第46話 破綻令嬢は実質寿司を作る
ヤッコロの願望を果たした「白馬の口移し事件」から数時間後。
北の砦の食堂では、魔王軍撃退とヤッコロの完全復活を祝して、盛大な宴が開かれていた。
「皆の者! 魔王軍の脅威は去った! 砦の外は見渡す限りの永久凍土になっていて極寒だが……ともかく今宵は勝利の美酒に酔いしれよう! 乾杯!」
ヤッコロがジョッキを高らかに掲げると、騎士たちから「うおおおおっ!」と地鳴りのような歓声が上がった。
うんうん、生真面目なヤッコロが戻ってきて何よりだよ。馬の唾液の味を忘れるくらい、今日はいっぱい飲んで食べてほしいね。
ちなみにオードブルにはヤッコロの手料理が並ぶ。焼き鮭、卵焼き、おにぎり、ウインナー……祝宴っつーより、ホテルの朝食バイキングだねこりゃ。
「よし、私もお祝いの料理を作りますわ」
「いや、メシ子殿はおとなしくしていてくれ」
「そういうわけにはいきませんわ。主役のヤッコロだけにご飯を作らせるなんて、私のホスピタリティが許しませんわ」
「イヤな予感しかしないのだが……」
「安心してくださいませ。和食、そしてお祝いごとにピッタリの料理を知っていますわ」
「おおっ! メシ子殿の手料理!」
騎士たちが期待の眼差しを向けてくる。
お祝い事といえば、やっぱり前世の記憶的にも「アレ」しかないだろう。
「ハタゾォォォンッ!」
私は戦場で稼いだポイントを贅沢に突っ込み、段ボールを召喚する。
「テッテレー」
そして、一本の緑色のチューブと、二本の液体調味料を取り出した。ワサビと醤油、そしてお酢だ。
「お祝いといえば、やはり東洋の神秘『寿司』ですわ!」
「なんと!? あの幻の高級料理を!?」
ヤッコロが驚きの声を上げる。
私は適当な小皿に醤油と酢を垂らし、そこにワサビをグシャグシャに溶かす。
横に、ヤッコロが握ったオニギリを添える。
「完成ですわ……!」
「……」
ヤッコロが、無言でそれと私の顔を交互に見比べている。
私はおもむろにオニギリを手にし、ワサビ醤油にちょんとつけて食べる。
「この味この味〜! これぞ東洋の秘宝、『実質寿司』ですわ!」
「ぜんぜん違ーう!」
ヤッコロがバンッと立ち上がった。
「私はかつて、王国騎士団の東洋遠征で本物の『スシ』を食べたことがある! 新鮮な海の幸と、計算し尽くされた酢飯が織りなす芸術品だった! そっちはおにぎりにワサビ酢醤油をつけただけじゃないか!」
「ヤッコロ、わかってませんわね」
私は実質寿司を指差し、チッチッと舌を鳴らした。
「よく考えるのですわ。寿司の構成要素は?」
「酢飯と、魚介と、ワサビだろう? それに醤油をつけて食べていたはず」
「では、『実質寿司』は?」
「何って、ワサビ酢醤油に、オニギリを……ッ!」
ヤッコロの目が見開かれる。
「気づいたようですわね」
「ま、まさか」
「そう、磯の至宝たる海苔のまかれたオニギリは『ほぼ魚介ご飯』。それをワサビ酢醤油につければ、実質的に寿司なのですわ!」
「な、なんだってーッ!」
「しかもヤッコロのオニギリ、鮭とか鰹節とか入ってるし。もう実質寿司を通り越してるわ。真・実質寿司だわ」
「実質寿司に真も何もあるか!」
やれやれ。私はため息をつく。
「ヤッコロは生真面目ですわね。生醤油くらい生っちょろいですわ」
「生醤油くらい……?」
「そんなヤッコロに、この言葉を贈りますわ。寿司とは、自由也!」
「寿司とは、自由也?!」
「ええ、米をなんかギュッとしたら、それはもう寿司なのですわ」
アボカドロールとかハンバーグ寿司とかあるしね。
ヤッコロが頭を抱えたあとに、急にハッとした顔をした。
「た、たしかに……あのとき、私の剣をみた団長は『お前の剣は生真面目すぎんだよ。生醤油みてぇに生っちょろい』と言った……」
「奇しくも同じ比喩」
「それから、『剣ってのは、自由なんだよ』とも……あの時の言葉の意味、今身に沁みて実感できたッ!」
「ここで剣のほうのブレイクスルーくることある?」
ヤッコロが騎士たちに向けてオニギリをかかげて叫ぶ。
「皆のもの、寿司は、自由だーッ!」
ヤッコロの叫びに応えて、騎士たちが雄叫びを上げる!
「すーし!すーし!」
「食うぞーッ!」
「おーッ!」
ヤッコロと騎士たちは、皆一斉にワサビ酢醤油にオニギリをドブ漬け。
「あっ、つけすぎ……」
私が止めるまもなく『実質寿司』を口に運んだ。
「もぐ……ツゥゥゥゥンッ!!」
「ひぃぃぃっ! 鼻に、鼻に謎の衝撃が抜けるゥ!」
「なんだこれぇぇぇぇ! 毒物かぁぁぁぁ!」
「敵襲! 敵襲ーッ!」
はぁ。言わんこっちゃない。
私はワサビ酢醤油にマヨネーズをブリブリと溶かし、真・実質寿司マヨバージョンを食べながらつぶやく。
「何事もほどほどが肝心なのですわ」
私が実質寿司をモグモグしていると。
ふと、背後から声をかけられた。
「……いやはや、相変わらずですなぁ、恩人殿ぉ?」
ギトッとした、油を煮詰めたようなねっとりとした声。
私は手を止め、ヤッコロもハッとして振り返った。
そこに立っていたのは──
「ま、まさか……!」
ヤッコロが驚愕に目を見開く。
私は、思わず叫んだ。
「料理長!」
ロシュフォール邸から失踪した、元料理長だった。




