12,恩恵を与えられなかった理由
「本当は、その場で注意したかったのです。しかし、僕がソレーヌを庇えば、彼女が婚約者の有力候補と推測されたり、令嬢達の矛先が更に彼女に向いてしまったり……注意することが彼女のためになるのか、分かりませんでした」
ウィルは、未だにあの日のことを後悔しているとよくおっしゃいます。「あの時、僕が指摘していればこれほど悪化することはなかっただろうに」と。
ですが、ウィルを責めるつもりなど毛頭ありません。だって、まさか侯爵令嬢への悪評を、家族が裏取りもせず真に受けるだなんて思わなくて当然です。
「けれど、悪評は収束するどころか広がる一方でした。僕の誕生日パーティーでの出来事ですから、僕にも口を挟む権利はあります。そこで、彼女の家庭教師を務めていたコレリー先生を通じて、ソレーヌへ密かに手紙を送ったのです」
「なっ!?ソレーヌ!そんなこと一言も言わなかったじゃないか!」
リヴィエル侯爵はぎょっと目を剥きました。あのような扱いをしておいて、どうして素直に伝えてもらえると思うのでしょう。
「僕がソレーヌに、侯爵には言わないようにと命じました。それを知れば、あなた達は何処までもソレーヌを利用し、搾取し続けたでしょう?」
「そ、そんなことはありません!」
「いいえ。僕は、あなた達が彼女にどんな仕打ちをしてきたか、知っているんですよ。侯爵、侯爵夫人、それに侯爵令息」
ウィルから一人一人呼ばれ、三人は押し黙りました。
「本当は、もっと早く彼女を助けたかったのですが、彼女自身がそれを拒んだのです。侯爵領に住まう民のために出来ることをしたいと言って。そうすれば、家族に認められるかもしれないと……誤解も解けるかもしれないからと。――あなた達はそんな彼女の努力を破り捨て、優しさを無下にしたようですが」
いつも穏やかで優しいウィルとは思えない、冷ややかな声と瞳。侯爵は「まさか、あの時の……?」と声を震わせました。夫人と令息の顔も青ざめていきます。
最初、コレリー先生に「第三王子ウィルクス殿下からです」と手紙を渡された時は何事かと思いましたけれど。あのパーティーがきっかけで、ずっと文通を続けていたのです。
ですから、私がどんな研究をしているのか、どんな成果が出たのか、ずっとウィルには伝えていました。侯爵領を、そして侯爵家を変えたいとも。
家族に愛されず、認めてもらえなかった私が、心折れずに前を向けたのは、コレリー先生とウィルの存在のおかげです。
「彼女はずっと耐えていたんです。邪険にされながらも、土地を管理している者達に土や肥料の改良案を伝え、誰も話しかけてこないお茶会やパーティーで耳を傾けて情報収集をして。侯爵領の民を守り、侯爵家を変えるために」
私の評判が悪いせいか、話を聞いてくれない人もいました。けれど、アンネの生家であるモリン子爵家のように、領地運営に真摯な方は耳を傾けてくれたのです。おかげで収穫量が増えていると嬉しい報告を受けています。
「そんなソレーヌ嬢を軽んじるリヴィエル侯爵令息を、側近候補として迎え入れられるはずがないだろう。そうして候補者から除外してみれば、お前達はソレーヌ嬢の悪評のせいだと詰ったそうだな?」
「『令嬢失格』などと不名誉な呼び名を与えられたソレーヌを守らなかったばかりか、それを利用して令息を引き立たせようとしていたのに」
「そんな事実はありません!ソレーヌが言ったのですか!?お前、そんな嘘をつくんじゃない!」
陛下やウィルの言葉に、侯爵は慌てて否定し、私を睨み付けてきました。しかし、陛下は侯爵を馬鹿にするように鼻を鳴らします。
「ふん。ウィルクスが気に入った令嬢の家だ。調査のため、侯爵家にはこちらの手の者を潜り込ませていた。ソレーヌ嬢の証言だけではなく、王家の抱えている密偵からの報告もあるが、それも嘘だと言うのか?」
陛下がギラリと睥睨すると、近衛騎士が侯爵へ迫ります。侯爵は「ヒッ」と小さく悲鳴を漏らし、どさりと膝をつきました。夫人は「嘘よ!嘘よっ!」とヒステリックに喚きながら頭を抱えています。
「やっとリヴィエル家を見限ったソレーヌが、コレリー先生に連れられて王城に来たんです。それからはずっと魔塔で一緒に仕事をしてくれていますよ。その功績は語らなくても十分伝わっているでしょう」
「金の卵を産む鳥の首を絞め、軽んじてきた能なしを評価するはずなかろう。妃や息子達も同意見だ」
ちらりと振り返ると、王妃様は私に向かって優しく微笑み、二人の王子殿下も静かに頷いていました。
王城に来たばかりの頃、王妃様は表情や感情の乏しくなってしまった私を優しく抱きしめてくださいました。王子殿下方も、実の兄よりも優しく声をかけてくださって。
私は初めて家族の温もりに触れたような気がしたのです。家を出たことで、初めて……。
「僕は覚えていますよ。ソレーヌを愚弄してきた人達を。人工魔石を使った製品の販売を制限し、購入者を選別したのは、何も普及のためだけではありません。あなた達には、彼女の恩恵を受ける資格などないでしょう?」
リヴィエル家、シャノワール家、ベルトン家。他にも表情を暗くしているのは、執拗に私の悪評を言い続けていた令息令嬢の家の者達ばかり。
漸く答えに気付いた彼らは、あぁ……と嘆き、その場に崩れ落ちました。




