第39話 破綻令嬢は生卵を爆発させる
山の中腹がえぐれ飛び、壁に空いた巨大な風穴から夕日が差し込む応接室。
「……君、今の魔法陣はなんだい!?」
開いた口が塞がっていなかったリゼルダが、突如として私の肩をガシッと掴んで揺さぶってきた。
「私の構築した励起術式をベースにしていたが、あんな一瞬で無詠唱展開するなんて! それにあの左手の形はどんな意味がある!? だとしてもあの異常な出力は……君の魔力量はどうなっているんだい!?」
げぇっ! オタクがすごい勢いで詰め寄ってきた!
私だってわかんないよ!
普通の追放令嬢なんだよ?!
「そ……」
「そ?!」
「育ちが良いので……」
「育ちだって?! 血統式制御理論か?! いや、だがそれにしても……頼む、もう一度だ! もう一度撃ってくれ、今度は術式の構造をしっかりと観察させてくれ!」
リゼルダが私の左手を拝むようにしてせがんでくる。
「やめろォ! これ以上地形を変える気か!」
ヤッコロが顔面を蒼白にして、リゼルダを引き剥がそうとする。
「大丈夫大丈夫、さっきは加減がわからなかっただけですわ。ちゃんと500ワットに出力を絞りますから」
私は落ち着いた手つきで、再び左手でフレミングの形を作った。
そして、リゼルダが机の上に置いていた水の入ったコップに向けて、チョイッと中指をくっつける。
「でん・じ・りょく」
ピュゥゥン。
今度は極太のビームではなく、目に見えないほどのささやかな波長が指先から放たれた。
「あ、絞りすぎた。もうちょっと強くか……」
数秒後。
「……おおっ! コップの水が、見事に熱湯に変わっている!」
ヤッコロが驚嘆の声を上げる。
コップからは、ボコボコと音を立てて熱々のお湯が沸き立っていた。
「信じられない……。あれだけの絶大出力を放った直後に、コップ一杯の水を正確に沸騰させるだけの緻密な魔力コントロールを成すなんて……!」
リゼルダがワナワナと震えながら、私を怪物でも見るかのような目で見つめる。
いや、頭の中で『500ワット、1分』って念じただけなんだけどね。
「メシ子様の聖水! あったかい……」
「いやそれ誤解されるから止めて」
「我のブレスは5億ワットあるがな」
「小学生みたいなこと言ってる」
セイ子とギン子を適当にあしらっていると、ヤッコロが満足げにうなずいた。
「これでメシ子殿の望みの魔法は完成したな」
そう言うヤッコロに、私は首を横に振った。
「まだですわ。重大な欠陥がありますわ」
「欠陥、だと……?」
ヤッコロがゴクリと唾を飲み込む。
私は真剣な顔で頷き、振り返った。
「ギン子。ちょっと段ボールと糊、あとハサミ出して」
「まかせろ」
ギン子が空の段ボール箱と工作セットをスッと差し出した。
私は受け取った段ボールをハサミで切り開き、パタパタと組み立て直す。
適当に扉っぽいものを作る。
そして、側面に『指を一本突っ込めるくらいの穴』をポッカリと空けた。
「よし、完成」
私は段ボールの扉を開け、すっかり冷めきった丸焦げのベーコンの皿を中に入れた。
そして蓋を閉じ、側面に空けた穴から、フレミングの形を作った左手の中指だけをズボッと突っ込む。
「いきますわよ。ブゥゥゥゥン……」
私は自分で効果音を口にしながら、指先からささやかな電磁波(魔法)を照射した。
「……チーン!」
頃合いを見て指を引き抜き、段ボールを開ける。
ホワァァァ……!
