第一話 旅立ち
この国は封建制である、しかしながら太古の昔より脈々と受け継がれる王族を中心とした国政は、絶対王政と紙一重であり
現在、この国を治めていた女王は絶大な権力を持っていた
過去の形で説明されるのは、その権威がすでに失われたからだ
魔王の台頭である
その存在は遥か昔より確認されていた
国はずれの辺境で行われる小規模な略奪行為に、女王はわずかばかりの兵で追い散らすにとどまっていた
温室育ちの女王は、争いは野蛮なものだと信じ、魔王を追い詰めることをしなかったのだ
そして一年前、力をつけた魔王軍が進攻を開始
長く平和を享受し、抗うすべを知らない王都はあえなく陥落
魔王軍の決起から、わずか1ヶ月のことであった
王都を落とし女王を手中に納めた魔王は、この国のすべてを蹂躙すべく戦火の種をまいていくのである
昼下がり、私は自分の酒場にやってくる
若いころからウェイトレスとして働き、酒場の仕事を覚え、金を貯め、30代を迎えてようやく持つことのできた自分の店だ
テーブルにイスを乗せ、床をみがく、わずらわしいと思ったことは一度もない
陽の光さしこむ静かな酒場、1人で掃除をするこの時間を私は気に入っている
でも今日はいつもとは少し違うみたいだ
いつからそこにいたのだろうか
何をするわけでもなく、ただ入り口に立っている
少し首を傾げる私
「珍しいこともあったもんだ、几帳面なダンナが時間を間違えるなんて」
そう言って笑う私につられたのか、ようやく彼は口を開いた
「やぁ、こんにちわ」
時おり鳥のさえずりが聞こえるだけの店内で、彼はやはり同じ席に座っている
「昼間から酒ってわけにはいかないか‥何か食べるかい?」
「うん、そうだね、それもいいかもしれないね」
普段の彼ならば口にするはずのない端切れの悪い言葉
薄い笑みを顔に貼りつけ、今は水の入ったグラスをじっと見つめている
こんな時間に店にやってきて、作りものの笑顔で思い詰めた表情を見せる
常の彼とはかけ離れた彼の姿を眺めているうちに、私は答えにたどり着くことができた
「‥終わったのかい?」
グラスを持つ指がピクリと跳ねた
「うん」
次に口にするであろう彼の言葉を予想して私は緊張した
「皆に話すかい?それともやっぱり‥」
「うん、1人で行くよ、そのほうがきっと上手くいくはずだ」
「そうかい‥」
「‥‥」
予想通りの会話、それでも私は聞かなければならない、なぜなら彼はここに来てそして今私の目の前にいるから、私は彼に選ばれたのだろうから
でもねダンナ、私にも年上の意地があるんだよ
「テキーラ飲むかい?」
「‥ふふ、ありがとう、飲むよ、帰ってきたらね」
「そうかい」
末期の酒をエサに生きる約束を取り付けてやった、私もたいしたもんだろう?ダンナ
「あとのことはルイに任せてあるから」
「わかった、皆のことは私に任せな」
「ありがとう」
そう言って笑う彼は言い淀むように続けた
「その、アンディのことだけど、姐さんから‥」
「甘えんじゃないよ、ちゃんと帰ってきて、自分で謝るんだね」
一瞬、目を丸くして私を見た彼は、ハジけるように笑った
声をあげて、涙をながして、とにかくとにかく笑った
だから私は精いっぱいの声を張り上げたんだ
「ダンナ!しっかりやんなよ!!」
本音を言うと、不安で不安でたまらなかった、逃げることは考えなかったけど、戦いの場へ足を踏み出す勇気がもてなかったんだ
迷って、悩んで、そうしてるうちに、自然と酒場へと足が向いていた
ここは自分より少しだけ年上の女性が切り盛りしている酒場
キレイだけど、どことなく田舎くさい勝ち気な女性
そんな彼女は皆から「姐さん」と呼ばれている
常連の爺さんに「姐さん」と呼ばれて見せるしかめっ面も彼女の魅力のひとつだ
皆に慕われ頼りにされる彼女を、僕も同じように慕っている
だから会いに行ったのかもしれない
だって今僕は走っているから
彼女は、僕の迷いをたやすく見透かした
そして、彼女は僕に走る勇気を与えてくれた
もう迷いはない
迷うことなく戦える
「はぁ はぁ はぁ」
そして僕は、第11地区へと足を踏み入れたんだ




