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不時着した零戦を改造して歴史を変える?不死の体を得た俺は第二次世界大戦を無双する。  作者: よみ はじめ
守護神誕生編

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肉は残ってるか

第二十五話 肉は残ってるか


改造零戦が未来基地へ戻ってきた時、外はすでに暗くなり始めていた。


遠くから、栄エンジンの音が近づいてくる。


「来た!」


はるみが声を上げた。


京子、美希、幸雄も外へ出る。


薄闇の空から、一機の零戦が姿を現した。


慎一は速度を落とし、発着場の手前で空間磁気コイルのスイッチを入れた。


機体がふわりと沈み方を変える。


零戦は車輪を出さないまま、基地前のブッシュの上を滑るように進んだ。


草の先端が風圧で倒れ、機体の下を流れていく。


やがて零戦は、着陸点の真上でぴたりと止まった。


そこで初めて主脚が降りる。


慎一は出力を絞った。


機体は、まるで誰かにそっと下ろされるように、静かに降下した。


主脚が地面に触れる。


わずかな揺れ。


それだけだった。


プロペラの回転が落ち、栄エンジンの音が静かに消えていく。


慎一は風防を開けた。


「おう」


京子は機体の下へ駆け寄った。


まず、慎一の顔を見る。


「……無事なんですね」


「ああ。見ての通りだ」


京子は小さく息を吐いた。


その肩から、ほんの少しだけ力が抜ける。


美希が端末を見た。


「生体反応、安定しています。機体損傷も軽微です」


はるみが胸に手を当てた。


「よかった……」


幸雄は零戦の下を覗き込んだ。


「しかし慎一、今の降り方、相変わらず無茶苦茶だな」


「滑走路がないんだから仕方ないだろ」


「仕方ないで片付けるな。普通の零戦はブッシュの上で止まらん」


「普通じゃないからな」


慎一はそう言って、操縦席から降りた。


その時、ふと鼻を動かす。


「肉の匂いがするな」


京子は一拍だけ黙った。


「……戻ってきて、最初にそれですか」


「焼いてただろ」


「焼いていましたけど」


「まだ残ってるか?」


はるみが少し笑った。


「ありますよ。一応、火は弱めてあります」


「よし」


慎一は頷いた。


幸雄が呆れたように笑う。


「おい慎一。戦闘帰りの第一声が肉かよ」


「腹減ったしな」


「まあ、それは分かる」


京子は幸雄を見る。


「幸雄」


「いや、分かるだろ。帰ってきたんだ。まず食わせてやれ」


京子は少し困ったように慎一を見た。


報告は必要だった。


確認しなければならないこともある。


だが、慎一は無事に帰ってきた。


今はそれだけで、少しだけ息をついてもいいのかもしれない。


「……分かりました。食べながら聞きます」


「それでいい」


慎一は焼肉の方へ歩き出した。


基地の外では、まだ小さな火が残っていた。


鉄板の上で、肉がじゅうじゅうと音を立てている。


慎一はトングを取った。


「危ないところだったな」


京子が横から言う。


「肉の話ですよね」


「他に何がある」


「あります。山ほどあります」


「じゃあ肉を食いながら聞く」


慎一は皿に肉を乗せた。


はるみがタレの皿を差し出す。


「どうぞ」


「ありがと」


慎一は肉を口に入れた。


少し噛んで、頷く。


「うまいな」


はるみの顔が明るくなる。


「よかったです」


「ちょっと焼きすぎだけどな」


「それは慎一さんがなかなか戻ってこないからです」


「そりゃ悪かった」


慎一は悪びれずに言った。


幸雄も肉を一切れ取った。


「まあ、これはこれで悪くない」


「幸雄、あなたまで」


京子が言うと、幸雄は肩をすくめた。


「腹が減ってると、まともな話もできんだろ」


その時、美希が少しだけ周囲を見回した。


そして、小さく手を上げる。


「あの……実は、ビールがあるんですけど」


慎一の動きが止まった。


幸雄の動きも止まった。


京子も美希を見た。


「美希?」


美希は少し気まずそうに笑った。


「前に物資保管庫を整理した時に、飲料類がいくつか残っていて……その、冷却庫に入れておいたんです」


慎一は即答した。


「飲む」


京子が振り返る。


「早いです」


「飲むだろ」


幸雄も身を乗り出した。


「おい美希、いつからそんな物あったんだ。最初から出せよ」


美希は苦笑した。


「出す機会がなかったので」


「焼肉してる時点で機会だろ」


「まあ、そうですね」


はるみが嬉しそうに言った。


「じゃあ持ってきますね」


京子は少しだけ迷った。


「待ってください。慎一さんは戦闘直後です」


慎一は肉を噛みながら言う。


「だから飲むんだろ」


「そういう理屈ですか」


