第45話 破綻令嬢は三分間クッキングで純潔を奪う
ヤッコロの私室では、刻一刻と『自責の念を食らう邪霊』がヤッコロの精神を蝕んでいた。
「う、ぐ……もうだめだ……私は、騎士失格……」
ベッドの上でヤッコロが白目を剥きかけている。
このままでは、あの生真面目なヤッコロが「責任? なにそれ美味しいの?」と言う怠惰なクズになってしまう!
あれ、なんか親近感わくな?
「メシ子殿ォォォ!」
バンッ!と勢いよく扉が開き、材料探しに行っていた部下の騎士たちが、泥だらけ&傷だらけで帰還した。
「おおっ、早いですわね。さあ、奇跡のポーションの材料を出してくださいな」
私が急かすと、一番手柄を主張するように一人の騎士が一歩前に出た。
「はい! まずは『巨岩獣の大牙』です!」
「この風格……まさに巨岩獣の大牙!」
「はい! 私はこうした造形物が得意でして、リアルさを出す汚しに徹底的にこだわりました!」
「まさかの偽造だった」
「私の技術で団長を救いたい!」
「気持ちは買うけど偽物だからダメ。次」
二番目の騎士が進み出る。
「『神々の逆鱗』は見つかりませんでしたが、代わりに城下町で一番気性の荒い頑固親父を怒らせて、『親父の逆鱗(大激怒)』をもらってきました!」
「概念じゃん。それポーションにどうやって溶かすのよ」
「怒りの鉄拳を食らった右頬にまだオーラが残っているはず……」
「いいから次」
三番目の騎士が、胸を張って宝箱のような小箱を開ける。
「『不気味な結晶』です!」
「うわ、マジで不気味。なにこれ」
「地獄の苦しみのあと、私の身体からポロリと出てきた奇跡の石です!」
「尿路結石じゃねーか! こんなもん人に持たせんな!」
全員ポンコツかよ。
熱い気持ちと行動力はあるのが、逆にタチが悪い。
「くそっ……やはり我々のような一介の騎士に、神話級の素材など集められるわけが……!」
「団長……無能な俺たちを許してください……!」
騎士たちがその場に崩れ落ち、男泣きし始めた。
私は深ーいため息をついた。
「もういいですわ。チャララ、チャラチャラ、チャラララ〜♪」
私は自分で『三分間クッキング』的な軽快なBGMを口ずさみながら、段ボール箱をドン、と置いた。
「はい、ということで。ここに『あらかじめ用意しておいた材料』があります」
「「「ハァッ!?」」」
私がテーブルの上に並べた三つの素材を見て、騎士たちが目を丸くした。
「まず『巨岩獣の大牙』。巨大グランドボアの牙ですわ。ヤッコロとの出会いの品ですわ。記念に部屋に飾ってあったのを拝借いたしましたわ」
「大切な思い出の品を!?」
「次に『神々の逆鱗』。大雪山のギン子に『お急ぎ便』で頼んだら、快く『自分の逆鱗』を一枚ちぎってくれましたわ。でもなんか、そのあとめちゃくちゃブチギレてて怖かったですわ……」
「ガチの逆鱗すぎる?!」
「最後に『不気味な結晶』。氷砂糖ですわ。これと果物を一緒に瓶に入れておくと、なぜか数日後にはドロドロに溶けて美味しいジュースになるんですの。不気味ですわ……」
「ただの果実シロップ作りでしょうが!」
冷たくもないのに氷砂糖って名前も不気味じゃん……
「というか最初から準備するならそう言ってください!」
「我々がどれだけ苦労したと思ってるんですか!」
「しかもメシ子殿の品もこじつけの代替品ではないですか!」
騎士たちが大声で抗議している。
まあ細かいことはいいんだよ。
「そうカリカリしなさんな。重要なのは目的を達成することですわ! じゃ、調理に入りまーす」
私は水500ミリリットル、砂糖大さじ1、塩小さじ1を大きめのボウルに入れ、そこに集めた素材たちを全部雑にぶち込んだ。あとついでにレモンも入れといた。
