第6話:中村宗助と谷口寅之助
「戦は終わった! 乱取りは一切禁ずる!」 城内に荒木村重の布告が響き渡る。 「出身の村と名前を記し、武器を置いて家に帰れ! 農具は後日返却する!」
降伏した城兵たちが半信半疑で顔を見合わせる中、実直そうな一人の男が清秀の前へ歩み出た。 「……荒木様、中川様。本当でしょうか。証文を下さいますか」
清秀はその男の顔に見覚えがあった。 「中村宗助にございます。かつて淀川や茨木川の水運で、池田の酒蔵の新酒を運ぶ折、お目にかかりました」 「そうであったか! このような形で再会するとは、縁があるな」
清秀は母方の塩川家を通じて、鉱物や物流、そして「銭の移動(勘定)」の大切さを叩き込まれていた。茨木城を攻略した瞬間から、この地が握る水運の通行税が大きな財源になることは分かっていたが、それを管理・運用できる優秀な人材が手元に居なかったのである。
清秀は宗助に近付き、丁寧に声をかけた。 「中村殿。貴殿のような算盤の弾ける者を捜していたのだ。茨木城での政を手伝ってくれないか。」中村はある程度予感があったのか中川の言葉に驚くことなく答えた。「結構でございます。我らが領地のため、お手伝いいたします。」
清秀はほっとした。他の敗残兵の目があるため、自身の考えは表に出さないよう苦心したが、中村には安堵の気持ちが伝わったことだろう。中川が続けた。「水運の帳簿をつけられる者は何人いる?」 「私を含めて五人おります。帳簿は別の場所へ隠しました。いつでも仕事を再開できます」 「ただし、条件がございます。旧主・茨木様やご家族への狼藉は固くお慎みいただきたい」 「……もちろんだ。約束しよう」 清秀は深く頷いた。
四半刻後、茨木城の別室にて、清秀は一人の男と対峙していた。日に焼け、見上げるような大きな体躯をした男が静かに正座している。中川軍において他国の情報を収集する者、隠密行動のリーダーともいうべき男・本田菊之進の引き合わせで待機していた男である。
「中川瀬兵衛清秀である。貴殿が本田と同門の……」 「谷口寅之助と申します。能勢の妙見党におります。茨木城下に降り、出仕しておりました」
清秀は寅之助の姿を見て、思わず息をのんだ。身長は六尺二分(約185センチ)。当時の基準からは規格外の巨漢であり、首や腕の太さは清秀の太ももほどもある。南蛮人の血を引いているとも噂されるその体躯は、特段の鍛錬をせずとも凄まじい筋肉を纏っていた。
「寅之助殿。単刀直入に言う。我が軍に加わってくれぬか。北摂の平穏を守るため、貴殿の力が欲しい」 「異論はございません。能勢の民として、この北摂のために力を使えるなら本望です」
寅之助は大柄な体躯に似合わず、繊細な気遣いができる男であるようだ。昼間に出歩けばその巨躯で目立ちすぎるため、普段は城内の雑務に紛れ、夜間のみ隠密として動く生活を送っていた。
「ところで寅之助殿。妙見党では異国の武術を使うと聞いたが」 「……琉球の手にございます」 寅之助が静かに答える。
「ティ」——それは琉球王家を守護するための極秘の徒手術であった。闇夜の隠密行動において、刀剣を抜けば金属音や火花が散り、敵に察知される。身一つで忍び寄り、音もなく相手の急所を制する技術こそが求められたのだ。
「舟の上など足場の揺れる場所では『サンチン』立ちという構えを使います。つま先を絞り、丹田に軸を落とすことで、波揺れの中でもビクともいたしません」 「舟の上の武術……」 清秀は感嘆の声を漏らした。
中川清秀 「礼を申す。貴殿の一族郎党に加わってほしいが、総勢何人なのか」
谷口 「主よ。申し訳ないがそれは言えないです。我々は隠密行動をする者。私以外の者には、私を介して指示を出すことが定め事とご理解ください。また、瀬戸内の伊予国から預かっていた者については、返してやらねばなりません」
中川 「あい分かった。妙見党の定めに従おう。して、伊予国の者というのは何者か」 谷口 「古来からのつながりでして。能勢は山間ゆえに塩水の海というものを知りません。瀬戸内、あちらには水中で三間をゆうに超える深さまで潜る技術があります。それを身に着ければ、近江国のうみを渡る際に大いに役立ちます。それゆえに伊予に我が方の者を送っているのです。その代わりといいますか、質物でもあるのですが、伊予方の者を妙見党で預かっているのです」
中川 「承知した。貴殿が保証するものであれば、そうされたい」
谷口 「感謝する。なお、落城時に謀反を企てた者六名、宝物を盗み出そうとした者、火事場泥棒二名は、我が手下が討ち取っている。和田方の者が多いが、一部は得体が知れない。美濃の言葉を使っていた。首実検をされるか」 中川 「そうする」
首実検をしながら、中川清秀はハッとした。 この度の戦は北摂三守護同士の戦であり、場所も茨木城下の戦ゆえに、乱暴狼藉の類は一部を除きなかった。落城時の小競り合いで討たれたものは十名、すべてが和田惟政に従う者であり、北摂の者ではなかった。 しかし、謀反を企てた者、火事場泥棒の者たちは、周辺に住まうものだという。 武士としての矜持どうこうではない。むしろ、誰を主に抱こうと関係ない。河川でおぼれた子犬に石を投げつけていたぶる小僧どもが、そのまま輩のようにできあがってしまったのだ。
自身の領地においては、村の長がそれぞれ定めを置いて治めているし、争いごとがあれども命にかかわるような重大事案はほとんどなく、仮に生命にかかわるトラブルがあれば長らく記憶にとどめられるほどである。 中川郷から外に目を向けようとすれば、このような理不尽や理想とはかけ離れた現実にたびたび直面し、処理していかねばならない……。近い将来の自己の責任と苦労が思いやられた中川清秀である。
と同時に、陸の摂津茨木から丹波丹後、近江国の琵琶湖、そして瀬戸内の海軍ネットワーク——妙見党が持つ情報の深さに、改めて驚愕させられたのだった。




