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不時着した零戦を改造して歴史を変える?不死の体を得た俺は第二次世界大戦を無双する。  作者: よみ はじめ
守護神誕生編

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痛撃

第三十四話 痛撃


夜明け前の海は、まだ黒かった。


月明かりは薄い雲に隠れ、水平線は闇の中に沈んでいる。


その暗い海面すれすれを、米軍機の編隊が低く飛んでいた。


誰も無線を使わない。


エンジン音だけが、海の上を押し殺したように流れていく。


彼らが目指しているのは、日本軍の主力艦隊ではなかった。


まして、Phantomとの決戦でもない。


狙いはもっと地味で、もっと脆い場所だった。


補給線。


前線へ燃料と弾薬を運ぶ輸送船団。


そして、その船団を支える小さな集積地と飛行場。


そこを叩けば、戦艦は動けず、航空隊は飛べず、兵は飢える。


英雄を倒す必要はない。


英雄が守るべきものを削ればいい。


米軍機は雲の影から滑り出るように、低空のまま進んだ。


海面のすぐ上を飛ぶ機体が、白い飛沫を後方へ引いている。


やがて、前方に小さな影が見えた。


日本軍の輸送船団だった。


見張り員が異変に気づいたのは、その直後だった。


「敵機!」


叫び声が上がる。


だが、遅かった。


夜明け前の暗さ。


低空侵入。


無線封鎖。


そして、別海域で行われていた牽制作戦。


日本軍の注意は、完全にそちらへ引き寄せられていた。


最初の爆弾が、輸送船のすぐ横に落ちた。


海面が白く炸裂し、船体が大きく傾く。


次の瞬間、別の機が低く突っ込み、機銃弾が甲板をなぎ払った。


「対空戦闘用意!」


怒号が飛ぶ。


高角砲が空を向き、機銃座の兵が慌てて銃把を握る。


だが、米軍機は低すぎた。


暗すぎた。


そして速すぎた。


火線が夜明け前の空を切り裂く。


その中を、米軍機は散るように飛び、また集まるように戻ってくる。


一隻の輸送船に魚雷が命中した。


鈍い爆発音。


船腹が裂け、積まれていた燃料に火が回る。


炎は一瞬で甲板を飲み込み、黒い煙が空へ立ち上った。


その煙が、夜明けの空に最初の傷をつけた。


別の船では、弾薬が誘爆した。


甲板が持ち上がり、船体の中央から火柱が噴き上がる。


海に投げ出された兵が、燃える油を避けようともがく。


護衛艦が必死に進路を変え、煙幕を張ろうとする。


しかし、米軍機はその護衛艦も見逃さなかった。


爆弾が艦尾近くに落ちる。


水柱が上がり、舵が効かなくなった艦が、ゆっくりと円を描き始めた。


「通信! 救援要請を出せ!」


「すでに送っています!」


「航空隊はどうした!」


「牽制方面に向かっています! こちらには間に合いません!」


その言葉を聞いた指揮官の顔から、血の気が引いた。


間に合わない。


その事実だけが、煙と炎の中で重くのしかかった。


一方、前線飛行場にも攻撃隊が迫っていた。


飛行場の兵たちは、別方面の敵情に気を取られていた。


夜明けとともに哨戒機を上げる予定だったが、その前に米軍機が来た。


低空から現れた機影が、滑走路脇の燃料集積所へ突っ込む。


爆弾が落ちた。


次の瞬間、朝焼けよりも早く、巨大な炎が立ち上がった。


ドラム缶が吹き飛び、整備中だった機体が炎に包まれる。


「消火班!」


「弾薬庫を守れ!」


「機体を出せ! 燃えるぞ!」


叫び声が重なり合う。


だが、火は早かった。


油を吸った地面を舐めるように広がり、格納庫の一部へ燃え移る。


滑走路には破片が散らばり、離陸しようとしていた機体の脚が弾けた。


空へ上がる前に、飛行機は飛べなくなった。


米軍機は長居しなかった。


爆弾を落とし、機銃掃射を終えると、すぐに散開して離脱する。


Phantomが来る前に。


いや、Phantomが来るかどうかなど分からない。


それでも彼らは、最初から相手をするつもりがなかった。


任務を終えたら逃げる。


それだけだった。


やがて、米軍機の姿は朝の雲の向こうへ消えていった。


残されたのは、燃える船団と、黒煙を上げる飛行場だった。


日本軍の損害報告は、次々と流れ始めた。


輸送船、複数撃沈。


護衛艦、損傷。


燃料集積所、炎上。


前線飛行場、一時使用不能。


弾薬、燃料、部品、多数喪失。


だが、その通信は混乱していた。


どこが本命だったのか。


どこにどれだけの敵が来たのか。


なぜ事前に察知できなかったのか。


誰にも分からなかった。


未来基地で最初に異変に気づいたのは、美希だった。


「……おかしい」


端末の前で、美希が小さく呟いた。


はるみが顔を上げる。


「どうしたの?」


「通信量が急に増えています。日本軍側です。複数地点から損害報告」


「損害?」


京子がすぐに美希の背後へ回った。


画面には、断片的な情報が次々と流れていた。


船団攻撃。


火災。


