次の標的
第109話 次の標的
未来基地の作戦室では、エスピリトゥサント島への攻撃結果が大型モニターに映し出されていた。格納庫と燃料施設は大きな被害を受け、港湾設備も破壊されている。飛行場に並んでいた航空機もほとんど使い物にならず、港に係留されていた十隻の船は、船体を断ち切られてすべて沈んでいた。
「かなり効いてるみたいね」
京子が画面を見ながら言うと、慎一は腕を組んだまま頷いた。
「飛行機を壊しても、また持ってくるからな。今回は運ぶ方も止めておいた」
「ガダルカナルの時より徹底してるわね。あの時は空母も戦艦も沈めなかったでしょう」
「あの時は攻撃を止めれば十分だったんだよ。甲板を使えなくしておけば、すぐには動けない。今回は船もまた使われるから沈めた」
慎一にとって、その判断は単純だった。目の前の作戦を止めるなら甲板を潰し、補給そのものを止めるなら船を沈める。慎一自身はそれ以上の意味を持たせていなかったが、米軍側では二つの攻撃の違いが大きな問題になり始めていた。
美希が南太平洋の海図を表示した。
「米軍の輸送計画、かなり乱れてるよ。燃料施設も港もやられたから、エスピリトゥサントへ飛行機を送るだけじゃ立て直せないみたい」
「次に使いそうなところは?」
「エファテかな。航空基地があるし、中継拠点にもなってる。最近は飛行機も増えてるよ」
「じゃあ、そこを見てくる」
慎一があっさり決めると、京子が苦笑した。
「見るだけで帰ってくる気はある?」
「向こう次第だな」
「やっぱり聞くんじゃなかった」
幸雄は端末でBlue ZEROの状態を確認していたが、レーザーも空間磁気コイルも正常で、すぐに出せるという。慎一はそれを聞くと作戦室を出て、基地の外にある固定転送点へ向かった。
南国の日差しを受けた草地の先には白い砂浜があり、その向こうに青い海が広がっていた。慎一がいつもの位置で待っていると、無線から京子の声が届く。
『ゼロちゃん、転送します』
「頼む」
目の前の空間が揺らぎ、Blue ZEROが草地へ姿を現した。慎一はすぐに操縦席へ乗り込み、エンジンを始動して計器を確認した。
『気をつけてね』
「エファテを見てくるだけだよ」
『その台詞、エスピリトゥサントへ行った時にも聞いた気がするんだけど』
「気のせいだ」
『十隻沈んだのも?』
「それは気のせいじゃないな」
京子のため息を聞きながら、慎一は空間磁気コイルを作動させた。Blue ZEROの車輪が草地から静かに浮き、その高さを保ったまま前へ動き始める。速度が増しても機首は上がらず、草地の上を滑っていった。
やがて緑の地面が白い砂浜へ変わった。慎一はそのまま進む。Blue ZEROは白い砂の上を一定の高さで駆け抜け、砂浜の終わりから海へ出た。草地から砂浜、砂浜から海面へと地面の様子が変わっても、空間磁気コイルに支えられた機体の姿勢は変わらない。
海では波が絶えず動いていた。うねりが盛り上がり、崩れた波頭が白い泡を残していく。その動きはBlue ZEROの高度に影響せず、機体は海面から約二メートルを保って滑り続けた。慎一がブースターを開くと速度は一気に五百キロを超え、白い砂浜が見る間に後方へ遠ざかっていった。
この高度なら米軍のレーダーに捉えられにくい。慎一はエファテ島の方角へ機首を向け、海面滑空を続けた。
*
エファテ島では、エスピリトゥサント襲撃の報告が届いてから警戒態勢が続いていた。飛行場の一角にはPhantom Hunterが待機し、整備兵たちは何度目かの点検を行っている。
「燃料系統、過給機とも正常です。ただ、全開運転は長く続けないでください」
整備主任から念を押されたハーパーは、うんざりした顔をした。
「それ、今日だけで三回聞いたぞ」
「四回目も言いますよ。エンジンを壊して帰ってきたら、直すのは私たちですから」
「帰ってこられたら、だろ」
整備主任の手が止まった。ハーパーは余計なことを言ったと思ったのか、Phantom Hunterの機首を軽く叩いて話を切った。
近くにいたリチャードが管制塔から来た士官に尋ねた。
「レーダーは?」
「今のところ何もありません。周辺空域にも日本機らしい反応は出ていません」
「今日は来ないか」
リチャードの言葉に、ハーパーが肩をすくめた。
「そう願ってるよ。エスピリトゥサントで十隻まとめて沈めた奴と、喜んで戦いたいほど俺は勇敢じゃない」
「その割には、ずっと飛べるようにしてるじゃないか」
「来てから準備したんじゃ遅いからな」
そこへ無線係が駆けてきた。
「西側の監視哨から連絡です。海上を高速で移動しているものを見つけました」
ハーパーがすぐに振り向いた。
「船か?」
「監視員も最初はそう思ったようですが、小さすぎるそうです。かなり速い」
「レーダーには?」
「何も出ていません」
リチャードが管制塔を見上げた。
「鳥でも見間違えたんじゃないのか」
「いま双眼鏡で確認しています」
無線係が受話器を受け取り、監視哨と話し始めた。しばらく聞いていた顔から血の気が引いていく。
「翼が見えるそうです」
「翼?」
「航空機です。海面すれすれを飛んでいます。こちらへ向かっています」
ハーパーとリチャードは顔を見合わせた。管制塔では依然としてレーダーに反応がない。海岸の監視員だけが、その姿を追っている。
やがて無線係が受話器を握ったままハーパーを見た。
「機種を確認しました。零戦です。青い機体だそうです」
ハーパーは小さく息を吐くと、Phantom Hunterの操縦席へ向かった。
「リチャード、行くぞ」
「やっぱり来たか」
「だから来ないでくれって言ってたんだよ」
整備兵たちがPhantom Hunterへ集まり、発進準備が始まった。
エファテ島の西では、Blue ZEROが海面から約二メートルの高さを保って接近していた。うねり続ける海の上を時速五百キロを超える速度で滑りながら、レーダー画面にはまだ何の反応も残していなかった。




