14,悪意に授けられる烙印
アンネの主張に、ウィルは冷めた目を向けました。
「アンネ嬢。あなたが侯爵家の養女になった時、彼女は家から除名されていました。つまり、義姉妹の期間はありません。ソレーヌとあなたに接点はないはずですよ」
「そ、それは……っ」
「それに、あなたが侯爵から何と言われて養女になったか、我々は知っています。それは紛れもない僕達王族への侮辱ですよ」
侯爵は、私の前でも呟いていた独り言を、そのままアンネにも伝えたようなのです。“正妃が無理なら、側妃や愛妾を目指せ”と。侯爵家当主が、なんと愚かな……。
アンネが望まぬまま利用されていたならまだしも、それを聞いた上で彼女自身が同意していたのですから、同情の余地などありません。王家に不敬な発言をしたのですから、私に助けられるはずがないでしょう。
「そんなの、どの家の令嬢も腹の中では思っていることでしょ!?」
「仮にそうだったとしても、普通は口に出さないものですよ。それに、あなたの言う“どの家の令嬢”が誰に該当するのか、根拠も証拠もありません。しかし、目の前にいるあなた達には、明確な不敬罪の証拠や証言があるのですよ」
「不公平じゃない!その女が傷付けられたことで、侯爵家を調べていたから分かったことでしょ!?他の家だって調べれば、同じように思っている女なんてごろごろ出てくるに決まっているのに!どうせあんた達もそう思っていたでしょ!?」
騎士に掴まれているのもおかまいなしに、アンネはとある令嬢達の方を向いて怒鳴りました。あの者達は……確か前にウィルがお茶会を開いた時にいた令嬢達でしょう。
彼女達は目を伏せ、視線を遮るように扇を開きました。巻き込まれたくないでしょうから、そうするのも当然です。その姿を見たアンネは舌打ちして、「何とか言いなさいよ!」と喚いています。
私は壇上からアンネを見下ろしながら、声をかけました。
「侯爵もあなたも、どうして責任転嫁ばかりなのですか?どうして己の言動を直そうとしないのです?」
「はぁ!?」
アンネは顔を真っ赤にして暴れだしました。けれど、騎士の力に敵うはずもなく、ついに床へ組み敷かれてしまいます。
ウィルは心配そうに私を引き寄せました。
「ソレーヌ。あんな人間に何を言ったって無駄だよ」
「無駄なことは分かっています。ですが、あの子は家族ではないのでしょう?だから少しだけ、私にも話させてください」
ウィルから「元家族と話す必要はない」と言われていました。とすると、アンネとは家族関係になったことがないと言ったのはウィル自身です。
そんな思いを込めて見つめると、ウィルは諦めたように肩を竦めて、少し身を引いてくれました。心配してくれているのに、ごめんなさい。
そんな私達のやりとりに口を挟むように、アンネが再び喚き始めました。
「どうして!?あたしがウィルクス殿下の隣に立つはずだったのに、なんであんたがその方に選ばれるわけ!?しかもあんた、身長は違ったけど、いつもウィルクス殿下の側にいた魔術師でしょ!」
「えぇ。目敏い方が私だと気付かないように、魔術師のローブを着てヒールを履いた方がいいとウィルに言われたんですよ。特にあなたは私を恨むでしょうから」
「当然でしょ!?そもそもあたしがこんなことになったのは、あんたが家から抜け出したせいじゃない!あんたが責任取りなさいよ!」
私がいつもウィルの側にいた魔術師と知ったからか、それとも私が彼を「ウィル」と呼んだからか、アンネは唾を飛ばしながら叫んだ。
「私が侯爵家を抜け出したおかげで、あなたは念願の侯爵令嬢になれたのでしょう?前に言っていたではありませんか。『侯爵令嬢なんて羨ましい』と」
「だったら何なのよ!」
「何って……そもそもと言うのなら、私が抜け出さなければ、あなたは子爵令嬢のままだったはずでは?王都で暮らすこともなければ、ウィルの婚約者候補に選ばれることもなかった……。違いますか?」
私が問いかけると、アンネは目を見開いたまま固まってしまいました。きっと彼女の頭の中では、色々なことが都合のいいように書き変わっているのでしょう。
「侯爵の思惑を知りながらも、せめて侯爵令嬢として必要な教養を身に付けて、適切な対応を心がけていたなら、ウィルも考慮してくれたはずです。私だって、『侯爵に望まれて、合わせていただけかもしれません』と守ることも出来たでしょう」
