2,家族の罵倒と反省室での回想
「ソレーヌ!なんてことをしてくれたんだ!」
怒号と共に頬を打たれ、私は床に倒れ込みました。打たれた頬も、ぶつけた膝も、じんじんと痛みます。
「パーティーで第三王子殿下にお近づきになれなかっただけでなく、ベルトン伯爵家の令息に失礼を働いたそうだな!いくらこちらが侯爵家でも、あの家は代々近衛騎士を輩出していて、王家からも覚えがめでたい家なんだぞ!リヴィエル家の恥さらしめ!!」
「あなたのせいで、次のお茶会ではわたくしが笑い者にされてしまうじゃない!どうしてくれるの!?」
「俺なんて、『侯爵家ではさぞいい教育を受けているんだろうね』って嫌味を言われたんだぞ!せっかく殿下と話が出来たのに。側近を目指す俺の足を引っ張るな!」
私は床に座り、じっとその罵倒に耐えます。言葉の刃を向けてくるのは、ほかでもない実の家族。
両親やお兄様と上手く関係が築けていないことは自覚していました。けれどまさか、こちらの言い分さえ聞いてもらえないなんて。
「丸一日、ここで反省していろ!」
怒り狂ったお父様により、反省室の扉が閉じられていきます。薄暗く肌寒い、湿気のこもった部屋。それでも、悔いはありません。
……何と言われても、私が謝る必要はないはずです。だって私は、間違ったことはしていないのですから。
一人になった反省室で、私は膝を抱えて丸くなります。熱を持つ頬を押さえ、昼の出来事を静かに思い返しながら……。
私――ソレーヌ・リヴィエルは、緑豊かな領地を治めるリヴィエル侯爵家の長女として生まれました。
侯爵家は上級貴族にあたり、かつてはかなりの力を有していたそうです。そんな我が家ですが、今は存続の危機に瀕しています。
昔は、王侯貴族の次に農民が優遇されていた時代があり、広大な農地を所有していた我が家の発言力や影響力は凄まじかったとか。
しかし、それは過去の栄光となってしまいました。文明の発展と共に、商業や魔術産業が台頭したため、相対的に農業を基盤とする貴族の発言力が落ちたのです。
その中でも、リヴィエル侯爵領の価値は年々下がりつつあります。これまでの当主達が、現状に甘んじ続けたことも要因の一つでしょう。
それを食い止めるべく、白羽の矢が立ったのは――私の婚約でした。
「お前の一つ年上である第三王子の婚約者の座を、何としても射止めるのだ!」
「……はい、お父様」
物心つく頃から、耳にタコが出来るほど聞かされた言葉。王家と繋がれれば侯爵家は安泰だと、お父様は信じて疑いませんでした。
お母様もお兄様も、お父様と同じ考えのようで、「もっと淑女らしく」「可愛げを持て」と、求められるのは令嬢らしさばかり。
私はというと、最初は「領地を改善した方がいいのでは?」「侯爵家の支出を見直すべきでは?」と訴えかけていました。
けれど、父は「王子と婚約すれば全て解決する」の一点張りで、一度も聞き入れてもらえませんでした。これまで執事も同じように伝えていたようですが、そのうち諦めてしまったと言っていました。
そんな哀愁を漂わせる執事を見て、私もいつの間にか諦めてしまったのです。口で言っても無駄なのだと。
ですから、内心では「婚約者なんて無理に決まっているでしょう」と呆れていました。
だって、どうして王子様の婚約者に選ばれる前提で考えられるのでしょう。領地の立て直しも出来ない家に、王家が価値を見出すはずがないでしょうに……。
自分達で何かを変えようともせず、娘との婚約で家を支えてもらおうなんて。王家がそんな浅ましい思惑に気付かないはずがありません。
しかし、夢ばかり見ているお父様は、高い給金を払って、王室教師を務めたこともある家庭教師――コレリー先生を雇いました。私達兄妹に一般教養を教えたうえで、お兄様には政治教育を、私には淑女教育をしてもらうために。
侯爵家の財政は逼迫しているはずでは?と、子供心に思いながらも、学びの機会は素直に嬉しかったのです。
先生から教わる一つ一つが新鮮で楽しかった私は、いつしか家族よりもコレリー先生といる時間を好みました。
最初のうちは、お兄様も張り切って学んでいたのです。ですが、いつしか授業をさぼりがちになりました。何度か声をかけましたが聞いてもらえず、お父様と同じように、言っても無駄だと諦めてしまいました。
勉学を学び始めて四年が経った頃、第三王子が十歳の誕生日を迎え、王都でパーティーを開くと招待状が届きました。
建前は誕生日パーティー。しかし、その実態はお見合いの場なのでしょう。婚約者候補を決める意図があると、誰もが睨んだようです。
ですが、招待客が令嬢ばかりではあからさますぎるからか、招かれたのは年回りの近い令息令嬢達でした。恐らく、側近候補も一緒に吟味するために。そのため、私は二つ年上の兄ガロジェと王城へ向かいました。
はしゃいだ様子のお兄様とは違って、九歳にしては子供らしさのない、現実的な考え方をしてしまう私は、夢や希望なんて抱いていませんでした。今のリヴィエル家の令嬢――つまり私と婚約する価値がないと理解していたから。
お兄様なら、側近として目を引く素養を身に付ければ可能性はあるかもしれません。けれど、婚約者の座を望むのであれば、それだけでは足りないでしょう。
たとえ私自身が価値を示しても、リヴィエル家そのものに魅力や価値、あるいは脅威がなければ、王家にとって婚約する意味はありません。
家同士が繋がる理由――それは、繁栄のためか、あるいは脅威の抑制のため。つまり、今のリヴィエル家には一切当てはまらないのです。
それで言うなら、国内最大の魔石採掘場を持つシャノワール公爵家が筆頭でしょうか。長年、国境の守護を担っているパスキエン辺境伯家も有力でしょう。二つの家にはそれだけの価値があるのです。
私に「射止めてこい」と言う前に、領地の立て直しを考えて無駄遣いを止めればいいのに。
令嬢達の情報をしっかりと頭に叩き込んでいた私は、勝ち目のなさから両親の期待に応える気など更々ありませんでした。
美味しいお菓子が食べられて、話の合う友達が一人でも出来たらいいな――と、栄えた街並みを眺めながら、私は馬車で揺られていました。




