基地の外で肉を焼く
第二十一話 基地の外で肉を焼く
未来基地の夕暮れは静かだった。今日は基地の皆んなが外に集まっている。
丘の外に折り畳み式のテーブルが置かれ、その横で炭火が赤くなっている。
金網の上では、厚切りの肉が脂を落としながら焼けていた。
「……本当に基地の外でやるとは思わなかったぞ」
幸雄が椅子を広げながら言った。
「中で焼いたら煙だらけになるだろ」
慎一はトングで肉を持ち上げ、裏側を確かめた。
「そういう意味じゃねえ」
その横で、美希が皿を持ったまま網を覗き込んでいる。
「もう食べられますか?」
「食えないことはないけど、まだ生だぞ」
「表は焼けてますよ」
「中が赤い。もう少し待て」
美希は残念そうに皿を引っ込めた。
「焼肉って、もっとすぐ食べられるものだと思ってました」
「薄い肉ならな。これは厚いから時間がかかる」
「慎一さん、ずいぶん慣れてますね」
はるみが野菜を皿に並べながら言った。
「六十六年も生いてりゃ、肉くらい焼ける」
その場の動きが止まった。
美希が皿を持ったまま慎一を見る。
幸雄も椅子を広げる手を止め
「……今、何歳って言った?」
「六十六」
「お前、じいさんじゃねえか」
「まだそこまでじゃない」
「十分だろ」
美希が慎一の顔をまじまじと見た。
「この顔で六十六歳と言われても、全然分かりません」
「体は三上慎一だからな。中身は仲川一登だ」
「それは聞いていましたけど……もっと、未来の軍人とか、特別な訓練を受けた人だと思ってました」
「俺は何でも屋だぞ」
「何でも屋?」
「木を切ったり、草を刈ったり、石垣積んだり、エアコンを付けたり、鉄屑を運んだり。頼まれたことを色々やる仕事だ」
美希の眉が寄った。
「それで、どうして零戦に乗ってるんですか?」
「俺が聞きたいわ」
幸雄が声を上げて笑った。
「未来を変える人間が来るって聞いてたのに、六十六歳の何でも屋か」
「だから俺も困ってるんだよ!」
慎一は焼けた肉を一枚、幸雄の皿へ置いた。
「ほら。これはもういいぞ」
幸雄はすぐに箸でつまみ、口へ入れた。
「あつっ!」
「あわてるなよ」
「俺は猫舌なんだよ」
「熱いのは当たり前だろ、今まで火の上にあったんだぞ」
はるみが笑い、美希もつられて口元を緩めた。
京子は少し離れたところで端末を持っていたが、画面よりも慎一たちを見ている時間の方が長かった。
「慎一さんは、昔から機械が好きだったんですか?」
はるみが尋ねた。
「好きだったな。子供の頃、ブリキの車を買ってもらっても、走らせるより先に中を見たくなった」
「もしかして、分解したんですか?」
「ああ」
「元に戻せたんですか?」
「二、三回はな。何度もやってると、留めてある爪が折れる」
美希が真顔で言った。
「それって、壊したって事ですよね」
「中を見てただけだ」
「壊しています」
「それで、どうなったんです?」
京子が聞いた。
「そのうち、買ってもらえなくなった」
幸雄がまた吹き出した。
「そりゃそうなるだろ」
「親の判断は正しかったですね」
美希が即座に続ける。
「お前ら、もう少し子供の好奇心を大事にしろ」
「毎回おもちゃを壊された親の気持ちも考えてください」
はるみは笑いながら、焼けた玉ねぎを取り分けていた。
「どんな高校に行ったんですか?」
「ああ。工業高校だ。機械科な」
幸雄が興味を示し、慎一の方へ顔を向けた。
「部活とかしてたのか?」
「機械工学同好会だ、そこでレーシングカートを作った」
「レーシングカート?」
「エンジンを積んだ小さい車だ。フロントは猫車のタイヤ、エンジンはヤマハメイト。タイロッドは旋盤で削った」
幸雄が興味深そうな顔になった。
「フレームは?」
「Xフレームだ、溶接も自分たちでやった」
「走ったのか?」
「走ったぞ。速くはなかったけどな」
「ブレーキは?」
「ちゃんと付けた、ディスクブレーキだ」
「ちゃんと、ってどの程度だ」
「踏めば止まる程度だ」
幸雄は少し考えてから、低く笑った。
「何でも屋になる前から、やってることは変わってねえな」
「そうか?」
「ある物を集めて、足りない物は作って、とりあえず動かすか、結構やるじゃねえか」
慎一は網の上の肉を返しながら、少しだけ考えた。
「まあ、そうかもしれんな」
京子が静かに言った。
「だから、あの零戦にも早く馴染めたのかもしれませんね」
「操縦したのは三上慎一の体だろ」
「それだけではないと思います」
京子はそれ以上言わず、焼けた肉へ目を向けた。
「私の分は、もう大丈夫ですか?」
「これはいいぞ」
慎一が肉を一枚、京子の皿に置いた。
「ありがとうございます」
美希は焼けた肉を口へ運ぶたびに目を丸くし、幸雄はカートの作り方をまだ細かく聞いている。
はるみは皿が空くたびに野菜や肉を配り、京子も端末をテーブルの端へ置いた。
慎一は炭を寄せ、火の弱い場所へ肉を移した。
「慎一さん」
はるみが声をかける。
「その名前で呼ばれるの、もう慣れましたか?」
慎一(一登)はトングを動かしながら答えた。
「まだ時々、誰のことかと思う」
「でも、呼ぶとちゃんと返事をしますよね」
「そりゃ、俺を見て呼んでるんだから返事はする」
はるみは少し笑った。
「じゃあ、だいぶ慣れてますね」
「そういうことになるのか?」
「なります」
慎一は首をかしげたが、それ以上は何も言わず、焼けた肉を皿へ移した。
「こっちはもういいぞ」
美希がすぐに皿を差し出す。
「私、それください」
「熱いぞ」
「大丈夫です」
「じゃあ取れ」
美希が肉を取ると、今度は幸雄が網の端にある厚い一枚を箸でつついた。
「これはもういいだろ」
「まだ中が赤いぞ」
「ずっと焼いてるじゃねえか」
「厚いからな」
「食えないことはないんだろ?」
「腹壊しても知らんぞ」
幸雄は伸ばしかけた箸を止めた。
「……もう少し待つ」
「そうしろ」
美希が口いっぱいに肉を頬張ったまま笑い、はるみも肩を揺らした。
京子は箸を握り直し、自分の皿を慎一の前へ差し出した。
「私も、次に焼けたものをお願いします」
「ああ」
慎一は新しい肉を網へ並べた。
炭がぱちりと弾ける。
夕暮れの未来基地の外では、肉の焼ける音と笑い声が広がっていった。




