海面の反撃
第110話 海面の反撃
Blue ZEROは海面から約二メートルの高さを保ったまま、エファテ島へ向かっていた。島影はすでに大きくなり、海岸線の奥には飛行場らしい平地も見え始めている。ここまで米軍機の姿はなく、慎一はまだ接近に気づかれていないと思っていた。
海面には南から長いうねりが入っていた。波頭が白く崩れ、海面そのものは絶えず上下しているが、空間磁気コイルに支えられたBlue ZEROの高度は変わらない。機体は海面から一定の高さを保ち、時速五百キロを超える速度でエファテへ近づいていく。
「もう少しだな」
慎一は前方を見ながら、島へ入ってからの動きを考えていた。まず飛行場を確認し、航空機の数を見る。エスピリトゥサントから移された機体が並んでいれば、そのままにはしておけない。港に船がいれば、それも確認するつもりだった。
エスピリトゥサントを叩いた直後だ。さすがに警戒はしているだろうが、この高度ならレーダーには映りにくい。島へ近づくまで見つからなければ、その後はこちらのものだった。
慎一はそう考えていた。
その慎一より先に、ハーパーとリチャードは動いていた。
西側監視哨から「青い零戦が海面すれすれを接近中」と連絡が入った直後、二人はPhantom Hunterでエファテを飛び立っていた。監視哨から送られてくる方位を頼りに西へ向かい、高度を取りながら海面を探していく。
「見えるか?」
『まだだ。海しか見えん』
「高度を少し上げる。このまま西へ行くぞ」
ハーパーは機首を上げた。海面近くを飛ぶ小さな戦闘機を上空から探すのは簡単ではなかったが、相手の進路はほぼわかっている。青い零戦がエファテを目指しているなら、いずれこちらの前へ出てくる。
しばらく進んだところで、ハーパーの目が海面の一点に止まった。
「いた」
『どこだ?』
「二時方向。海面を見ろ。白い波の少し上だ」
リチャードが目を凝らす。最初は何も見えなかったが、やがて波とは違う速度で動く小さな青い点が見えた。
『見つけた。あいつだ』
Blue ZEROは高度を変えず、一直線にエファテへ向かっている。
「こっちには気づいてないみたいだな」
『今なら後ろへ入れる』
「俺が右へ回る。お前はそのまま高度を落として後ろを取れ。慌てて撃つなよ」
『わかってる』
「十分に近づけ。あいつに考える時間を与えるな」
リチャードは返事をすると、ゆっくり機首を下げた。
二機のPhantom Hunterが大きく開く。ハーパーはBlue ZEROの右側へ回り、リチャードは太陽を背にしながら高度を落としていった。慎一は前方のエファテを見たまま海面滑空を続けている。
距離が縮まる。
リチャードの目にもBlue ZEROの形がはっきり見えるようになった。零戦の翼、胴体、尾翼。その下には青い海しかない。
『ハーパー、本当に海面すれすれだぞ』
「わかってる。見失うな」
『あの高さで五百キロ以上出してるのか』
「速度を見るな。後ろだけ取れ」
リチャードはさらに高度を落とした。
Blue ZEROはまだ何の反応も見せない。
今まで何度も二人を翻弄した青い零戦が、今日は自分の前を無防備に飛んでいる。その距離が少しずつ縮まり、照準器の中で機影が大きくなっていく。
『入った』
リチャードが小さく言った。
「まだ撃つな」
『わかってる』
「もう少しだ」
ハーパーは少し離れた右上から二機を見ていた。リチャードはきれいにBlue ZEROの後ろへ入っている。相手が気づく様子はない。
今ならいける。
「よし」
ハーパーが言った。
慎一が異変に気づいたのは、風防の右端を小さな影が横切った時だった。
何気なくそちらを見て、すぐに振り返る。
「しまった」
後方に一機いた。
近い。
さらに右上にも機影が見える。見覚えのある形だった。
「こいつら、もう上がってたのか」
慎一はスロットルを開いた。Blue ZEROがさらに加速するが、後ろの機体は離れない。Phantom Hunterだった。
しかも完全に後ろを取られている。
リチャードの照準器には、青い零戦が大きく映っていた。距離は十分に詰まっている。海面すれすれを走るBlue ZEROの下には逃げ場がなく、ここから上昇すれば動きも読める。
『撃て!』
ハーパーの声と同時に、リチャードが引き金を引いた。
12.7ミリが火を噴いた。
曳光弾がBlue ZEROへ伸び、最初の弾列が海面を叩いた。白い水柱が連続して上がり、次の弾列が慎一の機体へ迫る。
「くそっ」
考えている時間はなかった。
慎一は咄嗟に操縦桿を左へ倒した。
Blue ZEROが一気に90度ロールする。
水平に広がっていた主翼が海面に対して垂直になり、リチャードの照準器いっぱいに見えていた青い零戦が一瞬で細くなった。12.7ミリの弾列がその左右を抜け、海面へ突き刺さる。
『何っ!』
リチャードが照準を合わせ直すより早く、慎一は横倒しの機体でラダーを使った。機首が左斜め上へ向いた瞬間、栄改を全開に叩き込む。
二千馬力の推力がBlue ZEROを一気に引き上げた。
主翼を垂直にした機体が海面から左斜め上へ駆け上がり、リチャードの照準器から消える。射撃の勢いのまま突っ込んでいたリチャード機は、その下を抜けて前へ出た。
慎一は上昇しながら機体を返した。
眼下にリチャード機の背中が見える。
そのまま高度を落とし、後ろへ滑り込む。
『リチャード! 後ろだ!』
ハーパーの声が無線へ飛び込んだ。
リチャードが振り返る。
Blue ZEROがいた。
『馬鹿な……』
ほんの数秒前まで照準器の中にいた青い零戦が、今は自分の真後ろにいる。
慎一は照準を合わせた。リチャードが逃げようと機体を傾ける。
「すまんな」
レールガンを撃った。
弾丸はリチャード機の主翼付け根を撃ち抜き、破片が一気に飛び散った。機体が大きく傾き、リチャードは操縦桿を戻そうとしたが、そのまま高度を失っていく。
『リチャード!』
ハーパーの声が響いた。
Phantom Hunterは片翼を引きずるように旋回しながら落ち、海面へ激突した。大きな水柱が立ち上がり、少し遅れて白い波紋が広がっていく。
慎一はその水柱を一度だけ見て、残った一機へ目を戻した。
ハーパーは何も言わなかった。リチャードが落ちた海面へ視線を落とし、ゆっくり操縦桿を倒す。
Phantom Hunterが旋回を始めた。
慎一もBlue ZEROを傾けた。




