 珊瑚海でも、自分はあれに救われた。


 その記憶が、片桐の中で蘇る。


 だが、考える暇はなかった。


 その零戦は、すでに次の敵へ向かっていた。


 米軍機が右へ逃げる。


 いや、逃げようとした。


 その瞬間、慎一の零戦は横へ流れた。


 旋回ではない。


 機体そのものが、空間の薄皮を滑るようにずれた。


 敵機の進路の先に、機首が置かれる。


 レールガンが火を吹いた。


 短い一発。


 鋼鉄弾が敵機の胴体を貫いた。


 米軍機は火を噴き、海へ落ちていく。


 二機目。


 米軍側の無線がざわついた。


“What the hell was that?”


“A Zero?”


“No, no…… did you see that move?”


 別の米軍機が慎一の背後を取ろうとした。


 片桐には見えた。


 米軍機の動きは悪くない。


 慎一の零戦が一機に集中した瞬間を狙っている。


 普通なら背後を取れる。


 普通なら。


 だが慎一の零戦は、急に落ちた。


 失速ではない。


 落ちたように見えただけだった。


 次の瞬間、機体は斜め下から滑り上がり、背後を取ったはずの米軍機の腹へ機首を向けていた。


 レールガン。


 一発。


 敵機のエンジンが砕けた。


 三機目。


“That’s impossible!”


“He slipped under me!”


“Where is he?”


 米軍機の声に、焦りが混じり始めた。


 片桐は、自分の敵を追いながらも、その零戦から目を離せなかった。


 四機目は、味方の零戦を追っていた。


 その味方は逃げるだけで精一杯だった。


 敵の機首が、味方の背中に吸い付く。


 撃たれる。


 片桐がそう思った瞬間、慎一の零戦が雲の影から滑り出た。


 どこから来たのか分からない。


 まるで、空の隙間から現れた。


 射線が重なる前に、慎一の機首が敵を押さえていた。


 レールガンが鳴る。


 敵機の翼が折れた。


 四機目。


 味方の零戦が機体を立て直しながら叫ぶ。


「助かった!」


 片桐の胸に、またあの言葉が浮かぶ。


 守護神。


 だが、米軍側にも別の名があった。


 その名は、恐怖と一緒に流れていた。


“Wait……”


“That’s him.”


“Who?”


“The Phantom.”


 米軍無線に、一瞬だけ沈黙が生まれた。


 それから別の声が叫んだ。


“No! It’s just a Zero!”


“Then shoot him down!”


“Don’t let the Phantom get behind you!”


 Phantom。


 片桐には英語のすべては分からなかった。


 だが、声の震えは分かった。


 米軍は、あの零戦を知っている。


 噂として。


 悪夢として。


 そして今、目の前でそれを見ている。


 五機目。


 敵は三機で慎一を囲みにかかった。


 上から一機。


 横から一機。


 後方から一機。


 片桐は息を呑んだ。


 逃げ場がない。


 そう見えた。


 だが慎一の零戦は、逃げ場を探していなかった。


 機体が小さく傾く。


 次の瞬間、三本の射線が空を噛んだ。


 しかし慎一はいない。


 いや、いた。


 射線の内側ではなく、外側でもなく、三機の間をすり抜けるように、ありえない軌跡で抜けていた。


 空間を滑る。


 その言葉しかなかった。


 レールガンが火を吹く。


 一機が砕けた。


 五機目。


 六機目は、その混乱の中で片桐の正面へ出た。


 片桐は撃とうとした。


 だが敵が機体を転がし、照準から外れる。


 その瞬間、慎一の零戦が片桐の視界を横切った。


 滑るように。


 低く。


 無駄なく。


 敵が逃げ込んだ先に、もう機首がある。


 レールガン。


 敵機の胴体が裂けた。


 六機目。


 七機目。


 米軍機は明らかに慎一を避けようとしていた。


 だが、避ける動きそのものが、戦場の形を崩していく。


 日本側の零戦が息を吹き返した。


「今だ!」


「敵が乱れた!」


「押せ!」


 片桐も機首を上げた。


 敵機の背後へ入る。


 今度は逃がさない。


 短く撃つ。


 命中。


 敵機が煙を引く。


 その横で、慎一が七機目を落とした。


 敵機は一瞬、空中で止まったように見えた。


 そして炎を噴き、青い海へ落ちていった。


 米軍側の声は、もう怒号ではなく悲鳴に近かった。


“Break! Break!”


“Don’t turn with him!”


“You can’t fight that thing!”


“It’s the Phantom! God damn it, it’s the Phantom!”


