15,美しい光の下で、いつまでも
そういえば、公式の場でウィルとダンスをするのは初めてです。ずっと魔塔に籠りきりだったので、きちんと踊れるか不安だったのですが……ステップは軽やかに踏めています。
リードしてくれているウィルのおかげでしょう。とても踊りやすく、私の癖まで気を配ってくれているようです。
「こうしてソレーヌと踊れるなんて、夢みたいだよ」
「……?夢ではありませんよ?」
「ふふっ、分かっているよ。でも、それくらい感慨深いんだ。僕は君と出会ってからずっと、こうして堂々と並び立ちたかったからね」
そう言われ、私は苦笑してしまいます。
「私はずっと、ウィルの側にいたでしょう」
「公の場で、僕のソレーヌはこんなに素晴らしいのだと見せつけてやりたかったんだよ。――特に、あの男にはね」
「あの男?」
問いかけてみましたが、ウィルは「内緒」と笑うだけ。一体誰のことでしょうか……。
「ソレーヌが表舞台に戻れたのは嬉しいけれど、これから変な虫が寄ってくるんだろうなぁ」
「面倒くさいので、相手にしませんよ。私がそういう人間だとご存知でしょう?」
「知っているよ。興味のある話を振られたら、嬉々として話しに行ってしまうところもね」
細めた目を向けられ、私は「うっ」と苦しげな声を上げてしまいました。
ウィルが言うには、魔塔は元々、一人一人が好き勝手に研究している場所だったそうです。ウィルが魔塔を管理するようになってから、多少魔術師同士の交流が増えたようですが……それでも大勢が研究室に籠りっぱなし。
そんな魔塔が今や、至るところで知的議論が行われ、気付けば全員がそれぞれの研究に対して助力をするようになっています。その革命を起こしたのは……どうやら私のようなのです。
私には魔術師としての矜恃なんてありませんでした。あったのは、純粋な知識欲だけ。
領地の土壌を改良する際、一旦は魔術を使わずに成功出来ました。けれど、魔術を使えればもっとよくなるのではと考えるのは、研究者であれば当然のこと。
それに、作物を育てるために必要なのは土だけではありません。太陽光の代わりを用意すれば早く育つのか、水質を綺麗にすればよく育つのか……そんな疑問の答えが導き出せるのなら、教えを乞うことに躊躇いはありませんでした。
ウィルを介して、そういった魔術や魔導具の研究を専門にしている魔術師達を紹介してもらったのです。彼らの目的は、夜の街に安全な明かりを灯すことや、汚染してしまった川や海を綺麗にすることでした。
つまり――彼らの熱意が、魔石灯、そして魔石浄化路の誕生に繋がっています。
私の好奇心は、他人への関心が欠落した魔塔の研究者達の教授欲求を刺激したそうなのです。
私は彼らから学び、そして彼らの想いを知りました。街灯設備や水質改善のため、彼らが開発していた動力不足で動かない魔導具を見て、動力さえあれば……と、人工魔石を生み出しました。
人工魔石の誕生、そこから生産体制の確立にも成功したため、魔石が安定して供給出来るようになりました。これにより、今までは不可能とされていた魔術の展開や製品開発を可能にしたのです。
……そのせいで、私は今、魔塔で女神のように崇められているのですが。あれは流石に恥ずかしいのでやめていただきたいところです。
おかげで、魔塔に属する魔術師全員が魔石灯や魔石浄化路の普及に協力すると言い出した時は、私もウィルも顔を見合わせて驚いたものです。予想を遥かに上回るスピードで工事や設置を終えられたのですが……ウィルが焼きもちを焼くようになってしまいました。
「どれだけ興味深い話をされても、僕以外の男に靡かないでよ」
「大丈夫ですよ。もし誰かと話していても、魔術や研究の話題に興味があるだけですから」
「本当?」
「ウィルだって、私の気持ちを信じていないわけではないでしょう?」
「そうだけど……。ソレーヌは誤解されやすいだけで、話すとその聡明さが分かるし、令息達にとっては他の令嬢と話すより、ソレーヌと話す方が楽しいと思うんだよね」
