Phantom Hunter
海面から二メートル。俺は時速五百キロでハバナ港へ向かっていた。空間磁気コイルに支えられたブルーゼロは波の上下を拾わず、夕暮れの海面を一直線に滑っている。前方にはハバナ港。水面ではカタリナのプロペラが回り始めていた。
その時、後方の海が弾けた。
バリバリバリバリッ!
十二・七ミリ弾が海面を叩き、白い水柱が一気に俺の横まで迫ってきた。
振り返る。
Phantom Hunter。
見た目はムスタングだ。
速い。
こっちは海面滑空で五百キロ。なのにそいつは一気に迫ってきたのだ。改造ムスタングか?距離の詰まり方が異常だった。
俺はスロットルを、押し加速する。次の弾幕が来る前に操縦桿を引いた。エレベーターが効き、ブルーゼロの機首が海面から跳ね上がる。同時にスロットルをさらに押し込み、栄改を全開へ持っていく。五翅プロペラが空気をつかみ、二千八百馬力の力で機体を空へ押し上げた。
強烈な急上昇だ。
背中へ押しつけられるような荷重が掛かる。俺はそのまま操縦桿を、弾き続けた。ゼロが背面飛行に入る。俺は翼の傾きをエルロンで消す。背面のまま、眼下にカタリナが次々と上昇していく。後ろから遅れてムスタングが追ってくる。
機銃が鳴り、曳光弾が機体の上を抜けた。
俺はエルロンを入れた。機体が縦になる。水平線が風防の端を回っていく。迎角が抜けた。
翼が空気をつかむ力が一気になくなる。ブルーゼロは次の瞬間、真下に落ちた。機銃弾が上を抜けて行く。
機首が下へ入り、視界いっぱいに海が広がる。ラダーを当てて落下方向をずらし、そのままエルロンを使って機首を回し込み、海面へ向かう。
ムスタングが頭上を抜けて行きながら機体を返した。
俺は落ちながらカタリナを見る。
その一瞬だった。
照準器の中へ、水面を走るカタリナが入った。
空戦の軌道の中へ、向こうから入ってきた。
指が動き、薄紫色の光が一閃する。
カタリナの機首から胴体へ斜めに切断線が走り、右エンジンが翼からずれた。機体が水面へ叩きつけられるのを確認する暇もなく、俺は操縦桿を引いた。
海面が迫る。
エレベーターを一気に効かせるのではなく、速度を残したまま引き増す。機首が海面すれすれで起き、ブルーゼロが再び上へ向かった。
正面上方にPhantom Hunter。
ムスタングが降りてくる。
俺は操縦桿上面の発射スイッチへ親指を掛けた。
照準が重なる。
撃った。
レールガンが火を噴く。
ハーパーはほとんど反射だけで機体を横へ滑らせた。弾道がPhantom Hunterの主翼すれすれを抜け、その後方へ消える。
避けた。
「やるな!」
思わず声が出た。
ムスタングが俺の横を通り過ぎる。風防の向こうで一瞬だけ機体が重なり、すぐに互いの進路が離れた。
俺はエルロンを戻し、ラダーで機首を整えながらブルーゼロを正立へ戻した。そのままスロットルを押し切る。
栄改全開。
速度計が上がる。
六百五十。
七百。
七百二十。
五翅プロペラが唸りを上げ、やがて針が七百五十キロへ届いた。
これが今のブルーゼロがプロペラだけで出せる最高速度だ。
ハバナ港へ機首を向ける。
今度こそ振り切る。
そう思って後ろを見た。
Phantom Hunterがいた。
しかも、離れていない。
「なんだと?」
ムスタングは旋回で失った速度を取り戻すと、六翅プロペラを全開にして追ってきた。
少しずつ。
だが確実に、機影が大きくなる。
七百五十キロで飛ぶブルーゼロへ、八百キロのPhantom Hunterが追いついてくる。
俺は右へ切った。エルロンで機体を傾け、同時にラダーを当てて機首を旋回方向へ押し込む。エレベーターを引き、速度を殺しすぎないところで旋回をまとめる。
ムスタングがついてくる。
左へ返す。
また来る。
上へ逃げる。
離れない。
急降下。
それでも後ろにいる。
ムスタングは無理に内側へ入ってこなかった。俺が小さく回れば、その外側を速度を残したまま回り、旋回を抜けたところで距離を詰めてくる。
こいつ、分かっている。
旋回だけで勝とうとしていない。
Phantom Hunterの速さを殺さず、俺が次に抜ける場所へ先回りしてくる。
また後ろへ入られた。
バリバリバリッ!
曳光弾が右翼の脇を抜ける。
俺はラダーを強く当てて機首を振り、すぐにエルロンで傾きを戻した。弾道が前へ抜けた瞬間、エレベーターを引いて上へ逃げる。
ムスタングも上がる。
さっきより近い。
俺が右へ出れば右へ。
左へ返せば左へ。
次にどこへ行くのか、読まれ始めていた。
ハーパーの中から、機銃の音も、エンジンの振動も消えていた。
前方を飛ぶ青いPhantomだけが、異様なほど鮮明に見える。
時速八百キロ。
本来なら目で追うことさえ難しい速度の中で、Phantomが止まって見えていた。
右翼がわずかに沈む。
次は右。
機首が少し上がる。
上へ逃げる。
分かる。
次にどこへ行きたいのかまで分かった。
六翅プロペラが空気をつかむ。
距離が縮まった。
もうPhantomの細かな切り返しも、ハーパーには逃げ道には見えなかった。
照準器の中央へPhantomが入る。
外すはずがない。
「やっと捕まえた」
ハーパーは何も考えずにトリガーを引いた。
六門の十二・七ミリ機銃が一斉に火を噴いた。
強化された十二・七ミリ弾が六本の帯となり、青いPhantomへ殺到する。
捉えた。
そう思った。
その瞬間、Phantomが消えた。
「........何故だ!」




