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16,騎士になれなかった男の末路


 一目見た時には、心を奪われていた。


 ウィルクス殿下を前に、媚びへつらうことなく丁寧ながら淡々と挨拶する背中。他のご令嬢達と無駄話をするでもなく、まるで一匹狼のように周囲の様子を観察している瞳。知的な雰囲気をまとった令嬢なのに、お菓子を前に少しばかり目を輝かせた可愛らしい表情。


 俺は殿下に群がる不躾な令息令嬢を牽制し、近衛騎士候補として殿下をお守りしつつ、時折その姿を見つめていた。


 彼女こそ、我がベルトン伯爵家の――俺の婚約者に相応しい。


 どこのご令嬢かは知らないが、殿下の婚約者に決まってしまう前に、もしくは他の誰かに奪われてしまう前に、接点を持たなければ。


 そう考えると、殿下に侍らず、敬うような態度を取らないあの姿勢は、声をかけるには丁度いい。叱るようにきつく指摘すれば、いくらあの令嬢でも怯むだろう。


 会場から出ていく彼女に気付いた俺は、そんな浅はかな思いで後を追い、近付いた。


「俺はただ、君のことが好きだったんだ……」


 その結果、全てを失うことになるなど、何も考えずに。






 ベルトン伯爵家は、多くの近衛騎士を輩出している家だ。嫡男として生まれた俺は、気付けば剣術や武術を学び、「命を賭して王族を守るのが我らの役目だ」と教わってきた。


 大きく逞しい背中。無心で剣を振るう鋭い目。訓練後の気さくな態度や大らかな表情。


 父上や分家筋の騎士を見るたびに、いつか自分もあのような格好いい騎士になれるのだろうと憧れた。


 ある日、十歳になるウィルクス殿下の誕生日パーティーの招待状が届いた時、父上に呼び出された。


「いいか。ベルトン伯爵家の者として、殿下の近衛騎士は誰にも譲らぬ姿勢を見せつけてこい。あと、せっかくだ。お前の婚約者候補も考えてくるといい」

「分かりました」


 殿下の婚約者や側近候補を探すためのパーティーだから、俺の婚約者を探すにも、俺が有力な近衛騎士候補であると知らしめるにも打ってつけの場だ。


 俺は父上の言葉を胸に、パーティーへ向かった。


 いずれ近衛騎士となり、伯爵家を継ぐ俺の妻となるのなら、気高く芯がある令嬢が望ましい。家の留守を任せることもあるだろうし、俺と共に王族を守る臣下としての振舞いも出来なくては困る。


 色々な条件を思い浮かべれば浮かべるほど、そんな令嬢などいないだろうと苦笑が漏れた。


 だが……そこで見付けたのが、一人の令嬢だった。


 彼女がほしい。そう思って声をかけてみたが、怯むどころか冷たくあしらわれてしまった。


「美しい……。なんて素敵なんだ」


 勇ましく、けれど冷静さを失わないその対応力。俺は、より好感を抱いた。


 どうにかして彼女を自分のものにしたい。そう考え、先に会場へ戻った俺は自分にとって都合のいい話を作り上げた。


 彼女が周りから嫌われれば、誰からも選ばれなくなる。そうすれば、きっかけとなった俺に許しを乞いに来るはずだと、軽い気持ちで彼女を悪く言ったのだ。


 まさか彼女が、リヴィエル侯爵家のソレーヌ嬢とは思わなかったが。彼女の言葉通り、格下の伯爵令息の分際で初対面の侯爵令嬢に対し、あまりにも失礼な態度だっただろう。


 これは流石にまずいかと冷や汗が流れたが、どうやら運は俺の味方をしたらしい。シャノワール公爵家のコランティーヌ嬢が俺の話を信じ、周りに広めてくれたのだ。


 いくら侯爵家でも、相手に公爵家がいる以上、下手に喧嘩を売る真似は出来ないだろう。今回の件について和解や話し合いの場が設けられれば、彼女と距離を縮める機会になる。誤解だったとでも言って、互いに歩み寄れれば仲が深められるかもしれない。


 そう安心していたのだが、事態はおかしな方向へ進んでいった。


 リヴィエル家の嫡男であるガロジェ様が、事実確認もせずソレーヌ嬢のことを悪く語ったのだ。その上、侯爵家から追及されることもなく、彼女の立場はみるみる悪くなっていった。


 彼女はいつも一人だった。俺だって、まさかこんなことになるなど思わなかったのだ。しかし、発言を撤回することも出来ない。撤回すれば、周りは勿論、コランティーヌ嬢にも嘘を吹聴したことになってしまう。


 だから、何とかしたかった。一度でいいから謝罪してくれれば丸く収まるのにと、事あるごとに「あの日の謝罪さえすれば許してやる」と言い続けた。


 けれど、彼女の瞳から光が失われることはなかった。家族に見放されようと、『令嬢失格』などという不名誉な名で呼ばれようと。


 悪し様に言われている彼女を不憫に思う気持ちはあったが、それ以上に、ソレーヌ嬢の真の美しさや気高さに気付いているのは俺だけだという事実に心が満たされた。


 このままソレーヌ嬢の悪評が変わらなければ、婚約相手が見付からないのでは?それならそれで好都合ではないか?