 戦況は変わった。


 零戦隊が押し返す。


 米軍機は輸送船団への攻撃を続けられなくなっていた。


 片桐は慎一機を見た。


 近い。


 左前方を飛んでいる。


 あの零戦。


 左翼の補修跡。


 見覚えがある。


 片桐の胸の奥に、嫌な確信が湧き上がる。


 珊瑚海の時も、あの機体だったのではないか。


 守護神と呼ばれるようになったあの機体。


 米軍がPhantomと呼ぶあの零戦。


 まさか。


 まさか。


 その時だった。


 片桐の前方の敵機が、急に機首を下げた。


 逃げた。


 片桐は追った。


 だが、追った瞬間に気付いた。


 誘いだ。


 右上。


 もう一機が降ってきている。


 米軍機の機首が、片桐へ向いた。


 射線が一直線に結ばれる。


「しまった!」


 片桐は操縦桿を引いた。


 遅い。


 敵の照準はもう片桐を捕まえていた。


“I got him!”


“Take the shot!”


 敵の発射炎が見えた。


 終わった。


 片桐はそう思った。


 そのすぐ横で、慎一は見ていた。


 敵の機首。


 片桐の位置。


 射線。


 距離が近すぎる。


 撃てない。


 ここでレールガンを撃てば、片桐を巻き込む。


 回り込む時間はない。


 無線で叫んでも遅い。


 片桐の零戦は、もう敵の弾道の上にいる。


「間に合わん!」


 慎一は操縦桿を倒した。


 敵と片桐の間へ、零戦をねじ込む。


 片桐の目の前を、慎一の零戦が横切った。


 風防と風防が、交差する。


 ほんの一瞬。


 だがその一瞬で、片桐は見た。


 操縦席の男。


 その顔。


 その目。


 死んだはずの親友。


「三上!」


 片桐の叫びは、機銃音に呑まれた。


 ダダダダダダダッ!


 敵の機銃弾が、慎一の右翼へ叩き込まれた。


 火花が散る。


 片桐は、翼が裂けると思った。


 だが違った。


 弾丸は翼を抜けなかった。


 ハイパーコーティングされた右翼の表面で、白い火花を散らして跳ねた。


 一発。


 二発。


 三発。


 曳光弾が角度を変え、空へ逸れていく。


“I hit him!”


“I hit the Phantom!”


 米軍機の声が弾けた。


 しかし慎一の零戦は落ちない。


“Why isn’t he going down?”


“The rounds bounced!”


“Bounced? From a Zero?”


 片桐は息を忘れていた。


 助かった。


 自分は、また助けられた。


 珊瑚海でも。


 そして今も。


 同じ零戦に。


 同じ男に。


 慎一は右翼を一瞥した。


 貫通していない。


 だが、当たった。


「ちっ、当たったか」


 それだけだった。


 慎一はすぐに機体を返す。


 片桐を狙った敵機は、まだ射線の先にいた。


 撃った。


 当たった。


 なのに落ちない。


 その混乱で、敵機の動きが止まった。


 慎一のレールガンが火を吹く。


 鋼鉄弾が米軍機を貫き、機体を裂いた。


 敵機は空中で火を噴き、破片を散らして落ちていく。


 米軍編隊は完全に崩れた。


 日本側の零戦が食らいつく。


 片桐も我に返り、機体を立て直した。


 だが頭の中では、さっきの目が消えなかった。


 三上。


 確かに三上だった。


 だが、あいつは死んだ。


 死んだはずだ。


 なのに。


 あの機体。


 あの飛び方。


 守護神。


 Phantom。


 それが、全部一つに繋がり始めていた。


 やがて、米軍機は残り五機になった。


 その五機は、ほとんど同時に反転した。


 戦うためではない。


 逃げるためだった。


“Break off!”


“Get away from the Phantom!”


“Full throttle!”


“He can’t reach us from here!”


 五機は編隊を崩しながら、南東へ逃げていく。


 距離は開いていた。


 普通の零戦なら届かない。


 片桐も、味方の零戦も、そう見た。


 だが慎一の零戦だけが、静かに機首を向けた。


 追いすがるのではない。


 空を噛むように、角度を合わせる。


 次の瞬間。


 慎一のレールガンが火を吹いた。


 一秒間の連射。


 レールガンの鋼鉄弾が、十発連続で射出された。


 空気が裂けた。


 逃走する五機の米軍機が、次々と火を吹く。


 最後尾の機体の翼が砕けた。


 その前を飛ぶ機体の胴が裂けた。


 三機目が黒煙を噴いた。


 四機目が炎に包まれた。


 先頭の一機が、白い破片を散らして崩れた。


 五本の黒煙が、青い空に引かれる。


 そして、五機の米軍機は、次々と海の中へ消えていった。


 空が静かになった。


 輸送船団は、まだ進んでいる。


 零戦隊は、その上空へ戻っていく。


 片桐は、操縦桿を握ったまま動けなかった。


 珊瑚海で見た、あの異様な飛び方。


 守護神と呼ばれた零戦。


 米軍がPhantomと叫んだ機体。


 片桐を二度も救った存在。


 左翼の補修跡。


 ありえない武装。


 弾を弾いた右翼。


 そして、風防越しに目が合った男の顔。


 全部が、一つの名前へ向かって落ちていく。


 片桐は遠ざかる零戦を見つめた。


 喉が震えた。


「三上! なのか……?」

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