「これを、500ワットの電磁波で一分間。ブゥゥゥゥン……チーン!」
ボウルの表面から、モワァァァっと眩い光が立ち上る。
なんということでしょう。ただの経口補水液(レモン味)が、思い込みの素材たちと融合し、黄金に発光する『奇跡のポーション』になったではありませんか。
「さすがです、メシ子様。これこそが『奇跡のポーション』!」
「できちゃった。スゲーな異世界」
まあ聖女のお墨付きが得られたならいいか。
「あとは、これを『はくばのゆうしゃさま』が、ヤッコロ様に口移しで飲ませるだけです!」
その言葉に、さっきまで絶望していた騎士たちの目の色が変わった。
「よし! 俺が白馬にまたがってチュウを!」
「抜け駆けはずるいぞ! 俺はたった今『ユウシャ=サマ』に改名した!」
「ふざけるな! じゃあ俺は『ハクバノ=ユウシャサマ』だ!」
むさ苦しい男たちが、ヤッコロの唇(と名誉)を巡って醜い争いを始めた。
あー、もう。時間ないのに面倒くさいな。
誰が口移しするかなんて、決まってるでしょ。
***
(視点:ヤッコロ)
暗い……。
意識が深い闇へと沈んでいく。
私の責任だ。私が愚かにも神話の剣を振るったせいで、世界が氷河期に……。
もう、どうにでもなれ。何も背負いたくない……。
精神が黒い邪霊に食いつくされそうになった、その時だった。
——パァァァァッ!
暗闇を切り裂くような、まばゆい光。
そこには、私が19歳の時にこっそり描いて封印した、理想の姿。
『はくばのゆうしゃさま』が立っていた。
「ああ……ゆうしゃさま……私を、救って……」
優しく、強引な唇の感触。
そして、口の中を満たしていく、甘いレモンの味。
(ヤッちゃんのはじめてのチュウは、あまいレモンのあじがした)
ああ……! なんて素敵なの!
これぞ奇跡! 私の心が、カタルシスで満たされていく……!
私は、ゆっくりと現実の目を開けた。
目の前には。
至近距離で、草の匂いがする超リアルな白馬のデカい顔があった。
「……」
ブフフフン。
馬の分厚い唇から、ダバダバとレモン味のポーション(と大量の馬の唾液)が、私の口に直接流し込まれている。
「……」
「ヤッコロ! 目を覚ましたんですわね! ヤッコロ―!」
横から、メシ子殿の歓喜の声が聞こえる。
私は、口の中の味と、目の前の馬の顔と、自分の願望がねじ曲がった最悪の形で実現されたことを、3秒かけて理解した。
「い゛や゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッッ!!!」
私の口から、この世の終わりみたいな凄まじい絶叫が迸った。
***
(視点:メシ子)
ミギャアアアアアアッ!?
ヤッコロの中から溢れ出した強烈な感情(カタルシス?)の光が、黒い邪霊を跡形もなく消し飛ばす。
「ヤッコロ、願望が叶って、そんなに喜ぶなんて……」
「そんなわけあるかッ! 馬から口移しなんて望んでないッ!」
「え、だって『はくばのゆうしゃさま』って……」
「白馬にまたがった勇者様に決まってるだろッ!」
ヤッコロは、涙とポーションで顔をぐしゃぐしゃにしながら、馬の首を抱えて泣き叫んだ。
「うううーッ! 私の純潔がーッ! でもありがとうー!」
「こうしてヤッちゃんは、はくばのゆうしゃさまと幸せに暮らしましたとさ」
「暮らすか!」
「めでたしめでたし」
「めでたくな……いやめでたいが、めでたいんだがーッ???!!」
ちなみに唇は接してなかったとさ(至近距離から垂らしただけ)。めでたしめでたし。




