第9話:鉄砲筒と大刀カクイチ
武器蔵については、本田菊之進も同席した。 まず驚いたのが、鉄砲が二百丁収納されていたことである。 池田軍において三百丁の鉄砲を並べたことは既に触れたとおりであるが、名門池田家といえども、家中で親族の所有するものまで借り出して三百丁そろえるのが精いっぱいであった。それが、和田軍は茨木城だけで二百丁とは。 財産的な価値は言うまでもなく、戦場での殺傷力と発砲時の音による威嚇力は計り知れないものがある。
中川清秀「本田、これをどうみる。白井河原に持ってこられたら戦の結果がどうなっていたかわからんぞ」 本田菊之進「戦の開戦が予想よりも早かった、池田軍を甘く見ていた、自軍の応援を頼みに思っていたが間に合わなかったなど言えましょうが……そして、そもそも弾はありますが硝煙がないのです。硝煙がないのに鉄砲を戦場に持ち込んだならば、棍棒の代わりに使って相手をたたき殺す道具にしかなりませんから持ち出せなかったのでしょう」 中川清秀「そうだろうな……先の寅之助のことといい、こちらの鉄砲のことといい、よく勝てたものだ。戦は双方の最高の力が衝突するのではなく、その時々の条件で準備できる戦力の力合わせだな。織田信長も、今川義元の強大な軍に対して、雨中、夜間に、少数が槍のように横から当たり敵軍の将の首を取ったという。相手の能力を最大限発揮させることなく、勝てるところで勝ち切る戦、我らのような鄙地の地侍が生き残る鉄則を見つけた気がするわ」
本田菊之進「おっしゃるとおりですね。戦をする場合、相手の戦力や状況を確実に掌握しなければ、評判や軍学だけで兵を動かしていては命を落とすことになりますね」
槍、刀剣、甲冑についてはほぼ持ち出されている。元は摂津国内の鍛冶屋が制作したものである。山城や大和のものは、摂津ではそうそう見かけるものではない。 投降兵や離散した兵士が身に着けているものを引きはがしてもよさそうなものだが、その多くが茨木城下に住まう半農半士の者たちである。田畑に戻ることを優先しなければ、領内の収穫が立ち行かない。冬を越せなければ、当然に春の田植えもできないのであり、夜逃げや国替えの種になる。それでは領内を弱らせることになる。
中川清秀は触書を出し、貸し出したものを明後日までに返却することと定めて、回収、整備、返却は各村の長に任せることとした。 人任せでもなければ、日和見でもない。ここは応仁の乱後、合戦の続く戦国の一国である。他家に夜逃げされ、武具を持ち出されてはそのまま摂津の危険となる故、返却がない武具を見つけたものには褒章を取らせ、逆に、我がものにしようとした者には懲罰を与える旨も触れることとする。
中川清秀「都や大和のこしらえた刀剣は見たらわかるな。摂津産もよいが、あちらのものは拵えから何から整っている。和田の大刀は儂がいただく。荒木の兄にも伝えたよ。荒木の兄も刀の拵えがどうだとか言って、珍しく惜しそうに話しておられたが、儂が使ってよいらしい」
本田菊之進「荒木殿は、北摂の地の六割を手に入れるのですから、刀などに時間を使っていられないでしょう」 中川清秀「ははは。確かにな。伊丹親興の伊丹城、室町から続く家であるが、荒木兄がとってしまえば、荒木兄は摂津一国の主ぞ」 本田菊之進「今の状況からしたら、まさか……ではなく、あり得ることとして……ですね。摂津守護荒木村重、あり得ます」 中川清秀「そうかもな。さて、この刀、なかごを見ないことには何の刀かわからんが、波紋が独特よな。これからは脇差の黒兵衛とともに儂の守り刀だよ」
和田惟政が握っていた刀、来派の鍛えたもので、なかごの文字から「カクイチ」といわれる刀である。 ちなみに来派の筆頭ともいえる来国光の鍛えた刀は武田信玄の守り刀であった。 中川清秀の来派カクイチは来国光が鍛えたものではないが、来派の自信作であるからこそカクイチと刻まれている。カクイチはこの後、明治を迎えるまで中川家の宝刀として時代を刻むこととなる。
戦もの、軍記物ならば、おそらくここで終わることができる。 勝って終わる、富を手に入れて終わる。しかし、この物語は終わらない。