それは……不敬罪に当たりますから口には出しませんが、ウィルもまた少し変わっているからではないでしょうか。
私がウィルと楽しく話せるのは、ウィルもまた勉強や魔術が好きで、その手の議論が好きだからでしょう。
そもそも私は、今でも雑談や非生産的な無駄話が得意ではありません。それでも、ウィルと出会って文通するようになり、家を出て魔塔で一緒に過ごすようになって、誰かと対話をする楽しみを知りました。
誰かと議論が出来ること。他愛のない会話を交わせること。得意ではなくとも、好きと思えるようになったのです。
「今更、他の人達にどう思われたって気にしません。ウィルさえ私から離れないでいてくれるのであれば、それで」
「ソレーヌ……!」
「私は、確かに令嬢失格だと思います。ですが、令息や令嬢といった枠に縛られず、ウィルは私を評価してくれました。私が、自分の望むままにここまで来られたのはウィルのおかげです」
コレリー先生から多くを褒められてきた私ですが、実は、ダンスや運動だけは壊滅的と言われるほど下手なのです。先程の『得意ではない』という次元では済まないほどに。
不得意なものを身に付けるために時間をかけるくらいなら、書物を読んで、研究に時間を費やす方が遥かに有意義だと思います。
クルクル回って踊るだけのダンスに、一体何の意味があるのか。未だに理解出来ないし、きっと一生分からないでしょう。
それが令嬢失格だと言うのなら、私には否定出来ません。それでも――。
(ウィルがこうして喜んでくれる。それだけで……私にとって、頑張る価値がある)
何度、ダンスレッスンの先生に叱られても、スカートの裾を踏んで転んでも。少しでも上達するために、短い時間であっても毎日ダンスの練習を続けました。
楽しくない、あまり成果を感じられない時間。それでも、上手く踊れるようになりたいと願いました。
少なくともあの頃の私にはなかった、令嬢らしい感情。その多くを与えてくれたのは……間違いなくウィルでした。
「ありがとう、ウィル。これからもずっと一緒にいてくださいね」
「……!ず、ずるいよソレーヌ!そんなこと、普段は全然言ってくれないのに……もう!」
「きゃっ!?」
ダンスの最中に、ウィルは私を抱き上げました。ウィルの瞳には、天井に煌めく沢山の星に囲まれた私が映っています。
「愛しているよ、ソレーヌ」
「こ、こんなの、練習にはなかったでしょう!?想定外のことをしないでください!」
「ふふっ。人生は想定外なことだらけだよ、ソレーヌ。ほら、もっと踊ろう」
「ま、待って……!練習した流れでないと踏んで……踏んでしまいますからっ!!」
その後、スヴィエクト女公爵――ソレーヌの活躍により、新たな薬が発表された。薬の材料の一つとして使われたのは、元侯爵領であり、今は公爵領となった山でのみ採れるというキノコ。これには、滋養強壮の成分が多く含まれていた。
それを利用し、魔塔の技術を駆使して誕生したものだった。このキノコを利用した研究は、ソレーヌが侯爵家にいた頃からずっと続けていたもので、ついに創薬が成功したのだ。
魔術師達は薬に頼り、不眠不休で研究に没頭。あまりにも爛れた生活を見兼ねたウィルクスにより処方が制限され、医者から全員揃ってこっぴどく叱られるような珍事件が起こることも。
大の大人達が、ウィルクスに「少しは日光を浴びろ!」と野外に並ばされ、反省中の看板を立てられた話は有名である。そこにはソレーヌの姿もあったとかなかったとか。
ソレーヌに与えられた領地には、それはそれは美しい魔石灯が街中に灯され、王国三大夜景の一つとして有名な観光地となった。視察で領地に戻ってきた二人が、夜景を眺めながら食事をしている姿は有名だったという。
魔塔およびソレーヌが生み出したそれらは、文明の進歩に繋がったとされ、後世にまで語り継がれていく。
同時にその恩恵を受けられず、貴族名鑑から消えた家々があったようだが……それ以上に、多くの功績が国を照らし続けたため、彼らの存在が思い出されることは終ぞなかった。




