13,見捨てられた者達の退場
「ちなみにソレーヌの功績は、今に始まったことではありません。先程、陛下もおっしゃったでしょう?伯爵位からの陞爵だと」
「な、何かの間違いでは?ソレーヌの名は、貴族籍から抜いております!つまり、その娘は今や平民のはずです!伯爵位?しかも、我が侯爵家を差し置いて、公爵位を賜るなど……おかしいでしょう!」
ウィルの言葉を信じたくないのか、侯爵は床に座り込んだまま私を指差しました。眉を寄せたウィルが、私の腰を引き寄せます。
「誰に向かってそのような態度を取っているのです?彼女はもう女公爵――あなたより格上なのですよ?それに、僕の婚約者でもあります。侮辱しないでいただきたいのですが」
「くっ……!」
「そもそも、侯爵が破り捨てた彼女の研究に、どれほどの価値があったか分かっていないでしょう?」
ウィルに問いかけられた侯爵は、口をはくはくさせるだけで何も答えませんでした。それはそうでしょう。目を通しもせず、表題を見ただけで破り捨てたのですから。
「彼女から『侯爵家には不必要だそうです』と連絡があった時は、怒りを通り越して笑ってしまいましたよ。それが当主の行うことですか?」
「た、たかが十歳程度の子供に、領地の何が分かると言うのです!?」
「だとしても、一度くらいは目を通すべきでは?自分の娘が領地を思って研究したものだというのに……!」
語尾が強くなり、キッと睨み付けたウィル。至極真っ当な指摘に、侯爵は気まずそうに視線を逸らします。
「あなたが要らないと捨てた彼女の研究は、僕が買い取りました。既に侯爵領にも広まり、収穫量が上がっているのですが……きっとそれにも気付いていないのでしょう?」
「なっ!?」
「彼女の研究は、その分野に詳しい農務長官も認めるものだったのですよ。土壌そのものの改良の仕方や、作物を意識した肥料作りなど、未熟な点はあるものの、素晴らしい研究だと絶賛していましたから」
……そんな大袈裟な。私自身はそれほど大したことをした記憶はないのですけれど。視察に付いていった時に田畑を見て、何が出来るだろうと考えて、研究することにしただけです。
コレリー先生経由で、今度は農務長官から「これは侯爵領だけでなく他にも活かせるのか!?」と手紙が届いた時は、何故私に聞くの……?と首を傾げました。
「あの時の紙に、そんな価値が……!?」
「おかげで国全体の作物の収穫量が増し、味の質も上がったと。その功績もあって、名誉男爵に叙爵しています。その後も子爵位、そして伯爵位まで自力で上り詰めているのですよ」
農務長官には、素直に「分かりません。その土地をじかに見た上で検証する必要があると思います」と返事をしました。私が研究していたのは侯爵領だけですから、他領の気候や土、水の質も分かりません。判断しようがなかったのです。
そうしたら、翌週にはコレリー先生の教材という建前で、それぞれの領地の資料や情報が送られてきたのです。その……他領からすれば、機密事項ではないのでしょうか?私が知っていいものなのですか?と慄きました。
それに正直に言うと、これを研究して私に何の利があるの?と迷惑にも思ってしまいました。
侯爵領の得にならないどころか、敵に塩を送るようなものです。どうして他領の面倒を私が見なくてはいけないの?と。そう思うのは当然でしょう?
そうしたら、後日届いたウィルの手紙に「研究成果によっては、名誉男爵に叙爵出来るよ」と書かれていたのです。ですから、自分のためにも研究することにしました。いつあの人達に捨てられるか分かりませんでしたから。
「僕からすれば、かえって侯爵が破り捨ててくれて良かったとさえ思っていますよ。侯爵領だけで独占されずに済みましたからね」
「お前っ!お前が、きちんと説明しておれば!」
「……」
私の記憶が正しければ、何度も伝えていたはずなのですが。それなのに、一切耳を傾けなかったのは誰ですか?
「ソレーヌには、元家族と話す必要はないと言ってありますので、何の返事もありませんよ。彼女の言葉を遮り、まともに話も聞かず、言いなりにならなければ手を上げてきたあなたに、そんなことを言う資格があるのですか?」
「あるとぬかすなら、全ての調査記録をこの場でばらまいてもいいぞ。ソレーヌ嬢が幼少の頃からどう扱われてきたかも調査済みだからな」
陛下も呆れ返った表情でそう告げると、もう言い返せないと諦めたのか、侯爵はついに力なく項垂れました。
「愚かな侯爵に伝えておくと、リヴィエル家を出た時点で、ソレーヌは既に子爵位でしたよ。……彼女の境遇を考えて、全て内密に済ませていましたけれどね」
私が既に爵位を持っていると知れば、侯爵は謝罪もなく「その力を活かせ」と言ってきたはずです。場合によっては功績を奪われ、侯爵令息の手柄にされていた可能性だってあります。
ですからウィルは、コレリー先生や農務長官などの協力を得て、密かに叙爵の手配をしてくれました。いざという時に、手にした爵位で身を立てられるように。
逆に侯爵達は、我が身を振り返らず、人材を道具のように思い続けていました。私の恩人であるコレリー先生さえもそんなふうに扱われて、もう許せなかったのです。
私は彼らを見捨てることにしました。彼らがこのまま変わらないのであれば、家ごと滅ぶべきだろうと。
「ここにいる者達は、それぞれ貴族の子なのだろうが、爵位を持つ者と、どこぞの家の令息令嬢――どちらの方が位が高いかは分かるだろう?」
陛下が冷笑すると、もう誰も口を挟めない様子でした。最初から全て間違っていたのだと、膝をついたまま頭を抱え、嗚咽を漏らすばかりです。
「僕は女公爵となる彼女の婿として、公爵家に入る予定です。彼女が十六歳の成人となり、一人で全て決められる年になるまで……本当に長かった」
ウィルはそう言いながら私の腰を抱き、その額にキスを落としました。その途端、ホールに悲鳴が巻き起こりました。みなさんの前で何をするのですか。
困った顔で視線を逸らすも、ウィルの蕩けるような笑みが追ってきます。……ほら、しゃんとしてください。
「あなた達は大罪を犯したわけではありません。話せば気付けたはずの真実を見誤り、一人の令嬢の人生を狂わせ、その上に地位を築こうとした……ただそれだけ。貴族社会ではよくある話ですが、相手が悪かったですね」
「今後もそれぞれの家への対応が変わることはないと思え。ソレーヌ嬢の温情で、お前達の意見も聞いてやろう。用のある者には後日召喚状を送る。それまでに話すべきことを整理しておくことだ」
その言葉のあと、陛下が手を上げたのを見て、近衛騎士がそれぞれの家の者達へ向かっていきます。
「これからの祝いの席に、お前達は不要だ。退場せよ」
騎士達は座り込んでいる者を無理やり立たせ、会場から追い出し始めました。多くの者達は、今からパーティーが始まっても居心地が悪いだろうと、案内されるままに自ら歩いていきます。
――しかし、
「ねぇ!あたし、あなたの妹ってことになるんでしょ!?助けてよぉ!あたしは関係ないじゃない!」
と、騎士に取り押さえられながら叫んだ令嬢が一人。アンネは、まるで被害者のような顔で、私に手を伸ばしていました。




