7,殿下の婚約者になるために
その瞬間、空気が一気に冷えた気がした。ん?と周りを見渡すよりも先に、お義父様に腕を引かれてしまったの。ちょっと、何するのよ!
「殿下、申し訳ございません。殿下の登場で舞い上がってしまったようで……。アンネ、まだお名前を呼ぶ許可をいただいていないだろう」
お義父様に指摘されて、あぁそっかと納得した。普通は許可をもらうんだよね?さっきまでの令息達は、親しげに名前で呼んであげたら喜んでたのに。駄目なの?
別に名前を呼ぶくらいどうでもよくない?って思うんだけど、流石に王子様相手じゃ許されないのかな。それなら可愛く謝っておけばいいよね。
「あっ、いけなーい!ごめんなさぁい。でも、せっかくなので、お名前でお呼びしてもいいですかぁ?」
「……かまいませんよ。ただ、実は公務が立て込んでいて。招待状をいただいたので顔だけ出したのですが、これから魔塔の所用があるので、もう戻らないと……」
「えぇ〜〜!?そんなぁ……」
「アンネ。殿下はお忙しい方だ。王子としての公務だけでなく、魔塔でのお役目もこなしていらっしゃるのだ。挨拶出来ただけでも幸運だと思いなさい」
お義父様の言葉に、「何よ、殿下と婚約してほしいなら少しは手助けすれば?」と胸の内で悪態を吐きながらも、あたしは渋々頷いた。
「むぅ……そっかぁ。ウィルクス様って凄いんですねぇ!」
「こら!ウィルクス様ではなくウィルクス殿下だろう!」
あぁもう、さっきから煩いなぁ!ウィルクス様……ウィルクス殿下は怒ってないじゃん。ならよくない?
「お義父様は硬いんだからぁ。ウィルクス殿下ぁ、またお話し出来ますかぁ?」
「えぇ、いずれ」
ほら、変わらずにこにこしてくれてるじゃん!ウィルクス殿下って、王子様なのに凄く寛大なのね!
勝手に空気を悪くしたお義父様が、会話の流れを取り戻そうと咳払いをして話題を変えた。
「殿下。側近の候補者は決まったようですが、引き続きパーティーやお茶会は開かれるのですかな?殿下には他にも決めることが多くおありでしょうから」
それって、婚約者候補を決めるために、そういった場を設けるよね?ってことだよね。
この話題には周りにいた令嬢達も気になったのか、少しだけ目を見張ってから聞き耳を立て始めた。なんなの?あんた達もウィルクス殿下を狙うつもり?
「そうですね。公務やお役目が増えたので、少し頻度が減るかとは思いますが。三ヶ月に一度……いえ、最低でも半年に一度ほどかと」
「えぇー!?ウィルクス殿下と半年も会えないんですかぁ!?」
ウィルクス殿下が話していたし、音楽も控えめで周りの人達も黙ってたから、会場にあたしの声が響いちゃった。
……何よ、あの魔術師。今、溜息吐いたよね。
「すみません、そろそろ行かないと。――皆さんは引き続き楽しんでください。リヴィエル家の今後を楽しみにしていますね」
「あっ、ウィルクス殿下……っ」
あたしが手を伸ばすも、ウィルクス殿下はぺこりと一礼して背を向けちゃった。今来たばかりなのに、そんなぁ……。
その後、魔術師と軽く言葉を交わす姿が見えた。
今、魔術師に笑った顔!えっ、かわいいーっ!何よ、あの魔術師。殿下と仲がいいの?
あたしもあんなふうに話しかけられたい!仲良くなって、あの笑顔をあたしにも向けてほしい!
それにしても……。
「一緒にいた魔術師、一言も話さなかったし、主役のあたしに挨拶もしなかった!失礼すぎー」
「……魔塔の連中は、頭はいいが社交性に欠ける者や、研究にしか興味のない者ばかりらしいからな。だが、殿下が側に置くほどだ。何かしら優れた資質があるのだろう」
「ふぅーん」
あたしは適当な相槌を打ちながら、二つの背中を見送る。
フードで顔は分からなかったけれど、いくら殿下と仲良くても、あれに媚びる必要はないかなぁ。男にしてはチビだしヒョロそうだし、何より感じ悪いし。
「アンネ嬢、是非とも僕とこちらでお話しを」
「ずるいぞ!アンネ嬢、私とも」
「はいはぁい!喧嘩はめっですよぅ。みんなでお喋りしましょー!」
令息達からの声に、あたしはきゃぴきゃぴと愛嬌を振り撒いた。でも、さっきまでの楽しさは消えちゃった。
だって、ウィルクス殿下を見ちゃった後だもん。この人達を見て、大したことなく感じちゃっても仕方ないよね。
あっ、でも……確かあの人!ウィルクス殿下の近衛騎士になる可能性が高いんだっけ?殿下の話を聞けたり本人に近付けたりするかもしれないし、あの人は仲良くしておいて損はないかなー!
「ねぇ、あなたもこっちでお話ししませんかぁ?」
「えっ。あ、いや、俺は……」
「ほらほらぁ!そんな暗い顔してたって楽しくないですよぅ。せっかくですから楽しみましょお?」
あたしは、やんわりと断る令息――グリース様の手を取って、輪の中に連れていく。
遠巻きに見ている令息令嬢なんておかまいなしに、その後もあたしはそれなりに楽しい時間を過ごしたの。




