111話 ハバナ港
ハバナ港
リチャード機が海面へ突っ込み、大きな水柱を上げた。
俺は一度だけその場所へ目を向け、すぐに残ったPhantom Hunterを探した。少し離れた上空にハーパーの機体がいる。仲間を落とされた直後だ。そのまま向かってくると思い、俺も機首をそちらへ向けた。
ところがハーパーは高度を保ったまま旋回すると、こちらへ来ずにエファテ島へ向きを変えた。
「逃げるのか?」
一瞬そう思ったが、すぐに違和感を覚えた。あの男はリチャードが撃墜されるところを最初から見ている。もう一度同じように突っ込んでくるとは思えない。
追うか迷っている間にも、Phantom Hunterは島へ向かって速度を上げていった。
ハーパーは操縦桿を握ったまま基地へ無線を入れた。
『エファテ管制、ハーパーだ。リチャードがやられた。青い零戦は健在だ』
一瞬、無線の向こうが静かになった。
『……了解。敵機の現在位置は?』
『西側海上。基地までそう遠くない。飛べる機体を全部上げろ。地上に残すな』
『全機ですか?』
『全部だ。戦闘機も爆撃機も空へ逃がせ。燃料車も退避させろ。急げ!』
管制から警報が流れ、ヴィラ飛行場が一斉に動き始めた。待機していた戦闘機のエンジンが次々と始動し、整備兵たちが機体を滑走路へ送り出す。大型のB-17にも搭乗員が駆け込み、地上では燃料車や弾薬運搬車が建物から離れていった。
ハーパーが島へ戻る頃には、最初の戦闘機が滑走路を離れていた。
『急げ! 青い零戦が来るぞ!』
エスピリトゥサントで何が起きたかは、ここにいる兵士たちも知っている。その一言だけで飛行場の動きがさらに速くなり、二機目、三機目の戦闘機が続けて空へ上がった。
俺がエファテ島へ近づいた時、最初に目に入ったのがその光景だった。
「なんだ?」
飛行場から次々と機体が離陸している。一機や二機ではない。戦闘機が間隔を詰めて滑走路を飛び立ち、その後ろでは大型機まで動き始めていた。
基地を攻撃しに来た俺の目の前で、米軍が飛行機をまとめて逃がしている。
「なるほどな」
さっきのPhantom Hunterが戻った理由がわかった。
俺と戦うより、基地へ知らせることを選んだのか。
上空では先に離陸した戦闘機が高度を取りながら散っていく。追えば何機かは落とせるだろうが、一機ずつ相手をしている間に残りは逃げてしまう。
飛行場へ向けていた機首を戻した。
「考えたな」
ハーパーは上空から青い零戦を見ていた。
来ない。
ヴィラ飛行場にはまだ離陸できていない機体が残っている。それなのに青い零戦は滑走路へ向かわず、海岸線の手前で進路を変えた。
『管制、敵機は?』
『飛行場西側を通過。攻撃してきません』
「通過?」
ハーパーは海面へ目を凝らした。
俺は海岸線に沿って機首を北西へ向けていた。
飛行機は逃げられる。
なら、逃げられないものを見ればいい。
エファテへ来る前に確認した地図を思い出す。ヴィラ飛行場のほかにも、この島には米軍の拠点がある。
ハバナ港。
水上機基地があり、PBYカタリナが運用されている。桟橋や整備施設、燃料設備もあるはずだ。飛行機を空へ逃がすことはできても、それを支える設備まで運び出すには時間がかかる。
「そっちを見てみるか」
高度を下げ、再び海面滑空へ入った。空間磁気コイルが機体を海面から一定の高さに支え、海岸線が右手を流れ始める。
ハーパーはその動きを追っていた。
『敵機、北西へ進路変更』
管制からの報告を聞いた瞬間、ハーパーが地図へ目を落とした。
「まずい」
『少佐?』
「ハバナ港だ。すぐに警告しろ! カタリナを上げろ。動かせる船も港から出せ!」
『了解!』
「急げ!」
ハーパーは操縦桿を倒し、海岸線へ向かって降下を始めた。
その頃、俺の前方には大きな入り江が見え始めていた。海岸近くには桟橋らしいものが伸び、その周囲にはいくつかの建物が並んでいる。
さらに近づくと、水面に浮かぶ機体が見えた。
大きな主翼。その下から左右へ伸びる支柱とフロート。
「カタリナか」
数機いる。
岸には水上機を引き上げるためのスロープがあり、その奥には整備施設らしい建物も見えた。桟橋の周囲には小型艇が浮かび、港の中にも何隻か船影がある。
エスピリトゥサントとは違う。
ここは水上機を運用するための基地だ。
俺は速度を少し落とし、港全体へ目を走らせた。カタリナの数、船、桟橋、岸辺の施設。どこに何があるのか、まず確かめる。
その時、後方の空に小さな機影が見えた。
さっきのPhantom Hunterだった。
「来たか」
俺は前へ視線を戻した。
ハバナ港では、最初のカタリナのプロペラが回り始めていた。