箱の中から、暴力的なほどにいい匂いの湯気が立ち昇った。
私はフォークで肉を刺し、そのままガブリと食いつく。
「ボリッ、ジュワッ……ハフハフ! うん、これですわ! これぞまさに電子レンジ!」
てか、ハタゾン段ボール、電磁波も反射するのか。
耐熱・耐水・抗菌と来て電磁波反射とか、優秀すぎるでしょ。
「……メシ子殿」
ヤッコロが、ジト目で私を見てきた。
「確認だが、欲しかったのは『電磁波魔法』で合っているな?」
「そうですわ」
「目的を聞いていなったが、まさか……」
「ええ、お肉を温めたかったんですわ」
ヤッコロがスッと息を吸う。
「なんでそれが山を抉る戦略級魔法になるのだッッ!」
「いや、こっちが聞きたいくらいですわ」
「火を使えばいいだろ!」
「だって私、魔法使えませんし……」
「山を穿っておいて何を言っている! それに魔法が使えなくても火打ち石があるだろう!」
「私に火を起こさせてよいと思ってますの?」
「う、いや、確かに、屋敷を火の海にされても困る……」
「自分で言っといてなんだけど、信用なさすぎない?」
まあ、手段はどうあれ目的は達成したんだし、結果オーライでしょ。
「でも、運営さん、これ便利では?」
横からセイ子が、持参していたパンを段ボールにセットした。
「お願いします、メシ子様」
「はいよ。ブゥゥゥゥン……チーン」
ホカホカになったパンを取り出し、セイ子が幸せそうに頬張る。
「この手軽さ、まさに神の箱……!」
「まあ、確かに便利そうだが……メシ子殿にしか扱えぬのだろう?」
「いや」
リゼルダがカットインしてくる。
「食べ物を温める用途なら、術式を組みなおせば魔力消費量を劇的に抑えられるかもしれない。そうすれば魔道具化も可能だね」
「なるほど……野営で火を扱うよりも手軽で敵に気づかれにくいか……?」
ヤッコロが腕を組んでなんかブツブツ言いだした。
「とりあえず、お茶でも温めて皆で飲むとしますか」
「この硬い干し肉も温めてみよう」
そこからは、ちょっとした『温めパーティー』になった。
みんなで次々と段ボールに食べ物を入れ、私が指を突っ込んで「ブゥゥン」と口で言いながら温めていく。
「いやあ、素晴らしいな。火も起こさずにこんなに簡単に温かいものが食べられるとは」
ヤッコロがホカホカの干し肉をかじりながら、ご機嫌な様子で言った。
そして、コロンとした何かを取り出し、段ボールの中へと入れた。
「これも頼む」
「まかせてですわ! ブウゥゥゥゥン」
指から電磁波を照射する。
「これで明日の朝食もバッチリだな」
「朝食ですの?」
「ああ、ゆで卵だ。いつも作り置きしているんだ」
「……え? 卵? ちょっと待っ、それ——!?」
——ドボァァァァァンッ!!
私の静止が間に合うより早く、段ボールの中で絶大な破裂音が響き渡った。
「ぎゃああああっ!?」
段ボール箱が吹き飛び、中から超高温に熱されたドロドロの卵の黄身と白身が、爆風と共に私たちの顔面に降り注いだ。
「あつっ! 熱ァァァい!?」
「敵襲! 敵襲ーーーーッ!」
応接室に、再び阿鼻叫喚の悲鳴が響き渡る。
私は顔にへばりついた熱々の卵の破片を拭いながら、電子レンジ最大のタブーを異世界で実践してしまったヤッコロを生暖かい目で見た。
「この程度で騒ぐなんて、まだまだですわね」
破綻道は遠く、そして険しいのだ。
***
【今日の破綻ライフハック】
やあみんな! メシ子だよ!
電子レンジって便利だけど、使い方には気をつけなきゃダメだよね!
今日のライフハックはこれ!
テッテレー!
★No.039『エッグ・ロシアン・ルーレット』
材料: 卵、電磁波
効果: 手軽に卵を温められる(うまくいけば)
代償: うまくいかない
破綻度: ★★★★★(普通に火傷する)
水の中に入れたり、穴を空けたり、工夫してなんとか卵をレンジ調理しようとする猛者はあとを絶たないよね!
でも加熱しすぎるとだいたい爆発するよ!
爆発しないギリギリを見極めながら温めようね!
もちろん絶対爆発するから絶対やらないでね!
それじゃあ、またね!
「高評価」と「レンジの掃除(お気に入り)」よろしく!
ハタンキュ~(挨拶)




