10,選ばれる者と選ばれない者
お茶会では誰が婚約者の最有力なのか分からなかった。でも、お義父様に「公爵令嬢は婚約者に決まっていないみたい」って伝えたら嬉しそうにしていた。
あたしは、「何としても婚約者の座を手に入れるんだから!」って意気込んだわ。
それなのに――
リヴィエル家の状況は悪化していったの。
「おかしい……!何故我が侯爵家よりも先に、子爵家なんぞが魔石灯を購入している!?ふざけるなっ!!」
その怒声に、今日も始まった……と、あたしはうんざりしていた。
魔塔で開発された人工魔石。それを用いた製品は貴族達の関心を集めた。けれど、これまで通り販売が制限されてしまって、魔塔から届くという“購入権の入った手紙”を待つ他になかったの。
最初に権利を得たのは、王妃の生家。次に宰相や大臣といった重鎮達の家――お義父様も、そこまでは理解出来るって納得していたわ。
でも、次に権利を得たのは――パスキエン辺境伯家。シャノワール公爵家を差し置いて選ばれたことで、社交界は騒然となった。
公爵家と辺境伯家なら、公爵家の方が格上だもん。その公爵家よりも先に辺境伯家に購入権が届いたとあって、ウィルクス殿下の婚約者はそちらだったのか!?って憶測が飛び交った。
辺境伯令嬢って、ずっと反応が薄かった女じゃない!もしかして、あの時点で内定していたのはあっちで、余裕ぶってたってこと!?
しかも、その次に権利を得たのが、ウィルクス殿下の側近候補として令息が選ばれているマレー子爵家という身分の低い家だったの。子爵家よ!?おかしいでしょう!
だから、婚約者第一候補はパスキエン家の令嬢。側近に確定したのはマレー家の令息。そんな噂が流れたの。
お義兄様は側近候補から外れてしまってから、あまり社交の場に顔を出していない。それに、最近はあたしの評判もよくない。お義父様やお義母様は必死で火消しをしようとしてくれたんだけど、お茶会に行くたびにあたしの悪評は増えていく一方だった。
悪評の大きな理由は、あたしが令嬢として教養がなさすぎるからだって。お義父様には「家庭教師を付けてやったのに、何故こんなことも分からないんだ!」って怒鳴られたわ。
だってあたし、「殿下を誑し込め」って言われて養女になったんだもん。今更勉強なんて、すぐ身に付くわけないじゃん。お義兄様だってお勉強嫌いだしぃ。
あのお茶会以来、あたしは令嬢達から遠巻きに悪口を言われるようになっていた。みんな、嫌な目で見てくるの。
そのせいか、パーティーや出かけた先で令息達を見かけても、みんなそそくさと離れていってしまう。お披露目の時にはあれだけ言い寄ってきたくせに!
それをお義兄様に涙ながらに相談したら、「社交って面倒だよな」と慰めてくれたの。それからはよく二人で、令息令嬢や親の愚痴を言い合うようになっていた。
そんな毎日のせいか、お義父様もお義母様もずっとカリカリしてて鬱陶しいのよね。
今日も怒鳴り始めたお義父様を見て、飛び火する前にその部屋を出ていく。つまらないし、今日もお義兄様のところに行こーっと。
……そもそも、もうあれだけ色々言われたら、ウィルクス殿下に選ばれるのは無理だよね。
必ず選ばれてみせるって意気込んでいたけれど、流石にあたしでもこの状況で高望みしていられなかった。あの美しい姿を思い浮かべるだけで胸が苦しくなる。でもこのまま思い続けていても、きっと無様な思いをするだけな気がした。
――そこであたしは、閃いた。
それならいっそ、このままお義兄様と一緒になるのは?そしたら、最低でも侯爵夫人にはなれるよね?その方が現実的だし、お義兄様の方がチョロそうじゃない?
ウィルクス殿下と比べれば、どの令息にもあまり魅力は感じない。それなら気心が知れたお義兄様の方が扱いやすく、楽に過ごせるのでは?
