第47話 破綻令嬢は料理長と再会する
「料理長!」
ロシュフォール邸から失踪した、元料理長だった。
「おお、料理長ではないか! 無事だったのだな!」
ヤッコロが嬉しそうに駆け寄ろうとして――ピタッと足を止めた。
私も、あんぐりと口を開けてその姿をまじまじと見つめてしまう。
顔は確かに、見覚えのあるあの真面目そうなヒゲの初老の男だ。
だが、首から下が完全に別物だった。
はち切れんばかりにビルドアップされた巨大な大胸筋。丸太のように太い腕には、無数の切り傷や火傷の痕が刻み込まれている。身長も三十センチくらい伸びてるし。
さらに、なぜか上裸だ。
コック帽とエプロンだけは身につけているが、そのエプロンすらも隆起した筋肉に押し上げられてパツンパツンになっている。
要するに、世紀末マッチョになっていた。
「料理長、カッコよくなってる……」
「服はどうしたのだ?!」
私とヤッコロの当然のツッコミに、料理長は「ふっ」と鼻で笑い、大胸筋をピクピクと動かした。
「恩人殿に料理対決で完全敗北を喫したあの日……」
「いや、普通に勝ってましたわよ? 私が負けましたわよ?」
「ワシは自らの料理人としての浅はかさを恥じ、真の『刺激』と『真理』を求めて、はるか極東の地へと渡ったのだ」
「なんで?」
あと口調変わってるし。
「極東で、ワシは現地の未知なる食材と向き合い、血の滲むような料理修行に明け暮れた。……だが、時代がワシに包丁だけを握ることを許さなかった」
私のツッコミを華麗にスルーして、料理長は遠い目をし始めた。
なんだなんだ、急に劇画タッチな空気になってきたぞ。
「そこでワシは、現地の住民たちと『デスメガロ族』との苛烈な争いに巻き込まれることになったのだ」
「デスメガロ族」
すごい名前の敵出てきちゃった。料理ファンタジーから世紀末サバイバルにジャンル変わったな?
「私は愛用の包丁『グランバスター』と、鉄鍋『レオンクラッシャー』を振るい、なんとか戦火をくぐり抜けた」
「グランバスターとレオンクラッシャー」
完全に武器にする気まんまんの名前じゃねーか。
料理長の筋肉がさらにパンプアップする。
「しかしある時……ワシの居候先の恩人、老師チャオフェンと、その孫娘ミウミウを護る戦いの中で、強大な敵の前にグランバスターとレオンクラッシャーが粉々に破壊されてしまったのだ!」
「チャオフェンとミウミウ?! ここで中華ファンタジーになるの?!」
「武器……いや、調理器具を失い、絶体絶命の窮地に陥ったワシ。しかしその時、極限状態の中で、ワシの中に眠る料理獣『クシュビュフ』との対話の中で、料理の真髄に開眼したのだ!」
「料理獣?! ワシの中に眠る?! 料理長何者なの?! 主人公なの?!」
私の叫びを一切気にせず、料理長は両腕をクロスさせ、力強く天に掲げた。
「『身体是道具也。道具是身体也』……ッ!」
「……は?」
「私は己の肉体という最強の調理器具を使い、素手でデスメガロ族の族長を引き裂いて調理してやったのだ!!」
「怖っ! それただの徒手空拳による殺戮ですわ! 料理関係ないですわ!」
包丁を失って素手で敵のボスを物理的に引き裂く料理長(上裸)。
どう考えても別の物語の主人公として覚醒してしまっている。私の破綻飯が彼にこんな取り返しのつかないトラウマを植え付けてしまったというのか。
「……おおおっ」
隣で、ヤッコロが両手で口を覆い、ボロボロと涙を流していた。
「料理長……! まさか異国の地で、それほどの苦労を背負っていたとは……! 立派な戦士になって帰ってきたのだな……!」
「すごくピュアな反応!」
私の至極真っ当なツッコミも、この主従の美しい絆(勘違い)には届かないらしい。
「ふん。ヤツネお嬢様、お気遣い痛み入ります。ですが、ワシは戦士などではありません。どこまで行っても、一人の料理人に過ぎない」
「いやデスメガロ族引き裂いといてそれはないでしょ」
「ふっ……」
「哀しみを乗り越えた者のみに許された遠い目やめろ」
料理長は、私を真っ直ぐに見据え、分厚い胸板を叩いた。ドスッ、という鈍い音が響く。
「恩人殿。この筋肉こそが、私が極東の死地で見出した料理の『真理』。あの日の雪辱を果たすため……もう一度料理対決を申し込むッ!」
「だからあの日も私が負けてたんですってば」
こうして、何が何だかわからないうちに、私はムキムキになった料理長と再び料理(?)で対決することになってしまったのだった。
え、これ、負けたほうが勝ったほうに鍋の具材にされるデス料理対決じゃないよね? 私、素手で引き裂かれたりしないよね???