「生きて帰ったんだからな」


その一言で、京子は黙った。


冗談のように聞こえる。


だが、冗談だけではなかった。


戦場では、生きて帰ることが何より難しい。


生きて帰った者が、肉を食い、ビールを飲む。


当たり前のことだ。


だがその当たり前が、戦争の中では当たり前ではない。


京子は息を吐いた。


「……一本だけです」


慎一は笑った。


「二本でもいいぞ」


「一本です」


幸雄が横から言う。


「俺は?」


「幸雄も一本です」


「けちだな」


「管理上の問題です」


「焼肉の場で管理とか言うなよ」


美希が冷却庫から缶ビールを持ってきた。


金属の表面に、白く冷気がついている。


慎一はそれを受け取ると、しばらく缶を見た。


「未来のビールか」


美希が首を振った。


「いえ、復元品です。味は二十一世紀の一般的なビールに近いはずです」


「それで十分だ」


慎一はプルタブを開けた。


ぷしゅっ、と小さな音がした。


その音だけで、幸雄が嬉しそうに笑った。


「いい音だな」


「分かってるな」


慎一が言う。


「分かるに決まってるだろ」


二人は缶を軽く合わせた。


「帰還祝いだな」


幸雄が言う。


慎一は頷いた。


「帰ってきたからな」


缶ビールを一口飲む。


慎一はしばらく黙った。


そして、ゆっくり言った。


「うまい」


はるみが笑った。


「よかったです」


京子はその様子を見ていた。


米軍も日本軍も、今ごろ騒ぎになっているはずだ。


Phantom。


三上の零戦。


生きて帰ったP-40。


助けられた日本軍機。


未来は、確実に揺れている。


それなのに、ここでは肉が焼け、缶ビールの音がしていた。


その落差が、京子には少しだけ不思議だった。


そして少しだけ、救いでもあった。


美希が端末を持ったまま慎一を見る。


「それで、状況を確認してもいいですか?」


「いいぞ」


慎一は肉をもう一枚取った。


「P-40が四機。日本軍の零戦二機を追ってた。一機はかなり傷んでたな」


京子が静かに頷く。


「やはり、救援が必要な状態だったんですね」


「ああ。あのままだと落とされてた」


「それで接近した」


「そうだ」


幸雄がビールを飲みながら言う。


「で、米軍機は逃げたわけか」


「逃げたというか、散ったな」


「Phantomだと思ったんだろうな」


慎一は少しだけ眉を上げた。


「もうそんな名前になってるのか」


美希が端末を見た。


「米軍側では既に類似報告が複数あります。正式名称ではありませんが、現場ではそう呼ばれ始めているようです」


「幽霊ねえ」


慎一は缶を見た。


「俺は生きてるぞ」


幸雄が笑った。


「中身はな」


「おい」


「いや、三上慎一の体に仲川一登が入ってる時点で、十分幽霊みたいなもんだろ」


慎一は少し考えた。


「まあ、否定はしにくいな」


はるみが困ったように笑った。


「自分で納得しないでください」


京子は慎一を見つめた。


「敵機は、撃墜できたんですよね」


慎一は頷いた。


「ああ」


「でも撃たなかった」


「撃つ必要がなかった」


「目的は、二機の救援だったからですか」


「そうだ」


慎一は肉をタレにつけた。


「追う気をなくせば、それでいい」


幸雄が頷く。


「まあ、落とすよりは面倒が少ないかもな」


京子は少し考えた。


「ですが、逃がしたことで、また攻撃してくる可能性があります」


「その時は、その時だ」


「今回落としておけば、その可能性は減りました」


慎一はビールを一口飲んだ。


「増える可能性もあるだろ」


京子は目を細める。


「どういう意味ですか」


「四機全部落としたら、米軍は本気で調べる。何が何でも落とそうとする。こっちの情報を集める。もっと大きな部隊を出す」


「……」


「でも今回は、四機とも帰った」


「はい」


「向こうは悩むだろ」


幸雄が眉を上げた。


「何をだ」


「何で生きてるのか、ってな」


火の音だけがした。


慎一は続ける。


「撃てたのに撃たなかった。それを見た奴が帰れば、次にこっちを見た時、考えるだろ」


京子が問う。


「何をですか」


「撃ってくるのか、撃ってこないのか」


慎一は鉄板の上の野菜をひっくり返した。


「人間、分からないものが一番怖い」


幸雄が小さく笑った。


「お前、たまに妙に怖いこと言うよな」


「そうか?」


「そうだよ」


京子は黙って慎一を見ていた。


この男は、ただ敵を倒しているのではない。


敵に考えさせている。


本人にそこまで明確な計算があるのかは分からない。


だが結果として、米軍の判断には揺らぎが生まれる。


美希が端末を操作した。


「慎一さん、ひとつ確認があります」


「なんだ」


「問題は、P-40を識別したことではありません」


「ん?」