あたしはペロリと舌舐りをした。それから、「お義兄様ぁ」と甘い声を出して部屋に入って、扉の鍵をかけた――。
ウィルクス殿下のお茶会から、更に半年。リヴィエル家の仲は最悪になっていた。
侯爵家は火の車らしいのに、お義父様は酒に溺れて、お義母様は散財ばかり。八つ当たりされたくなくて、あたしは常にお義兄様と一緒に行動するようにして、社交の場にも顔を出さなくなった。
そんな時、王家から『魔塔の功績を称える表彰式』の招待状が届いたの。
「何が表彰だ!侯爵家の我々を無視した奴らだぞ!」
結局、未だリヴィエル家に“購入権の入った手紙”は届いていない。届いたところで購入資金があるとは思えないけどね。
だからって、いくら喚いても侯爵家が王家主催の催しを断れるはずがない。お義父様は「嫌味の一つくらい言ってやる!」って息巻いて、お義母様は下品なほどの宝石を付けて、お義兄様とあたしは恋人のような距離感で会場へと足を踏み入れて――揃って息を呑んだ。
魔石灯が眩い光を放ち、煌びやかな装飾が輝くそこは――まるで別世界。
街で取り付けられているシンプルな魔石灯とは違って、見事な金細工の籠の中で光る魔石は幻想的だった。
会場に見とれていると、盛大にラッパが鳴って王族が入場してきた。
第二王子は婚約しているものの結婚には至っていない。婚約者がまだ王族の仲間入りをしていないからか、一人での入場らしい。
「……もし、ウィルクス殿下が駄目なら」
お義父様がそんな新たな野望を呟こうとした声を、陛下の声がかき消した。
「みな、今日はよく集まってくれた。この一年、多くの変化を感じただろう。暗闇だった街に光が灯り、美しい水が王都を巡るようになった。これは夜間犯罪の減少や、汚染水によって発生する病の根絶に繋がるだろう。その他、多くの製品を生み出した魔塔の功績を称え、報奨を与える」
その言葉と共に入口の扉が開かれ、ウィルクス殿下が現れた。大きな拍手が巻き起こるものの、リヴィエル家の瞳は憎悪に曇っていた。でも……
「やっぱり素敵……」
更に成長し、青年らしくなったウィルクス殿下。あの方の隣に立ちたいって、今でも願っているのに……。
恋焦がれるようにその姿を見つめていたせいか、お義兄様が小さく舌打ちをした。なによ、心が狭いわね。
陛下が功績と報奨を読み上げ、ウィルクス殿下は勲章を授かっていた。そのあと、ウィルクス殿下は王族の席に上がらず、壇上の近くで横に捌けていく。
表彰はこれで終わりだろうと思っていた貴族達は、中央に残る陛下の姿と殿下の行動に首を傾げる。
「さて、魔塔に対しては以上となるが、それとは別で、個人が成し遂げた功績をこの場で発表したい。かの者は魔術を深く探究し、『人工魔石』の生成に成功した。多くの製品誕生の原点となり、魔塔を一致団結させ更なる高みへと導いた。その者を称え、伯爵位から陞爵させ、公爵位を与える!」
突然の陞爵に全員がざわめく。再び扉が開かれ、ローブ姿の魔術師が入場してきた。
陛下の御前なのに、フードを被ったままの姿を見て、みんな拍手をしながらも眉を寄せている。流石のあたしでも、あれが失礼なことは分かるわ。
それにしても公爵位って、リヴィエル家より上じゃん!それなら仲良くなっておけばよかったぁ……って、あれ?あの人、あんなに小さかったっけ?
前を歩いていったその姿に、あたしは首を捻る。
ウィルクス殿下よりは小さくても、あたしよりは背が高かったはずの魔術師は、何故かあたしとあまり大差がないように感じた。
少し距離があるから小さく見えただけ?それともローブが同じだけで別の人なのかな?魔塔のローブがみんな一緒って可能性はあるもんね。
歩みを進めていた魔術師は、陛下の元に辿り着く手前で立ち止まった。
「もう隠す必要はない。みなにその姿を見せてやるといい。――ソレーヌ嬢」
「はい」
その名前が呼ばれ、魔術師はローブを脱いだ。
……は?ソレーヌって、あのソレーヌ……?どうして、どうしてあんたが……!
どうしてあんたがそんなところにいるのよ!?ソレーヌっ!!
銀色の上品なドレスに身を包んだソレーヌが姿を現した瞬間、場は騒然とした。そんなあの女はあたし達に目もくれず、天井を見上げて満足そうに微笑んでいた。




