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不時着した零戦を改造して歴史を変える?不死の体を得た俺は第二次世界大戦を無双する。  作者: よみ はじめ
守護神誕生編

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Phantom

第二十三話 Phantom


ブースターが入った。


次の瞬間、零戦の機体が前へ押し出された。


栄エンジンの音が一段低く沈み、そこへ別の振動が重なる。


それはプロペラの音ではない。


空気を押す音でもない。


機体の奥で、見えない力が噛み合い、空間そのものを後ろへ蹴ったような加速だった。


慎一の背中が、操縦席へ押し付けられる。


「おお」


思わず声が漏れた。


何度使っても、これは普通ではない。


零戦は速い。


だが零戦の速さには、飛行機としての限界がある。


栄エンジンが回り、プロペラが空気を掴み、翼が揚力を生む。


その範囲の中で、機体は速くなる。


だがブースターは違った。


零戦の形をした何かが、零戦の常識を踏み越えていく。


夕暮れの海が、視界の下で一気に後ろへ流れた。


通信に美希の声が入る。


『速度、上昇中。通常巡航域を超えています』


「分かってる」


『敵機との距離、急速に縮小』


「それも分かる」


慎一は前方を見た。


まだ点にしか見えないはずの空域。


だが、見えた。


夕暮れの海の上に、黒い点が六つ。


二つが逃げている。


四つが追っている。


そのうち、逃げている二機の一つは、少し高度が安定していない。


左へ流れる。


戻す。


また沈む。


機体が傷んでいる。


「……見えるな」


慎一は目を細めた。


見える。


見え過ぎる。


敵機の配置どころか、動きの癖まで見えた。


追っている四機は、少し重い。


零戦のように軽く回る機体ではない。


機首が長い。


翼の形も違う。


一登の記憶が、その輪郭に名前を付けた。


「ありゃあ、P-40だな」


言ってから、仲川一登は少しだけ自分に引いた。


「……なんで見えるんだよ」


通信の向こうで、はるみが息を呑む音がした。


『見えるんですか?』


「ああ。見える」


美希の声が続く。


『まだ光学補正なしでは識別困難な距離です』


「だろうな」


慎一は前方から目を離さない。


「P-40だ。零戦より少し速いから、苦戦してたんだな」


一瞬、管制室が静かになった。


京子の声が低く入る。


『慎一、機種まで確認できるんですか』


「見えちまったんだから仕方ないだろ」


『あなたの視力は、三上慎一の身体能力に含まれている可能性があります』


「便利だな」


慎一は苦笑した。


「でもな、自分の目が良すぎるってのは、ちょっと気持ち悪いぞ」


その頃、追う側の米軍機四機は、獲物を仕留める直前だった。


P-40E、ウォーホーク。


頑丈な機体。


急降下に強く、速度もある。


旋回戦になれば零戦に分があるが、傷つき、高度を失った零戦を追うには十分だった。


先頭の米軍機の操縦士は、照準器の中でふらつく零戦を見ていた。


「もう少しだ」


無線に声が走る。


『右のZero、煙を引いている』


『逃がすな。高度を落とさせろ』


『了解』


四機は、逃げる二機を扇のように追い詰めていた。


獲物は弱っている。


あと少しで届く。


誰もがそう思っていた。


その時だった。


後方警戒の声が、無線に割り込んだ。


『後方より機影!』


隊長機の操縦士が眉をひそめる。


『何だ?』


『単機。高速で接近!』


『味方か?』


『違います! 速い!』


『機種は?』


短い沈黙。


次に返ってきた声は、明らかに震えていた。


『Zeroです!』


『馬鹿な。Zeroが後ろから追いつくか!』


『しかし見えます! Zeroです!』


別の機から、叫びに近い声が飛んだ。


