第一話 第11地区
この国は8つの地域に区分され、さらに1つの地域が4つに別れている
ここはそのうちのひとつ第11地区
つい先日魔王軍の勢力下となった、いわば戦争の最前線にあたる場所である
「はぁ はぁ はぁ」
息を整えるために足をとめる
抜けるような青空、僕がいつも見る空となんら変わりのない空
しかし、その下に広がる景色には異物が混ざっていた
目を細めると確かにうごめいているのがわかる茶色の物体
巨大な傘をかぶったようなその体躯は、成人女性の身長ほどもあり、胴回りは巨木の幹のように太い
人の早歩き程度の速さで徘徊し、人間に食らいつく化け物
魔王軍に最も多い尖兵だ
次第に整っていく呼吸に反比例するかのように鼓動が高鳴っていく
「大丈夫だ、僕には戦う力がある、きっと勝てる、必ず勝つさ」
自分に言い聞かせる
ひとつ大きく深呼吸をし、再び走りだした
目指す茶色の物体の輪郭が徐々に浮かびあがり
眼前に迫る獲物に気づいた化け物は、胴が輪切りにされたかのような巨大な口を開きながら、ベタリ、ベタリと近づいてくる
そのあまりの醜悪さに胸の鼓動がさらにハネあがる
「まだだ、もう少し、もう少し」
恐怖ですくんでしまうのではないかと思う足を必死に回転させ、なをも走り続ける
そして、化け物の影を踏んだその刹那
「ここだ!」
僕は跳躍した
全ての力を振り絞り、高く高く跳んだ
空の青さをやけに新鮮に感じて
この開放感から投げ出され時、僕の運命が決まる
そう思うと心が不思議と落ちついた
眼下にある巨大な傘の頂点
一心にそれだけを見つめて僕は重力に身を任せた
あの一点、あの傘の中心を踏み抜く!
「ポニュ」
落下に成功したのも束の間、予想外の間の抜けた音をだした化け物を踏みつけた反動で、前方へと大きく体が飛ばされる
「うわっ」
あわてて体制を整え、化け物へと振り向く
そこには黄色の体液を撒き散らしピクリともせずつぶれた化け物の姿があった
「は‥はは‥」
声がこぼれる
恐怖から解き放たれたゆえか、唐突に全身から力が抜けた僕は、その場にペタリと座りこんだ
「やった‥」
達成感とは少し違う
自らのすべてを賭けた勝負に勝った
あらゆる思いが全身を駆け抜けるこの感じは、なんとも表現がし辛く、ただただ体が虚脱感に包まれるばかりである
僕は知っている、この先の道のりがどれだけ長く険しいかを
そこに、どれだけの敵が待ち構えているのかを
嫌というほど見てきたんだ、自分の意志で、奴らのすべてを見てきた
僕がやったのはたった一体、星の数ほど存在する魔王軍の尖兵をたった一体倒しただけ
でも、いまはまだこれでいい
僕達兄弟が学んだ力は、こいつらに確かな一撃を与えた
いまは、この事実だけで自分を信じられる、進むことができる
見上げる先にひるがえる魔王軍の旗
それに近づき昇降用のヒモに手をかけた
これは明確な意志表示、魔王軍に対する宣戦布告、これを引けばもう後には戻れないだろう
でも大丈夫だ、戻るつもりもない、僕の後には皆がいる、必ず皆は来てくれる、だから大丈夫なんだ
握る手に力を込める
「行くぞ!!」
自らに一喝して、一気にヒモを引き下げた
ともすれば、たやすくかき消されてしまうであろう、この小さな慟哭が希望の福音とならんことを
魔王にすべてを牛耳られたこの国の端にある片田舎の街に、この日、一発の号砲が上がった