「撃てる距離まで接近すれば、機種の識別は可能です。異常なのは、その前です」


慎一は肉を噛みながら首を傾げた。


「前?」


「最初に敵機を確認した距離です。こちらの光学補正が確定する前に、慎一さんは敵機の数、追撃状況、被弾機の動き、そしてP-40である可能性まで判断していました」


幸雄が横から言った。


「つまり、見えてた場所がおかしいってことだな」


「そうです」


慎一は少し考えた。


「見えたんだから仕方ないだろ」


幸雄は呆れたように笑った。


「それで済ますなよ」


京子は静かに言った。


「三上慎一の身体能力が、さらに変化している可能性があります」


慎一は鉄板の上の肉をひっくり返した。


「便利ならいい」


京子は眉を寄せる。


「またそれですか」


「不便なら困るだろ」


幸雄が苦笑した。


「まあ、慎一らしいと言えば慎一らしいな」


「そうか?」


「ああ。道具箱に入ってたら、とりあえず使うタイプだろ、お前」


「使えそうなら使う」


「ほらな」


京子は小さく息を吐いた。


未来コンピューターは、なぜ仲川一登を選んだのか。


京子たちは、その答えを知らない。


選定理由は、計算結果としてしか提示されなかった。


三上慎一の体。


仲川一登の人格。


この組み合わせが、未来を変える最適解。


それだけだった。


だが今、京子は少しだけ分かり始めていた。


この男は、戦争を戦争としてだけ見ていない。


空戦を空戦としてだけ見ていない。


壊れた機械を見るように、原因を探している。


目の前の問題を、どこから直せばいいか考えている。


だから、敵を全部落とすとは考えない。


必要なところだけ触る。


最小限で流れを変える。


京子は低く言った。


「今日の行動で、米軍の行動予測に変化が出ています」


「だろうな」


「分かっていたんですか」


「四機帰したからな」


「そこまで考えて?」


慎一は少し笑った。


「さあな」


「慎一さん」


「考えてたような、考えてなかったようなもんだ」


「それが一番困ります」


「現場ってのはそんなもんだ」


慎一は皿の上に肉をもう一枚乗せた。


「全部考えてから動いてたら、間に合わん」


京子は何も言えなかった。


その言葉には、未来コンピューターにはない重さがあった。


未来は計算できる。


だが現場は待ってくれない。


判断は、いつも不完全な情報の中で下される。


慎一は、それを当たり前のものとして受け入れている。


未来基地の外は、もう夜だった。


空には星が出始めている。


遠くの海は暗い。


その海の向こうでは、米軍がPhantomの報告書を書いている。


別の場所では、日本軍の搭乗員が三上の零戦を見たと語っている。


だがここでは、肉が焼けていた。


幸雄が肉を焼きながら言った。


「でも慎一」


「なんだ」


「次は、本当に撃たないといけない場面が来るかもしれんぞ」


慎一は箸を止めた。


少しだけ空気が変わる。


肉の焼ける音だけが聞こえた。


慎一はゆっくりと答えた。


「その時は撃つ」


京子たちは黙った。


慎一の声は軽くなかった。


「必要なら撃つ。必要ないなら撃たない。ただそれだけだ」


夜風が草を揺らした。


誰も、それ以上は言わなかった。


やがて慎一は、止めていた箸を再び動かした。


「で、肉はまだあるか?」


はるみが笑う。


「あります」


慎一は頷いた。


「よし」


京子はその横顔を見た。


この男は、軽いのか重いのか分からない。


冗談を言っているのか、本気なのか分からない。


だが一つだけ分かる。


未来コンピューターが選んだ答えは、単なる偶然ではない。


仲川一登。


三上慎一の体に入った、六十六歳の何でも屋。


その男は今、焼肉を食べながら、少しずつ歴史を変えている。


本人にその自覚がどれほどあるのかは、誰にも分からない。


たぶん、本人にも分かっていない。


京子は小さく笑った。


「慎一さん」


「なんだ」


「次から、戦闘後は先に報告です」


「肉がなかったらな」


「肉があってもです」


「ビールもか?」


「ビールがあってもです」


幸雄が缶を掲げた。


「それは厳しいな」


京子は笑わなかったが、声だけは少し柔らかかった。


「厳しくします」


慎一は笑った。


「じゃあ、次も生きて帰ったら考える」


その言葉に、京子の表情が一瞬だけ止まった。


慎一は気付かなかったふりをして、肉を口に入れた。


夜の未来基地に、肉の焼ける匂いと、缶ビールの小さな音が漂っている。


戦場ではPhantomと呼ばれ始めた零戦の乗り手は、そこで普通に腹を満たしていた。


そしてその普通さこそが、京子には少しだけ恐ろしく、少しだけ頼もしかった。

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