 それなら、このまま静観していればいいかもしれないな。そんな考えが頭を擡げ始めた頃、王家から側近の候補者リストが届いた。


 グリース・ベルトンの名前は、側近兼近衛騎士として載っていて安堵した。しかし、父上はリストをじっと見下ろしていた。


「何かありましたか?」

「……確かに名はあるが、随分下の方だな。それに、有力候補と言われていた、何人かの令息の名前がないようだが……」


 そう言われてもう一度リストを確認すると、ガロジェ様の名前がないことに気が付いた。


 あれだけソレーヌ嬢をこき下ろしておいて、側近候補にもなれなかったのか。確かに彼女と比べれば口先だけのような男だったが……侯爵令息が候補にすら入れないなど有り得るのか?


 逆に、リストの上の方に書かれている名前は、家格の高い者から低い者まで様々だった。


 何か、嫌な予感がする。


 そんな言いしれない不安を抱いた数日後――ソレーヌ嬢が屋敷から姿を消したという噂を耳にした。


「彼女が、いなくなった……?」


 しかも、家出なのか誘拐なのかも分からないという。俺は目の前が真っ暗になった。



 側近候補として王城に足を運ぶようになったが、ウィルクス殿下は魔塔の管理という特殊な役目を担っている。


 魔塔には機密事項が多く、まだ側近候補の身では足を踏み入れることは許されなかった。そのため、殿下が魔塔で執務をする日は王城へ行く必要がなかった。


 俺はそうした空いた時間を見付けては、ソレーヌ嬢の目撃情報や足取りを聞いて回った。


 仮に家出なのであれば、令嬢一人で生きていけるはずもない。もしも誘拐されたのであれば、助けを待っているかもしれない。俺が探し出し、助けてやらなければ!そう意気込んだ。

 

 だが、全くと言っていいほど情報は得られず、彼女は一向に見付からなかった。


 そうしている間に一年が経ち、リヴィエル侯爵家に養女として令嬢が迎え入れられた。ソレーヌ嬢とは似ても似つかない、頭の弱そうなアンネ嬢。甘い声で擦り寄ってきたが、あの日のように胸がときめくことなどなかった。


 俺が求めているのは、やはり彼女だけだ。一体、どこに行ってしまったんだ……!そんな気持ちばかりが募っていった。



 俺はソレーヌ嬢への思いを断ち切れず、父上に「さっさと婚約者を決めてしまえ」と催促されても言葉を濁し続けた。アンネ嬢を適当にあしらいながら、消えてしまった姿ばかりを探す日々。


 そのうち、社交界の空気が変わり始めた。魔塔の開発した新製品の数々が素晴らしい出来で、貴族はこぞってそれらを求めた。勿論我が家も。


 しかし、何故か購入権が与えられなかったのだ。長らく王族を守り続けてきた、ベルトン伯爵家が。


 父上や母上は憤り、俺や下の弟妹も王家の考えが理解出来ず、不信感が膨らんでいった。




 それがまさかあの日に繋がるなんて、誰が想像出来ただろう。




 煌めく魔石灯の下で佇むソレーヌ嬢は、記憶よりも成長し、美しく、かつてよりも柔らかな雰囲気をまとっていた。


 真に彼女の才を見付け、支え続けたのは――俺ではなく、ウィルクス殿下だった。


「ウィルクスの十歳の誕生日パーティーで何があったのか。身に覚えがあるだろう?――ベルトン伯爵令息」


 そう陛下に名を呼ばれた時、一瞬ソレーヌ嬢の目がこちらを捉えた。俺が長年恋い焦がれた瞳から伝わってくるのは、あの日と同じ嫌悪感。


 対して、ウィルクス殿下を見つめる彼女は、優しく穏やかに見えた。いつかあんな顔を、お菓子に向けた可愛らしい表情を、俺にも向けてほしいと願っていたはずなのに。


 俺の言動は陛下や殿下によって全て明かされ、どちらが正しく、どちらが悪かったか、全員の前で暴かれてしまった。俺が軽い気持ちで言った悪評のせいで、彼女が家族や周囲からどのような扱いを受けてきたのかも。



 屋敷に戻るとすぐ、俺は父上から「お前を廃嫡する」と言われてしまった。


 騎士にあるまじき行いが明るみにされ、側近の道どころか騎士としての道も絶たれた愚息だ。ベルトン伯爵家を存続させるために、俺を切り捨てる父上の判断は正しい。俺は頷くしかなかった。


 使用人によって荷物がまとめられ、次の日には兵士として地方へ送られた。


「どうして、こうなってしまったんだ……」


 そう呟くが、答えは分かりきっている。


 あの時、あんな態度で声をかけなければ。

 思い付きで悪評など流さなければ。

 さっさと俺から謝罪をしていれば。


 騎士としての矜恃を履き違え、好いた令嬢が貶められていても救わなかった。いや、それを良しとすら思っていた。孤立すれば、俺を選ぶしかなくなるだろうなどと……都合のいい夢を見て。


「ソレーヌ嬢……っ」


 ウィルクス殿下の隣に並ぶ彼女の姿。もう二度と俺が目にすることのない光を思い出しては、何度も後悔に苛まれている。


 全てを失った俺が辿り着いたのは、かつて夢見た栄誉とは無縁の地。俺はここで土煙にまみれながら一兵士として命令に従い続け、愚かで虚しい生涯を終えるのだろう。




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