『気をつけろ! あれは噂のPhantomかもしれん!』


無線の空気が変わった。


さっきまで獲物を追っていた四機の中から、余裕が消えた。


Phantom。


米軍内で噂になっている、所属不明の零戦。


あり得ない速度で現れ、あり得ない火力で敵機を消し、そして消える。


本当に存在するのか。


誰も確証は持っていない。


だが、見た者はいた。


生き残った者もいた。


そして彼らは、同じことを言った。


あれは零戦ではない。


零戦の皮を被った幽霊だ。


隊長機が叫ぶ。


『前は放っておけ! 散開しろ!』


四機のP-40が、左右へ割れた。


獲物を追っていた編隊が、崩れる。


追うためではなく、避けるために。


一方、逃げていた日本軍機の操縦士は、何が起きたのか分からなかった。


被弾した僚機をかばいながら、必死で機体を揺さぶっていた。


後ろには米軍機四機。


こちらは二機。


このままでは、どちらかが落ちる。


いや、両方落ちるかもしれない。


そう思った瞬間。


背後の敵機が離れた。


「ん?」


操縦士は思わず声を漏らした。


「どうした?」


無線から僚機の声が入る。


『あいつらが離れていくぞ!』


「諦めたのか?」


『違う、散ってる。何かを避けてるんだ』


「何をだ」


操縦士は振り返ろうとした。


その時、僚機が叫んだ。


『後ろだ!』


「後ろ?」


操縦士は機体を少し傾け、背後の空を見た。


夕暮れの赤い光の中から、一機の零戦が来ていた。


零戦。


確かに零戦に見える。


だが、速度がおかしい。


距離が詰まる速さが、零戦ではなかった。


「味方……なのか?」


『分からん』


僚機の声も震えている。


『だが、あんな速度で飛ぶ零戦があるか』


操縦士は息を呑んだ。


夕暮れの空を裂くように、謎の零戦が迫ってくる。


その機体は、米軍機を追っているようにも見えた。


いや。


米軍機が、その機体から逃げている。


「何なんだ、あれは」


その声は、無線にも乗らず、操縦席の中に消えた。


慎一は、散っていくP-40を見ていた。


「お、散ったな」


美希の声が入る。


『敵機、編隊を解きました』


「見えてる」


『こちらの接近に反応したようです』


「米軍にも噂が回ってるんだろうな」


『噂?』


「さあな」


慎一は少しだけ笑った。


「俺は知らん」


四機のP-40は、左右へ散開した。


二機は上へ。


一機は左へ逃げる。


残る一機は、日本軍機を追いながら、まだ攻撃の機会を狙っていた。


「欲張りな奴がいるな」


慎一はその一機を見た。


速度はある。


だが、重い。


旋回に入る前の癖が見える。


慎一の目には、P-40の機首がわずかに振れる瞬間まで見えていた。


「……いや、だから見え過ぎだって」


一登はもう一度、自分の身体に呆れた。


けれど、驚いている時間はない。


傷ついた零戦は、まだ落ちかけている。


P-40の一機が、その後ろへ入ろうとしていた。


「まずはそいつか」


慎一は機首をわずかに下げた。


ブースターはまだ効いている。


速度は乗っている。


だが速すぎる機体は、扱いを間違えると獲物を通り過ぎる。


慎一はスロットルを少し戻した。


速度を殺し過ぎず、角度だけを合わせる。


P-40の背後。


わずかに上。


撃つには十分な位置へ入る。


照準器の中に、P-40の尾翼が滑り込んだ。


日本軍機の操縦士は、その瞬間を見ていた。


謎の零戦が、信じられない速度で米軍機の後ろへ入る。


速すぎるのに、動きが乱れない。


まるで最初からそこへ行くと決めていたように、機体が収まる。


「入った……」


僚機が呟いた。


その声には、恐怖よりも驚きが強かった。


慎一は照準器の中のP-40を見た。


撃てる。


だが、ここで撃墜する必要はない。


目的は救援。


必要最小限。