飛行場被害。


燃料喪失。


救助要請。


美希の顔色が変わった。


「嘘……これ、もう攻撃が終わっています」


幸雄が低く言った。


「終わってる?」


「はい。敵の攻撃通信はほとんど拾えていません。米軍側は極端に無線を抑えています。日本軍の悲鳴だけが、後から入ってきてる」


室内の空気が凍った。


京子はしばらく画面を見つめていた。


そして、静かに言った。


「慎一さんを呼んでください」


その頃、慎一は格納庫の脇で零戦を見ていた。


前日の戦闘で酷使した機体は、すでに整備を終えている。


いつもの零戦。

左翼の古い補修痕だけを残した、慎一の機体。


そこ知れない能力を秘めた機体。


その機体を見ていると、幸雄が早足でやって来た。


「慎一」


声だけで、何かが起きたと分かった。


「どうした」


「やられた」


慎一は眉を寄せた。


「どこで」


「複数だ。船団と前線飛行場。米軍の攻撃だ。こっちが気づいた時には、もう終わってた」


慎一は一瞬、言葉を失った。


昨日、自分は五十機を相手にした。


輸送船団を守った。


米軍を混乱させた。


Phantomという名を、敵の頭に刻み込んだ。


そのはずだった。


だが、米軍は止まっていなかった。


慎一のいない場所を叩いた。


慎一が飛んでいない空を使った。


「……損害は」


「大きい」


幸雄は短く答えた。


「燃料もやられてる。飛行場も一部使えない。船も沈んだ」


慎一は拳を握った。


「俺は、何をしてたんだ」


幸雄はすぐには答えなかった。


その問いに、簡単な慰めなど意味がないことを知っていた。


慎一は零戦を見た。


この機体は強い。


速い。


敵を圧倒できる。


だが、一機だ。


どれほど速く飛んでも、同時に二つの場所には行けない。


どれほど敵を落としても、見えない作戦までは撃てない。


格納庫に、京子が入ってきた。


その後ろに、はるみと美希もいる。


美希は端末を抱えたまま、唇を噛んでいた。


「ごめんなさい」


美希が言った。


慎一は振り返る。


「何で謝る」


「拾えませんでした。米軍の本命通信を。牽制の動きは見えていたのに、本命が見えなかった」


京子が静かに続ける。


「米軍は無線を抑えていました。作戦目標も分散していたようです。こちらが解析できた時には、すでに攻撃後でした」


慎一は目を閉じた。


それは、誰か一人の失敗ではなかった。


米軍が上手かったのだ。


Phantomを恐れながら、それでもPhantomに囚われなかった。


慎一を倒すのではなく、慎一が守れない場所を攻めた。


「やられたな」


慎一は低く言った。


幸雄が頷く。


「ああ。完全にやられた」


しばらく誰も口を開かなかった。


格納庫の中には、零戦の金属の匂いと、整備油の匂いだけが漂っている。


はるみが、小さな声で言った。


「でも、慎一さんのせいじゃありません」


慎一は目を開けた。


「分かってる」


そう言った。


だが、本当に分かっているかどうかは、自分でも分からなかった。


戦えば勝てる。


それは確かだ。


だが、勝った場所の外側で、負けている。


その現実が、慎一の胸に重く沈んだ。


京子が慎一を見た。


「これから考えましょう」


慎一は京子を見る。


京子の声は落ち着いていた。


怒りでも、焦りでもない。


ただ、今起きたことを受け止めた声だった。


「Phantomが現れれば勝てる。米軍は、そう考えなくなりました。ならば、私たちも同じです」


「同じ?」


「慎一さん一人が飛べば何とかなる。そう考えてはいけない、ということです」


その言葉は、厳しかった。


だが、必要だった。


慎一は零戦を見上げた。


守護神。


米軍が恐れるPhantom。


だが、それだけでは足りない。


この戦争は、一機の零戦だけで終わるほど軽くない。


「分かった」


慎一は静かに言った。


「次からは、こっちも考え方を変える」


幸雄が腕を組む。


「どう変える」


慎一は少し黙った。


そして、ゆっくりと言った。


「敵を落とすだけじゃ駄目だ。敵が何を狙うかを先に潰す」


美希が顔を上げた。


はるみも、京子も慎一を見る。


慎一の目には、まだ迷いが残っていた。


だが、その奥に、別の火が灯り始めている。


五十機を相手にした時の火ではない。


もっと低く、もっと静かな火だった。


「米軍は俺を避けた」


慎一は言った。


「なら、次は避けられないようにする」


格納庫の奥で、零戦が静かに佇んでいる。


その姿は、昨日と変わらない。


だが、慎一の中で何かが変わっていた。


空で勝つだけでは駄目だ。


守るとは、敵を撃ち落とすことだけではない。


米軍の見えない作戦は、日本軍に大きな傷を残した。


そして同時に、慎一にも傷を残した。


それは機銃弾よりも深い傷だった。


戦争は、まだ終わらない。

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