第7話:寅之助
それはそうと、、今、中川清秀は本田菊之進に谷口寅之助を加えて並んで歩いている。今更ながらこの男が白井河原に出陣していなくて良かったと思う。
谷口寅之助、やはり見上げるほど大きい、、、というよりも、先ほどから谷口寅之助の鼻息が自分のつむじに当たっている気がして、いい気持ちはしていない。
それを察してか、谷口寅之助は口元に布を当てている。朝方の夜風で喉が痛いと見え透いたことをいう、、、大柄であるからと言って性格がおおざっぱとは限らない、、細やかな気遣いができる男である。
南蛮人の血を引いているというその体格は、日本人のそれではない。雑穀や米麦よりも獣鳥肉類を好むという。能勢の山間を自由に駆け回り鳥や猪を討つ寅之助、、、きっと男女の性別を問うことなく胸を躍らせる躍動感があるに違いない。体質も特殊であり、特段の鍛錬をしなくても首や腕は太くなるという。腕の大きさは、中川清秀の太ももほどある。膂力は筋肉量に比例するのは令和の世であれば常識である。中世においても体格が勝るものが力が勝るというのは常識であった。
この寅之助、琉球武術、手の使い手である。妙見党は山伏のような山の民、修行の民であるが、これは表向きの話に過ぎない。むしろ忍び仕事に雇われる集団、隠密傭兵集団としての性質が強い。闇夜では刀剣類では音がする、火花が出ることもある。これでは周囲に気取られて目的が果たせない。むしろ身一つで移動して徒手で相手を仕留める術こそが求められるのである。琉球の手は、王家を守護するためのもので、滅多なことでは使い手になれないと聞いている。その手の使い手がここにいる。
仮に谷口寅之助が白井河原に出てきていたら、どれほどの被害があったのか、いや、、白兵戦であれば勝てた保証はない。少しばかり背筋に冷や水を浴びせられたような気になる。
もっとも、荒木軍の鉄砲隊があったのだから、負けることはなかったに違いないが、それにしてもすごい体格である。人前に出ないというよりも、出たら目立って仕方がないので、昼間は城内の出仕として、夜間は知る人ぞ知る隠密ね任務に徹しているということか。
能勢山間部、北摂から京都北部亀山に抜ける街道、丹波に抜ける街道が交錯する。
大いに古い話であるが、茨木童子の話が残る山間部である。
また、軍神楠木正成が築いた城が能勢地区の麓地域、福井地区にあったという。
誰もが抜けたい道、街道、であるがゆえに野党も多かった。
妙見党は自分たちの山を守るために各集落をつなぎ組織していたが、自然と自警団としての性格、そして時々の領主の依頼に基づいて活動する隠密としての性格を有するようになったのは、この時代では必然だったのかもしれない。
妙見党と領地を接する中川清秀陣営に本田菊之進がいた理由、妙見党としては中川清秀の治める中川原や安威の動静を詳細かつ正確に把握しなければ、自分たちの生存にかかわる。それであるがゆえに、党内でも随一の頭脳といわれる本田を、たかが北摂の一領主に過ぎない中川清秀の下に遣わしたということであろう。