京子の言葉が頭をよぎる。


「壊さずに追い払えってか」


慎一は口元を歪めた。


「難しい注文だな」


米軍機の操縦士は、背後に入られたことに気付いた。


『後ろにつかれた!』


『逃げろ!』


『Phantomだ!』


無線が混乱する。


慎一はトリガーに指を掛けた。


だが、押し込まなかった。


代わりに機体をわずかに横へずらし、P-40のすぐ後方をかすめるように位置を取る。


P-40の操縦士の視界に、零戦の機影が一瞬だけ映った。


近い。


近すぎる。


次の瞬間、慎一は機首をわずかに振った。


機銃が短く鳴る。


弾丸はP-40の翼端をかすめ、海へ消えた。


当ててはいない。


だが、当てられる距離だった。


P-40の操縦士は、それを理解した。


『撃たれた!』


『被弾したのか?』


『いや、外した! 外したが、あいつ、わざとだ!』


隊長機の声が飛ぶ。


『全機離脱! 繰り返す、全機離脱!』


四機のP-40が、完全に日本軍機から離れた。


追撃は終わった。


日本軍の二機は、まだ空にいた。


慎一はそれを確認して、ゆっくり息を吐いた。


「間に合ったな」


通信の向こうで、はるみが安堵の息を漏らす。


京子の声が入った。


『味方機、二機とも生存』


「よし」


『敵機は離脱を開始』


「追うか?」


少しの沈黙。


京子が答える。


『必要ありません。目的は達成しました』


「了解」


慎一はP-40の背中を見送った。


米軍機は散り散りに逃げていく。


彼らは今日、幽霊を見たことになる。


見たのは、ただの零戦ではない。


追いつけないはずの零戦。


撃てるのに撃たなかった零戦。


そして、次に会えばどうなるか分からない零戦。


米軍の無線は、しばらく混乱したままだった。


日本軍機の操縦士は、まだ理解できずにいた。


助かった。


それは分かる。


だが、何に助けられたのかが分からない。


無線に僚機の声が入る。


『あれは味方なのか』


操縦士は、遠ざかる謎の零戦を見つめた。


夕暮れの空の中で、その機影は少しずつ小さくなっていく。


「分からん」


彼は正直に答えた。


「だが、助けられた」


慎一は、二機の零戦がまだ飛んでいるのを確認した。


一機は傷ついている。


だが落ちてはいない。


「よし」


彼は操縦桿を軽く握り直した。


「帰るか」


その時、美希の声が入った。


『慎一さん』


「なんだ」


『先ほどの識別ですが、本当に肉眼でしたか』


「しつこいな」


『重要です』


慎一は苦笑した。


夕暮れの海を見下ろす。


さっきまで見え過ぎていた敵機の姿は、もう遠い。


だが、それでも見えている。


P-40の尾翼の向き。


逃げる角度。


高度の変化。


「まあ、見えるな」


『異常です』


「だろうな」


『自覚はありますか』


「今できた」


通信の向こうで、はるみが小さく笑った。


慎一も少し笑った。


仲川一登は、まだこの身体を分かっていない。


死なないだけではない。


見える。


反応できる。


耐えられる。


三上慎一の身体は、ただ不死身なだけではなかった。


そして、それを操っているのは、六十六歳の何でも屋だった。


慎一は、夕暮れの空を見た。


「しかしまあ」


彼は小さく呟く。


「目まで良くなるとはな」


その声は、エンジン音に混じって消えた。


遠くで、助けられた二機の零戦が、ゆっくりと進路を変えていた。


誰も知らない救援。


記録に残らない救援。


だがその日、二人の日本軍搭乗員は確かに見た。


夕暮れの海を裂いて現れた、あり得ない速度の零戦を。


米軍が恐れた名。


Phantom。


日本軍がまだ名を知らない味方。


そしてその操縦席では、一人の男が自分の目の良さに、今さら驚いていた。

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