「元は子爵令嬢だったのよ!?あんたと同じことを求めないで!」
「それが、あなたの望んだ“侯爵令嬢”という立場です。それに私は、同じことを求めてはいないでしょう?せめて侯爵令嬢らしい教養を、と言っただけで」
「そうだよね。ソレーヌと同じ水準を求めるなら、農務長官を唸らせるくらいの研究成果を出してもらわないと」
ウィルは、まるで子供に言い聞かせるように苦笑しながら告げました。言葉はまるで可愛くありませんが。
それが普通ではないことくらいは、自分でも自覚しています。だから私は“侯爵令嬢として”と言いましたのに。
「普段、『あたしは侯爵令嬢なのよ』と権力を振りかざすのに、都合が悪くなれば『元々子爵令嬢だったから』と言い訳するなんて……。そんなものがいつまでも通るはずないでしょう」
「その上、あなたはもうリヴィエル家と関係ないとは言えないのではありませんか?――養女というだけではなく、ね」
そう口にしながら、ウィルはそっと自分のお腹へと手を当てました。どういうことか分からなかった私は、首を傾げながら顔を戻して――
凍り付いた表情をしている二人を見て、察しました。
ウィルから、「最近、二人は互いの傷を舐め合うように、一緒に行動しているみたいだよ」とは聞いていたのですが……まさかそんな関係だったなんて。
それで「あたしがウィルクス殿下の隣に立つはずだったのに!」なんて、何を考えて言い放ったのでしょうか。
ウィルは興味を失ったようにアンネから顔を背け、全体を見渡しました。
「これほど聡明で努力を惜しまない彼女に『令嬢失格』などという烙印を押して笑っていた者達は、自身を愚か者だと吹聴していたようなものです。これだけ国に貢献してくれた彼女を愚弄するあなた達は『貴族失格』でしょう?」
声色は優しいですが、その目は一切笑っていません。ウィルも紛うことなき王族の一員なのですね。
「あぁ、リヴィエル家の者達に至っては、人でなしの意味も込めて『人間失格』の名を授けましょうか。己の浅はかさを噛み締めながら、残りの生涯を静かに過ごしてください」
「そうだな。お前達は勲章ではなく、その不名誉な烙印を持ち帰るといい」
侯爵は放心状態で項垂れ、夫人は狂ったように涙を流しています。侯爵令息はきつく目を瞑り、アンネは変わらず抵抗しながら「離して!」と叫んでいます。けれど、騎士達は容赦なく彼らを引きずっていきます。
「いやっ!いやぁ!全部あんたのせいよ!あんたさえいなければ!ソレーヌ……!ソレーヌうううぅぅっ!!」
そんなリヴィエル家一同は、周りの者達と一緒に会場の外へ追い出されていきました。
しっかりと扉が閉じられると、静寂が訪れました。陛下が一度手を叩くと、軽快な音と共に緊張した空気が弾けました。そして一斉に、壇上へ視線が集まります。
「さぁ、仕切り直そうか。魔塔の功績、ウィルクスとソレーヌ嬢の婚約を祝し、今日は盛大に楽しんでくれたまえ!」
場を盛り上げるよう陛下が声を張り上げると、残った貴族達から歓声が上がりました。楽団が音楽を奏で始め、使用人達が飲み物や食事を並べていきます。
明るく和やかな空気を感じていると、ウィルは私に恭しく手を差し出しました。
「ソレーヌ、僕と踊ってくれる?」
「えぇ」
そっと手を添え、私達はフロアの中心に向かいます。明るく美しい魔石灯に照らされながら、私達はゆったりと踊り始めました。
ここまでお読みくださり、ありがとうございます。
グリースの流した嘘を明るみにするところから始まり、リヴィエル侯爵と夫人、ガロジェ、そしてアンネの断罪が終わりました。
ですが、この断罪劇のあと、彼らの未来がどうなったのか……それを本人の視点でご用意しています。
グリース、ガロジェ、アンネといった断罪された三人に加え、本編ではあまり話していなかったパスキエン辺境伯令嬢、そしてウィルクス。
彼らから見たソレーヌとはどんな人間だったのか。過去から今に至るまで、どんな気持ちで彼女と接してきたのか。その結末がどうなったのか――。
最後までお付き合いいただけますと幸いです。
来週もお楽しみに!




