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第10話:泉水覚然

泉水覚然「清三郎はまだ戻らんか。けが人が多すぎて手が回りきらんわ」 弟子「兄弟子は茨木城に行ったまま戻っていません」 泉水「そうだろうて。戦後処理をするには中川軍は慣れておらん。お前たち覚えておけ、人、物、財物、法度、すべてを整理しなければならん。分らんかもしれんが、時間を争う。こちらのけが人の治療と同じだ」

 泉水は今、大盛の治療をしている。 が——片腕を切り落とし、ゴザに寝かされ、天井を仰いでいる者の傷口を見て口をつぐんだ。肘から上を切り落とされている。この度の戦で、茨木城主を討とうかというところまでいったが、腕を落とされたという。 縄で上腕を縛っているが血が止まる様子はない。本人の体は先ほどから村の者が何度も拭いてやっている。本人はただただ泣いている。話をしようと口を開ければ、痛みのあまり叫び声しか上がらない。

 建物の入り口に中年の女が立った——と同時に叫びながらケガ人にしがみつく。 「腕、腕をどうした……聞こえてるんか!」 ケガ人の妻であることは瞬時に理解できた。女の体を支えてやっているのは村長の嫁のようである。 男の腕、茨木重朝に切り落とした腕は、飼い葉桶に入れて運ばれてきている。 洗浄されているが、すでに色は悪い。切断面は刀で切られただけにスッパリと切れている。令和の世ならば接合の余地が大いにあるが、この時代に接合の話など出るわけがない。切り落とされた腕とケガ人を見て、誰もがあきらめたような目になる。声もかけられず、何人かが交替しながら黙って体を拭いてやることしかできない。

 女は言う「和尚さん、この人はどうなるんですか」 言っている女も、ケガ人の命が助からないことは察している。それでも尋ねているのである。無理もない。 泉水「命のことは神仏しかわからん。儂は神仏に頼むばかりだ。喉が渇いているようだから、時折、唇を濡らしてやってくれるか」

 泉水はこれまでに、指二本を切り落とされた者、耳をかかれた者を救ったことはある。というより、何とか助かった、というのが本当の言い方であろう。 1570年前後は、中国史上最大の薬学書『本草綱目』を著した名医・李時珍が活躍していた時期と重なっている。 僧医・泉水覚然は、明の先進的な最新薬学や外科処置の知見を日本へ持ち込んだ僧から、最新の医学・衛生概念を直伝されている。 仏教の知識で神仏に祈るだけでなく、明の僧から「衛生概念(井戸水の煮沸、傷口の消毒)」「薬草の調合」「解剖学的な視点」を学んでいたのである。

 傷口に泥がついたまま、線香を焚き神仏に祈るだけが多かったであろうこの時代に、中川軍では傷口を煮沸し冷ました水で洗浄し、薬草を塗り込んでいたのである。 中川軍は生存率が高い。本人たちはそれを認識していない。多くのものがケガから回復して戦に出ているということは、ケガの治療の知識が広がっていることでもある。そして、ケガをすれば傷が治りにくいこと、時には命を落とすことを知っているから、ケガをしない戦の仕方を考えることになる。 中川の領地の村で、主のいない家が少ないことは、こういったことも影響しているのである。

 しかしながら、未明、けが人は逝去した。 歴史上は名もなき者である。 しかし、当人たちにとっては、欠くことのできない家族である。 聞けば自分の村で村の長の手伝いをよくしていた者だという。 一昨日は稲刈りの段取りを話し合っており、そして昨日の戦で腕を切られ、未明に絶命した。戦がなければ、百姓として収穫で田畑を動き回り、来月には村祭りを迎えていたであろうに。

 翌朝、泉水は絶命した百姓を弔った。 遺体は村の長に遣わされた者たちが引き取り、大八車に乗せて去って行った。 主人同士が合戦をしたらしたで、村の者は招集され、戦って果てる者も出る。しかし、明日明後日にはそれぞれの生活のために田畑の作業に戻る者が大半である。

 何のための合戦なのか。北摂の者の多くは合戦の意味や終着点など分かっていないだろう。泉水は言いようのないオリのようなものを腹にためつつ帰路に就いた。

 泉水は自身も何度も汗にまみれながら、何刻もケガ人の治療をした。今は疲労と眠気で意識が飛びそうである。弟子と祠の裏の倒木に腰をかけた——覚えているのはそこまでである。気が付いたら清三郎が曳く牛車に揺られていた。


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