4,我が道を行くための諦め
令息達は揃って視線を背け、令嬢達は手にしていた扇をばさりと広げて、ひそひそと話し始めました。目を細め、嫌そうな視線を向けながら。
ざわめきに耳を傾けて分かったのは、先程私に声をかけてきた令息が、どうやら多くの近衛騎士を輩出しているベルトン伯爵家の者ということでした。
その伯爵令息グリース様が会場に戻ってすぐ、「あの女は令嬢としてなっていない!」と吹聴したようです。
丁度その時、ウィルクス殿下も離席していて、私が戻った時にもお姿がありませんでした。場を取り仕切る者がおらず、グリース様の独壇場になってしまったのでしょう。
一人の令息が「そんなことを言うのは……」と止めに入ったものの、グリース様が「煩い!子爵家の分際で!」と言い放ち、いかに自分が正しいかを語り始めたのだとか。
真実はどうであれ、この主張を正当なものにしてしまえば、上級貴族の侯爵令嬢を一人、婚約者候補から蹴落とせるのです。令嬢達からすれば願ったり叶ったりの展開だったのでしょう。そこで、グリース様の話を聞いていたコランティーヌ様も便乗し、私の悪評を広めて回ったそうなのです。
――シャノワール公爵令嬢がそうおっしゃるなら。
長いものに巻かれるように、こぞって私を悪く言い始めたのでしょう。そのせいでこの空気が出来上がったようです。
実際何があったのかなんて、誰も問いかけてきません。みな、それを真実にしてしまいたいのでしょうから。
更に、その悪評はお兄様の耳にも届いてしまいました。
元々私のことが好きではなかったお兄様は、彼らの話を聞いても庇ってくれませんでした。それどころか、「未熟な妹で、いつも手を焼かされているんだ」と周囲の同情を誘って、帰ってからはその一件を両親にも報告しました。
そのせいで、私はこうしてお父様に頬を打たれ、反省室に閉じ込められることになったのです。
その日以来、私は嫌われていきました。家族からも、年回りの近い令息令嬢からも。
王家主催のパーティーやお茶会が開かれるたび、私はいつも一人ぼっち。周りの人達は、私の悪口を言いながら嘲笑っているか、関わるまいと距離を取って静観するかのどちらかでした。
そんな社交の場に行きたくないと思っていようと、両親には関係ありません。勝手に参加の返事を出し、「少しでも殿下に近付け!」「次こそ取り入ってきなさい!」と馬車へ押し込まれるのですから。
どうせ参加したところで、お茶とお菓子を楽しんで、遠くの席から時々ウィルクス殿下へ視線を向けるだけ。誰も私に声をかけたくないのですから、出来るのは周囲の話を盗み聞くくらいです。
お兄様は、そんな私の様子を逐一両親に報告しました。自分がどれだけウィルクス殿下や令息令嬢と交流してきたか語るだけでいいところを、
「ソレーヌはまた殿下どころか誰とも話せず、一人で菓子ばかり食べていたんですよ!」
と、必ず私の様子を取り上げて、自分と比較して笑い者にしました。私が怒られると分かっていて。
当然、両親はそのたびに私をきつく叱り、怒鳴り散らしました。反論なんて許されるはずもなく、私は黙って聞くしかありません。
そんなことを言うのなら、お兄様が殿下や令息令嬢との仲を取り持ってくれたらいいのではないのですか?どうしてお父様もお母様も、そうお兄様におっしゃらないの?
そんな言葉を飲み込み、罵声に耐え、口を噤み続けました。実際に、侯爵家に迷惑をかけるきっかけを作ってしまったのは私ですから。
悔しさや悲しみがなかったわけではありません。話さえ聞いてもらえない状況には、少なからず胸が痛みました。
ですが、私は自分のやるべきことが見えていたので、両親やお兄様の声なんて気にしていられませんでした。
どうやら私は、勉強や魔術に秀でていたようなのです。コレリー先生から高く評価され、次第にその力を活かしたいと思うようになっていきました。
侯爵家を立て直すためには、何をすべき?
私のような子供が一人動いたところで、すぐに結果が出るものではありません。ですから、ウィルクス殿下の婚約者を決めるまでには間に合わないでしょう。そうすると、家族の望みは叶えられそうにありません。
しかし、いずれ王家に認められたいのなら、侯爵家に目を向けてもらいたいのなら、優先すべきは領地改革のはず。ですから私は、まずは侯爵領の土台となる農地をよりよくしようと動き始めました。
私が家のため、領地や領民のために出来ることは、きっとこれくらいだから……と。
お父様の領地視察に付いていっては、土や水、作物そのものに沢山触れて、生産量や品質の向上が出来ないか研究することにしたのです。
他にも、侯爵領でしか採れない、とある食材の活用法など……多くの案を計画し、そこから実行、検証、改善を繰り返しました。
行き詰まった時には、コレリー先生にも付き合ってもらって。先生が渡してくださる励ましや応援の言葉が書かれた手紙や、参考になる貴重な文献が私の支えでした。
侯爵家の汚名をそそぐため、なんとか領地を豊かにしようと、私なりにこの家のことを考えていたのです。
――ですが、現実は残酷でした。
「こんなことをする暇があるなら、令嬢らしさを磨かんか!」
「あっ……!」
二年かけて実用出来そうなものをまとめた資料は、目の前でお父様によってビリビリと引き裂かれ、ぐしゃぐしゃに丸められてしまいました。
その時、私の心も一緒に破り捨てられたようでした。
「女のくせに出しゃばるな!こんなことばかりせず、殿下と仲良くなる方法でも考えたらどうなんだ!?」
そう言って、また手を上げられて。じんじんと痛むのが、頬なのか心なのか、分かりませんでした。
それを見ていたお母様は「そんなことをしていないで、もっと貴族令嬢らしくなりなさいよ!」とヒステリックに叫ぶだけで、私を守ってはくれません。それどころか、女なのに本ばかり読んで、ドレスや令息に興味を示さない私を気味悪がっていました。
お兄様には、「お前は兄を立てられないのか?そうやって俺のことを見下してるんだろ!?」と詰られました。有能だと有名なコレリー先生から褒められる私が目障りだったようです。
そうして家族からも完全に見限られた頃、私は不名誉な別名で呼ばれるようになりました。
『令嬢失格』
お茶会やパーティーの度に、私はその言葉を向けられ、嘲笑されました。
それを家族は止めてくれはしませんでした。それどころか、「あの子はいくら言っても治らないんです。その代わりに、兄のガロジェはとても優秀で」と、お兄様を持ち上げるためのダシに使われるようになっていったのです。
時折向けられるお兄様の勝ち誇った瞳に、私は気付いていました。だからといって、私は何もしませんでした。
だって、私に殿下の婚約者の座を狙えと言うのなら、今のリヴィエル家に必要なのは、王家が選ぶに値する価値を示すことです。
社交に力を入れるのはその次にすべきことであって、先に行うべきは領地の回復のはず。お兄様も側近を目指すなら、逃げずにそういった勉強をすればいいのに、どうして誰も分からないのでしょう……。
元々家族と噛み合わないと感じていた私は、一つ、また一つと、理解や和解を諦めていきました。私は、自分に出来ることをしましょうと、自分の道を突き進むことにしたのです。
グリース様が事あるごとに「あの日の謝罪さえすれば許してやるものを」と言ってきても。コランティーヌ様が「令息を立てられない令嬢なんて」と嘲笑してきても。
私は、自分の正しいと思う行いだけを貫き続けました。




