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不時着した零戦を改造して歴史を変える?不死の体を得た俺は第二次世界大戦を無双する。  作者: よみ はじめ
守護神誕生編

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戦死報告

第三十五話 戦死報告


 東大尉は、机の上の紙を見つめていた。


 薄い紙だった。


 そこに書かれる言葉は、いつも同じではない。


 撃墜。

 未帰還。

 行方不明。

 戦死。


 言葉は違っても、最後に届く場所は同じだった。


 人が一人、帰らない。


 それだけのことを、軍の紙は短い言葉で片付ける。


 東は筆を持ったまま、しばらく動かなかった。


 三上慎一。


 その名前が、紙の中央にあった。


 まだ、最後の一行だけが空白だった。


 戦死。


 そう書けば終わる。


 だが、東の手は動かなかった。


「……三上」


 小さく呟いた声は、部屋の中に落ちただけだった。


 三上慎一は若かった。


 まだ二十歳だった。


 最初に会った時も、妙に真っ直ぐな目をしていた。


 東が声を掛けると、緊張で背筋を伸ばしすぎて、まるで木の棒のようになっていた。


『三上慎一です。よろしくお願いします』


 声だけは大きかった。


 だが、目は少し揺れていた。


 怖くないはずがない。


 空を飛ぶということは、格好のいい話ばかりではなかった。


 少しの判断ミスで死ぬ。


 機体の癖を読み違えれば死ぬ。


 敵に追われれば死ぬ。


 燃料が尽きても死ぬ。


 それでも、三上は飛びたがった。


 東は何度も叱った。


 旋回が甘い。

 降下に迷いがある。

 敵を見る前に、自分の機体の声を聞け。


 三上はそのたびに、悔しそうな顔をした。


 言い返すことは少なかった。


 ただ、次の日には少しだけ良くなっていた。


 その次の日には、また少し良くなっていた。


 不器用だが、食らいつく男だった。


『東大尉、自分は、もっと上手くなれますか』


 ある日、三上はそう聞いた。


 東は、その時の顔を今でも覚えている。


 強がっているくせに、不安を隠しきれていなかった。


『なれるかどうかは知らん』


 東はそう答えた。


『だが、なろうとし続ける者は、そうでない者より長く飛ぶ』


 三上は一瞬だけ目を丸くして、それから深く頭を下げた。


『はい』


 あの時の声が、まだ耳に残っていた。


 東は筆先を紙に近づけた。


 だが、墨の黒が紙に触れる寸前で止まった。


 本当に書いていいのか。


 未帰還の報せは届いている。


 状況から見れば、生存は絶望的だった。


 機体も戻っていない。


 搭乗員も戻っていない。


 普通なら、もう迷う余地はない。


 それでも、東は書けなかった。


 三上の母のことを思ったからだった。


 若くして夫を亡くし、一人息子を育てた母。


 三上は、あまり家のことを話さなかった。


 だが、一度だけ酒の席でぽつりと言ったことがある。


『母は、心配性なんです』


 そう言った三上は、少しだけ照れたように笑っていた。


『でも、自分が飛ぶと言った時、止めませんでした』


 その言葉を思い出すたび、東は胸の奥に小さな棘を感じた。


 軍人としては、戦死報告を書かねばならない。


 上官としては、部下の最後を整理しなければならない。


 だが、人としては。


 その一枚の紙が、一人の母の朝を壊すことを知っていた。


 部屋の外から、慌ただしい足音が近づいてきた。


「失礼します」


 若い兵が入ってきた。


 息が少し上がっている。


 東は筆を置かずに顔だけ上げた。


「どうした」


「輸送船団の護衛隊から、追加の報告が入りました」


「またか」


「はい。ただ、その……妙な内容であります」


 兵は書類を差し出した。


 東はそれを受け取った。


 最初は、いつもの戦闘報告だった。


 敵機多数。

 輸送船団襲撃。

 味方被害。

 敵機撃墜。


 そこまでは、珍しくない。


 だが、途中から文面の調子が変わっていた。


 護衛機および船団乗員の複数名が、単機の零戦を確認。


 その零戦は、敵編隊へ単独で突入。


 極めて高い速度で敵機を撃破。


 多数の敵機を撃墜し、輸送船団の損害拡大を阻止。


 船団内では、その機体を守護神と呼称する者あり。


 東の眉が動いた。


「守護神……」


 噂は聞いていた。


 どこからともなく現れ、敵機を叩き落として去っていく零戦。


 米軍はそれを、幽霊のような機体として恐れているらしい。


 味方の兵たちは、守護神と呼び始めている。


 戦場では、そういう話が生まれる。


 誰かが生き残るために、何かを信じたがる。


 東は最初、そう考えていた。


 だが、次の一文で目が止まった。


 当該零戦には左翼に補修痕あり。


 東の指が、紙の上で止まった。


 左翼の補修痕。


 それは、三上の機体にもあった。


 以前、着陸時に無理をして傷を入れた。


 大きな損傷ではなかったが、補修跡は残った。


 東はその時、三上を怒鳴りつけた。


『機体はお前一人のものではない。整備兵の命も乗っていると思え』


 三上は唇を噛んでいた。


『申し訳ありません』


『謝る相手は俺ではない。機体だ』


 その後、三上は整備兵に頭を下げに行った。


 不器用な男だった。


 だが、そういうところは真っ直ぐだった。


 東は報告書の続きを読んだ。


 機体番号についても、三上慎一少尉搭乗機と一致する可能性あり。


 部屋の中の音が、すっと遠くなった。


 東は紙を見つめたまま、しばらく瞬きを忘れた。


「……どういうことだ」


 声は低かった。


 兵は答えられなかった。


「三上の機体は、失われたはずだ」


「はい」


「三上も、未帰還のはずだ」


「はい」


「では、なぜその機体が飛んでいる」


 兵は黙った。


 答えなど持っているはずがなかった。


 東はもう一度、報告書を読んだ。


 左翼の補修痕。

 機体番号の一致。

 単機での敵編隊撃破。

 異常な速度。

 守護神。


 紙の上の文字は、どれも現実味がなかった。


 だが、戦場の報告は、時に現実味のないものほど真実に近いことがある。


 東は椅子にもたれなかった。


 背筋を伸ばしたまま、静かに息を吐いた。


 三上慎一。


 死んだはずの部下。


 帰らないはずの若者。


 その機体が、まだ空を飛んでいる。


 しかも、兵たちを守ったという。


「三上……」


 東は、机の上の戦死報告に目を戻した。


 空白の一行が、そこに残っていた。


 書くべき言葉は決まっていた。


 だが、もう書けなかった。


 筆先の墨が、乾きかけていた。


 東はゆっくりと筆を置いた。


「この報告を、詳しく集めろ」


「はっ」


「船団の証言、護衛機の記録、整備兵が覚えている機体の特徴、すべてだ」


「はっ」


 兵が出ていく。


 部屋には、また静けさが戻った。


 東は戦死報告の紙を見つめた。


 その紙の向こうに、若い三上の顔が浮かんでいた。


 叱られても食らいついてきた顔。


 不安を隠しながら飛ぼうとした顔。


 母の話をするときだけ、少し少年に戻った顔。


 あの三上が、守護神と呼ばれている。


 信じられなかった。


 だが、もし本当にそうなら。


 東は、机の端を強く握った。


「三上」


 今度の声は、問いかけに近かった。


「お前は、本当に死んだのか」


 窓の外で、遠く飛行機の音がした。


 東は顔を上げた。


 空は、何も答えなかった。

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